食物アレルギー予防にはスキンケア? アレルギー発症の要因と対策
大好きなのに食べられない、触れない。そんな悲しいアレルギーは、カラダの防御反応だの、免疫の暴走だのいわれるけれど、それって実際どういうこと? 抗原―抗体の基礎知識から新たな研究報告まで、その全容を知れば、次の一手が見えてくるかもしれない。今回は、アレルギーを起こすアレルゲンに注目し、その正体や予防策をご紹介。
取材・文/井上健二 撮影/伊藤徹也 スタイリスト/高島聖子 ヘア&メイク/高松由佳 イラストレーション/obak 取材協力/山田佳之(東海大学医学部教授)、伊藤浩明(あいち小児保健医療総合センター センター長)
初出『Tarzan』No.875・2024年3月7日発売
教えてくれた人:
山田佳之さん
やまだ・よしゆき/東海大学医学部総合診療学系小児科学教授。米国シンシナティ小児病院メディカルセンター、群馬県立小児医療センターなどを経て現職。専門は食物アレルギー、小児アレルギー。消化管アレルギーにも詳しい。医学博士。
伊藤浩明さん
いとう・こうめい/あいち小児保健医療総合センター センター長。米国留学、国立名古屋病院小児科などを経て現職。日本小児アレルギー学会食物アレルギー委員会副委員長として『食物アレルギー診療ガイドライン2021』を監修。医学博士。
アレルゲンとはタンパク質である
ストレスを起こすのがストレッサーなら、アレルギーを起こすのはアレルゲン。その正体とは?
「アレルゲンの多くは、本来無害なタンパク質。食物アレルギーでは食べ物中のタンパク質、花粉症は花粉に含まれるタンパク質がアレルゲンです」(あいち小児保健医療総合センターの伊藤浩明センター長)
タンパク質は、20種類前後のアミノ酸が無数に連なり、立体構造を取ったもの。アミノ酸の種類や作りの違いにより、ヒトの体内にはおよそ10万種ものタンパク質がある。免疫の基本のキは、自分と他者を見分け、他者を排除すること。その手がかりとなるのが、タンパク質。タンパク質にはそれぞれ個性があるからだ。
「肉類に食物アレルギーが少なく、魚類に多いのは、肉類の可食部である筋肉のタンパク質の作りがヒトの筋肉と似ているのに対し、魚類のタンパク質は違いが多いからです」
タンパク質で、IgE抗体と結合してアレルギー反応を起こしやすい特定の部分を「アレルゲンコンポーネント」と言う。なかでもアレルギー患者の50%以上でIgE抗体が検出され、症状が出やすいものを「主要アレルゲン」と呼ぶ。牛乳のカゼイン、小麦のグルテンなどがある。
皮膚から入るとアレルギー、口から入ると栄養
卵や牛乳は貴重なタンパク源。なぜ食物アレルギーが多発するのか。ヒトは食べ物から栄養を得ないと死ぬので、口から入る食べ物にアレルギーは起こりにくい。それが「経口免疫寛容」。具体的には消化吸収の過程で抗体の生成を促す「抗原性」が落ち、免疫にブレーキをかける制御性T細胞がアレルギーを抑える。
従来、食物アレルギーは経口免疫寛容に異常があり、腸管からアレルゲンが吸収される際に起こる「経腸管感作」が引き金と考えられてきた。しかし近年、腸管より皮膚から先に食べ物のアレルゲンが入る「経皮感作」が、食物アレルギーのトリガーとしてクローズアップされている。
「食べ物のアレルゲンは、目に見えない超微細な粒子として室内を漂っています。3歳児の寝具を調べた調査では、ハウスダスト(チリダニ)より鶏卵の成分の方が高濃度で検出されています」(東海大学医学部の山田佳之教授)
健康な皮膚には外敵の侵入を許さない丈夫なバリアがある。だが、肌荒れなどでそのバリアが綻ぶと、食べ物のアレルゲンが侵入。皮膚から入るアレルゲンは消化吸収されないため抗原性が高く、粘膜で活動する制御性T細胞も助けてくれないため、食物アレルギーが生じやすい。現在は食物アレルギー予防のため、皮膚を守るスキンケアが常識だ。
3歳児の寝具から鶏卵アレルゲン
3歳児の家庭約90軒を訪問し、寝具に掃除機をかけてチリを収集。そこに含まれるチリダニと鶏卵アレルゲンを調べた。すべての家庭で寝具から鶏卵アレルゲンが検出され、その濃度はチリダニよりも有意に高かった。
遺伝、環境、アレルゲン。3つの要素で発症する
牛乳でアレルギーが出る子供もいれば、花粉が舞っても花粉症にならない人もいる。なぜだろう。
アレルギー発症には遺伝、環境、アレルゲンという3要素が関わる。
アレルギー発症に関わる3大因子
アレルギーの発症には、大きく3つの素因が関わっている。1つだけの素因で発症することはなく、複数の素因の相互関係でアレルギーは起こる。
いちばん大きいのは遺伝的素因。
「両親にアレルギーがあると50%、片親がアレルギーだと30%の割合で子供はアレルギーを発症します。何が遺伝しているかは、いまだによく分かっていません」(山田先生)
裏を返すと、両親にアレルギーありでも50%の子供はアレルギーにならないし、両親にアレルギーなしでも10%の割合でアレルギーを発症する。残る2要素の影響大だ。
環境的な要素では、日照時間、腸内環境、衛生環境などが発症を左右する。
アレルゲンでは、生活環境にどのくらいの量が含まれるかが重要。アレルゲンが少なければ、アレルギーは起こりにくい。たとえば、花粉症の南極越冬隊員でも、花粉が飛来しない南極基地にいる間は症状が出ない。そして日本に戻って花粉に晒されると再び発症するという。
アレルギー研究小史
BC27年 | 古代エジプトのメネス王が蜂に刺されて死ぬ。アナフィラキシーの最古の記録。 |
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1819年 | イギリスでイネ科の花粉症が初めて報告される。 |
1902年 | フランスの生理学者シャルル・ロベール・リシェが、アナフィラキシー現象を発見して命名。アナフィラキシーは、ギリシャ語の「無防備」に由来。 |
1906年 | オーストリアの小児科医ピルケーが「アレルギー」という言葉を論文で使用する。語源はギリシャ語の「変じた(allos)」+「作用(ergo)」。 |
1920年 | 医師のコカが「アトピー」と命名。語源は、ギリシャ語で「正常ではない」という意味。 |
1952年 | アメリカでステロイド外用薬(塗り薬)が登場。 |
1966年 | 石坂公成教授がIgE抗体を発見。アレルギーの概念が確立される。 |
1988年 | 北海道でそばアレルギーの児童が、学校給食で誤ってそばを食べて死亡する事件が発生。アナフィラキシーに対する注目が集まる。 |
1989年 | 衛生仮説の登場。 |
1992年 | 日本の人気報道番組がステロイドの副作用を特集。ステロイドバッシング、アトピー患者におけるステロイドフォービア(恐怖症)のきっかけ。 |
1990年代半ば | 皮膚科医の間で脱ステロイドの動きが広がる。 |
2000年代 | 日本皮膚科学会「アトピー性皮膚炎治療ガイドライン」により、ステロイドの適切な使用を推奨。 |
2000年代 | アレルギー免疫療法の確立。 |
2008年 | ロンドン大学のギデオン・ラック教授が、経皮感作に関する論文を発表する。 |
2009年 |
小麦の加水分解成分を配合した石鹸により、小麦の食物アレルギーが多発する。 |
変わったアレルギー:食物依存性運動誘発アナフィラキシー
運動がきっかけで食物アレルギーが起こることもある。それが食物依存性運動誘発アナフィラキシー(FDEIA)だ。
FDEIAは食べ物だけでも運動だけでも起こらない。食べ物×運動の組み合わせで生じるのが特徴。FDEIAが出やすい食べ物は小麦。次いで甲殻類で、両者で約90%を占める。どんな運動時にFDEIAが起こりやすいかを調べた調査によると、球技やランニングが多いようだが、なかにはウォーキングや自転車通勤といった軽い運動で生じることもある。
一因は、運動すると消化管からの栄養素の吸収が増えること。
「消化が不十分で免疫が応答してアレルゲンとなりやすいタンパク質の吸収率が少し上がることが要因と考えられます」(伊藤先生)
予防策としては、運動前に小麦や甲殻類などの摂取を避ける、またはこれらを摂取したら運動を控えるといった対策が挙げられる。
どのような種類の運動で起こるのか
FDEIAを発症時、どのような運動をしていたかを調べたもの(143例)。球技、ランニング、歩行が大きな引き金となっている。