なぜマッサージは効くのか。凝りの原因と解消のメカニズム

慢性的な凝りや痛みといった不快感によく効くのが、マッサージ。古くから世界中で愛されてきたコンディション術だが、その特性上、エビデンスが乏しい。しかし近年、徐々に皮膚・皮下組織や筋膜を介したマッサージの効能が科学的に証明されつつある。

取材・文/井上健二 撮影/幸喜ひかり スタイリスト/ヤマウチショウゴ ヘア&メイク/天野誠吾 監修/藤縄 理(福井医療大学保健医療学部教授、理学療法士、医学博士)、藤井亮輔(筑波技術大学名誉教授、一枝のゆめ治療院院長、鍼灸学博士)

初出『Tarzan』No.867・2023年10月19日発売

なぜマッサージは効くのか

そもそもマッサージとは?

マッサージは、ヨーロッパ発祥。もっぱら手で行う、徒手療法の一つだ。アラビア語の「押す(mass)」、ギリシャ語の「捏ねる(sso)」などに由来するフランス語(massage)で、その歴史は2000年以上前の紀元前まで遡る。

古代ギリシャの名医ヒポクラテスは、その著書でマッサージについて触れている。また、タイには仏教とともにマッサージが伝わり、バンコクにある著名な寺院ワットポーにはマッサージを行う石像がいまも残る。

では、マッサージは、一体どこにアプローチしているのだろう。

「マッサージが対象とするのは、筋肉だけではありません。筋膜、腱、靱帯、関節包といった骨以外の軟部組織すべてが、マッサージの対象となっています」(福井医療大学保健医療学部の藤縄理教授)

按摩や指圧との違いはどうか。

按摩は、按=押さえる、摩=撫でるという意味。古代中国で生まれ、奈良時代に日本へ伝わったという。指圧はその名の通り、もっぱら指で押すこと。こちらは日本オリジナルで、大正年間に確立したとか。どちらもおもに手を使い、マッサージと大きな違いはない。

痛みが起こるメカニズム

クルマやスマートウォッチには、危険を知らせるアラーム機能がある。それはカラダでも同じ。

カラダには、体内環境を一定ゾーン内に保つ仕組みが備わっている。ホメオスタシス(恒常性維持)だ。このホメオスタシスから大きく外れそうになると、非常事態を知らせるアラームが鳴り響く。そのトップ3は疲労、発熱、そして痛みだ。

肩や腰などから痛みアラームが出てくるメカニズムはこう。特定のパーツに疲労やストレスが集中すると、その部分の筋肉などの軟部組織が硬くなる。すると、周囲を走る毛細血管のネットワークが圧迫されるため、血流は悪くなる。

血流が悪化すると、組織が求める酸素や栄養素が十分届かなくなり、代謝で生じた老廃物、疲労物質もどんどん溜まる一方。それではホメオスタシスが乱れるから、「早く何とかしてくれ!」というSOSとして痛みという信号が出てくる。

痛みをずっと感じていると、筋肉などの軟部組織は緊張してもっとガチガチとなり、血流は悪くなるばかり。痛みアラームを無視しないで、筋肉などの軟部組織をマッサージでほぐして血流を促してやろう。

凝りの始まりとは何か?

不良姿勢や疲労などでダメージが加わり続けると、そこには物理的な「癒着」が起こる。癒着とは、何らかの理由で規則正しい組織内に捻じれが生じて動きが制限されたり、隣り合う組織の一部がくっついたりすること。これが凝りの始まり。

筋肉や関節は、筋膜で包まれる。筋肉・関節と筋膜、筋膜同士で癒着が起こると、動きも姿勢も不自然になり、凝りも痛みも一層強くなる。

ちなみに、筋肉と筋膜はともにタンパク質からなるが、その性質は大きく異なる。筋肉の主成分は、アクチンとミオシンという伸縮性の高いタンパク質。筋膜の主成分は、コラーゲンとエラスチンという2種類の線維状のタンパク質である。

「筋肉や筋膜に硬いシコリのようなものが生じると、刺激すると強い痛みが起こり、離れた場所にも痛み(関連痛)が広がるポイントが表れます。これをトリガーポイントと呼んでいます」(藤縄先生)

癒着やトリガーポイントは、レントゲンやMRI(磁気共鳴画像)などでも“見える化”しにくい。患部を特定しにくい点が、凝りや痛みがすっきり解消しにくく、慢性化しやすい一因となっている。

ストレス下で痛みや凝りが増えている

仕事や子育てなどに追われてストレスが増えてくると、いつもの肩こりや腰痛などがより強く感じられるようになる。その理由の一つに挙げられるのが、脳内で分泌される鎮静物質オピオイドの不足。

前述のように痛みはカラダを守るための防御システムの一翼を担う。でも、痛みがずっと続くと、それ自体が免疫を下げるなどのネガティブ作用を発揮してしまう。

そこでカラダには、痛みを発する仕組みと同時に、痛みを適度に抑えるシステムが備わる。その主役が、脳内で分泌される鎮静物質オピオイド。エンドルフィンやエンケファリンなどだ。痛みの情報が脳(中脳)にある腹側被蓋野に伝わると、前脳にある側坐核にドーパミンを分泌。側坐核でオピオイドが作られる。

ストレス下では筋肉が緊張し、血流不足が生じたりして、この一連の流れがスムーズに進まない。そのため痛みを抑えにくくなり、慢性の凝りや痛みをより強く感じるのだ。

マッサージに励むだけでなく、睡眠時間を増やす、長めの休暇を取る、ストレスの原因(ストレッサー)から離れるなど、ストレスを減らす努力も忘れないようにしたい。

筋肉や筋膜を正しく整えてくれる

凝りや痛みを感じる筋肉や筋膜は、ところどころで癒着して硬くなっている。マッサージはそうした癒着を物理的に引き剝がすことができる。

凝りや痛みを発する筋肉や筋膜には微細な損傷がある。そこには免疫細胞が集まり、新たな線維状の組織を作り修復を試みる。裂けたウェアの生地を繕うようなイメージだ。

「その繕い方が下手だと歪みや捻じれなどが生じ、それが新たな凝りや痛みの元になります。マッサージは新しくできた組織を、元の組織にフィットするように正しく繕い直す働きもあるのです」(藤縄先生)

マッサージには、筋肉を押し広げるミクロのストレッチとしての作用もあり、硬くなったところが柔らかくほぐれる。加えて、筋肉や筋膜の正常化に一役買うのが、マッサージによる固有受容器へのアプローチ。

カラダには、動きや姿勢の情報を脳に伝えるためのセンサーが随所に埋め込まれている。それが固有受容器。たとえば、筋肉には筋紡錘、腱には腱紡錘がある。

マッサージで固有受容器が活性化されると、カラダに負担の少ない動きや姿勢が自然に取れるようになり、痛みや凝りの軽減に役立つ。

NO(一酸化窒素)が増えて血行が良くなる

川の流れが悪いところに澱みが生じるように、凝りや痛みがあると血流は悪くなり、痛みや疲労を招く物質が溜まる。それを解消するのも、マッサージの大きな効能である。

「それに深く関わっているのが、血管から分泌されるNO(一酸化窒素)という物質です」(筑波技術大学の藤井亮輔名誉教授)

心臓から血液を全身へ運んでいる動脈は、外側から外膜、中膜、内膜という3層構造になっている。このうち、もっとも内側の内膜の表面を覆っている内皮細胞から分泌されるのがNO。

NOは、平滑筋という筋肉からなる中膜に作用して、平滑筋を緩めて血管を拡大。血流が促されるようになる。適度なマッサージは内皮細胞を刺激し、NOの分泌を促進する。それにより血流が盛んになると、痛みや疲労をもたらす物質が洗い流されるため、凝りも痛みも軽くなるのだ。

加えて、深い呼吸をしながらマッサージを続けると、体内の機能を調整する自律神経のうちでも、血管を縮める交感神経が抑えられ、血管を緩める副交感神経が優位になる。副交感神経にもNOを放出させる働きがあり、血管は一層緩みやすい。

マッサージによる血流応答の変化
マッサージによる血流応答の変化

A Miyagi, K Sugimori, N Hayashi; Complementary Therapies in Medicine 41: 271-276, 2018

マッサージローラーで5週間にわたり毎日5分以上マッサージをすると、1分間の40度の温熱刺激に対して血流が有意に増加した。

オキシトシンの分泌でリラックスできる

マッサージはフィジカル面だけではなく、メンタル面にも作用する。信頼できる人にマッサージしてもらうと、緊張がほぐれてリラックスできる。それで痛みや凝りが和らいだ経験は、誰しもあるはず。

そんなメンタル面への作用に深く関わるのが、脳の視床下部という場所から分泌されるオキシトシンというホルモン。

オキシトシンは本来、妊娠と出産に関わり、授乳時には母乳を放出させる働き(射乳)もある。こう書くと女性特有のホルモンだと勘違いしそうだが、老若男女を問わず、スキンシップなど皮膚への心地よい刺激を5分ほど続けると、オキシトシン分泌は促される。

それが緊張やストレスを和らげ、リラックスへ導いてくれるのだ。昔から「手当て」という言葉があり、手を当てることに癒やしの効果が知られていた。それは、たぶんオキシトシンによるもの。ストレスが減ってくれば、先に触れた脳内の鎮痛システムも働きやすくなり、痛みは治まりやすい。

「秒速5cm程度で皮膚をゆっくりさすると、ヒトはもっとも気持ちよさを感じるという報告があります。これもおそらくオキシトシンの作用でしょう」(藤井先生)

マッサージのエビデンスはなぜ少ない?

近年医療の世界では、EBMという言葉が盛んに用いられるようになった。これは「エビデンスに基づく医療」という意味。エビデンス(科学的な証拠)があるものを、医療に活かそうという動きである。

たとえば、がん治療に外科手術、化学療法(抗がん剤治療)、放射線治療が有効とされるのは、それぞれにきちんとしたエビデンスがあるからだ。では、マッサージにはどんなエビデンスがあるのだろうか。

「マッサージに関する高いレベルのエビデンスは非常に少ないのが実情です」(藤井先生)

むろん科学的な証拠が少ないからといってマッサージが効かないわけではない。効かなかったら、古代からこれだけ多くの人びとが日々マッサージに励んでいるわけがない。マッサージにエビデンスが少ない最大の理由は、マッサージの標準化が難しいから。

「症状に応じてマッサージをする場所、角度、強さ、時間といった形式を統一せず、治療家が好き勝手にやっていたら、その効果を科学的に評価することはできません。マッサージは標準化が遅れているため、残念ながらエビデンスも少ないのです」

眼精疲労に対するマッサージの効果
マッサージが必要な理由、効く理由 グラフ 眼精疲労に対するマッサージの効果

出典/『眼精疲労性の症候群に対するマッサージ療法の有効性に関する研究』(研究代表者:藤井亮輔)

まずは眼精疲労用あん摩術式を標準化。眼精疲労を訴える16人を2群に分け、2群間ランダム化比較試験を実施。20分間のマッサージをした群では、ただ安静にしていた群と比べて、眼精疲労の症状が有意に収まった。