腸内細菌は分業制。意味のある腸活のために「ポストバイオティクス入門」
最近、耳にする「ポストバイオティクス」。これからの我々の生活にとって欠かせない、いい働きをしてくれる腸内物質だ。しかしそのコンセプトを理解するのは難しい。まずはこれまでの腸内細菌研究の変遷から、細菌たちが腸内でどう働いているか、そしてポストバイオティクスの具体例までここで一気に学んでおこう。
取材・文/石飛カノ イラストレーション/東海林巨樹 取材協力/國澤純
初出『Tarzan』No.864・2023年9月7日発売
最初は菌が注目されることから始まった
「ややや、うんちの中に何やら生命体がいる!」という腸内細菌の発見は17世紀に遡る。微生物の存在が知られていなかった当時は、「だから何?」でスルーされてしまった。
19世紀後半から再び微生物研究が盛んになり、20世紀になると腸内細菌に俄然、注目が集まった。
腸にはいい働きをする菌と悪い働きをする菌がいて、どうやらブルガリア人が長寿なのはヨーグルトに含まれる乳酸菌のおかげらしい。ということでヨーグルトブームが巻き起こる。
さらに、人の腸内には膨大な数の腸内細菌が棲んでいて、細菌同士が塊になって腸内にびっしりと群棲していることが分かった。その様子が植物の叢のように見えることから「腸内細菌叢」、または「腸内フローラ」と呼ばれるようになる。
やがて腸内細菌を育てるという考え方に
健康のためには、とにかく腸内細菌叢のバランスを整えるべし。そのために、いい働きをする菌=善玉菌をせっせと腸に送り込むプロバイオティクスという考え方が打ち出される。
これを受けて乳酸菌飲料やヨーグルトの銘柄が一気に増加した。20世紀末になると“腸活”ブームはますます過熱。今度は腸内細菌を育てましょうというプレバイオティクスという考え方が提唱され、食物繊維やオリゴ糖を含む健康食品がドラッグストアに溢れ返った。
その後、プロバイオティクスとプレバイオティクスをいいとこ取りして、どちらの要素も兼ね備えるシンバイオティクスという考え方もありでしょう、という提案も登場。
さて、このように腸活はもはやブームではなく、健康常識として市民権を得た。それもこれも、腸内細菌研究が日進月歩で進められてきたおかげだ。
そもそも腸に棲んでいる微生物が全身の健康に影響を及ぼすというのは、考えてみれば不思議な話。
でも、世界中の研究者のおかげで腸内細菌叢のバランス具合が肥満や糖尿病の予防に繫がったり、うつを改善したり、認知症に何らかの関わりがあったり、「睡眠の質を上げる」という可能性が注目されたり。腸内細菌はもはや万能(?)と素人目には思えるくらい健康作用が続々と明らかになってきている。
そこでここ数年、新たな考え方として提唱されているのがポストバイオティクスという概念だ。これは口から摂り入れた食品を材料にして腸内細菌が生み出す代謝産物のこと。
善玉菌を増やし腸内環境を整えるメリット
20世紀後半から、善玉菌を増やして腸内環境を整えることで、次々と健康効果が得られることが報告されてきた。でもそれらはポストバイオティクスによる作用の可能性も。
今、注目すべきは「菌の代謝物」
代表的なポストバイオティクスは、すでにお聞き覚えがあるだろう“短鎖脂肪酸”。腸内細菌が食物繊維やオリゴ糖をエサにして作り出す有機酸のことで、酢酸、酪酸、プロピオン酸の3種類の物質の総称だ。
その働きは、腸の蠕動運動の促進、腸内を弱酸性に保つことで有害菌の働きを抑制、免疫の働きの調整、生活習慣病の予防などさまざま。
いわゆる“善玉菌”と呼ばれる腸内細菌はカラダにいい働きをする。でも実はさまざまな健康作用を及ぼしているのは、腸内細菌が作り出すポストバイオティクスの方ではないか、ということが分かってきたのだ。
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN=ニビオン)で9000人以上の腸内細菌を分析してきた國澤純さんは次のように言う。
「いわゆる善玉菌、悪玉菌というのは何を作っているかで決まってくるので、菌そのものは善でも悪でもありません。私たちのカラダにいいものを作ってくれて初めて善玉菌と言えます。細菌だけが腸にいても働かなければ意味がない。それがポストバイオティクスという考え方です」
となると、ただ腸内細菌がたくさん存在すればいいという話ではなくなる。
毎日ヨーグルトを食べてプロバイオティクスに励んでいても、乳酸菌単体では健康効果はそれほど期待できない。材料となる食物繊維やオリゴ糖、そして食物繊維をエネルギー化してくれる腸内細菌が存在しなければ、健康への良い効果は期待できないのだ。
ポストバイオティクスという腸内の宝をザクザク掘り出せるか否かは、腸研究の最新知識をいかに活用するかにかかっている。
腸研究の歩み
1681年 オランダの科学者レーウェンフックが顕微鏡で糞便中の細菌を発見:レーウェンフックはオリジナルの顕微鏡を発明し、多くの微生物を観察した“微生物学の父”と呼ばれた人物。彼によって最初の腸内細菌が認識されたといわれている。
1907年 生物学者メチニコフがヨーグルト摂取で長寿を保つことができると提案:いわゆる善玉菌、悪玉菌の概念の土台を築いた研究者。ブルガリアヨーグルトに含まれる乳酸菌を摂取することを「不老長寿論」として発表。これをきっかけにヨーグルトメーカーが増加する。
1989年 微生物学者フラーが「プロバイオティクス」の概念を提唱:フラーによって定義されたのは、「腸内細菌叢のバランスを改善することにより、人に有益な作用をもたらす生きた微生物」というもの。いい働きをする有用菌をカラダに取り入れましょうという考え方。
1995年 ギブソンとローバーフロイドが「プレバイオティクス」を提唱:消化管の上部で吸収されず、大腸に届いて腸内細菌の栄養源となる食品成分。しかも腸内細菌叢のバランスを整えて人の健康増進に役立つものがプレバイオティクスと定義された。
1999年 ギブソンとコリンズが「シンバイオティクス」の有効性を発表:プロバイオティクスとその増殖を促すプレバイオティクスを同時に取り入れると、それぞれの単独投与よりも大きな健康効果が期待できることが示唆された。
2021年 「ポストバイオティクス」の概念を定義:「宿主の健康に有効な作用をもたらす不活化菌体、またはその構成成分や代謝物」として国際プロバイオティクスおよびプレバイオティクス科学協会が定義。代謝物をサプリメントで直接摂取する手法も提案。
腸内細菌は分業制。バトンを繫いで代謝物を作り出している
なんとなくのイメージでは、単独の腸内細菌が食品成分を分解してポストバイオティクスが作られるように思われがちだが、ことはそう単純ではない。実はバトンをリレーで受け渡すようにして複数の腸内細菌が協力し、カラダに有用な代謝物が作られている。
代表的なポストバイオティクスである短鎖脂肪酸を例に、それがどのように作られていくかを見ていこう。
まず、「腸内細菌のエサになあれ」と私たちが口にする食物繊維はそのままではエサにはならない。糖化菌という腸内細菌に代謝されて糖が作り出され、それが乳酸菌やビフィズス菌といった他の菌のエサとなるのだ。
乳酸菌やビフィズス菌は食物繊維を分解するのがちと苦手なので、糖化菌に糖にしてもらったものをエサとして活用する。ちなみに糖化菌を含む代表的な食品は納豆。
えっ? ちょっと待った! 食物繊維は炭水化物から糖質を取り除いた栄養素のはず。言ってはなんだが、ヒトにとっては食物のカスのようなもの。その食物繊維から糖を作り出すってどういうこと?
「食物繊維はヒトの酵素では分解できない栄養素なのでそう呼ばれているだけです。たとえばシロアリはセルロースという食物繊維を分解して糖を作り出します。我々にはできないことをシロアリや腸内細菌はできる、というだけです」(國澤さん)
なるほど。食物のカスなどというのは人の大いなる驕りであった。では気を取り直し、バトンの次の受け渡し先を見てみよう。
糖化菌によって作られた糖を乳酸菌が代謝して乳酸、ビフィズス菌が代謝して酢酸を作り出す。そのバトンを受け取った別の腸内細菌が、さらに酪酸やプロピオン酸を作り出すという仕組み。
これにて、カラダに有益な短鎖脂肪酸の出来上がりというわけだ。
走者不在で、バトンが繋がらないケースも
とはいえ、万人の腸の中でこのようにスムーズにバトンが受け渡されるわけではない。たとえ材料が入ってきてもバトンを受け渡しする走者が不在というケースもある。
「糖化菌が不足していると食物繊維の分解不足が起こり、次の走者の乳酸菌やビフィズス菌の働きが悪くなります。
食物繊維を摂ると便秘をする、乳酸菌やビフィズス菌を摂っても効果が感じられないという場合は、糖化菌不足の可能性があります。納豆や糖化菌を含む整腸剤を摂ることをおすすめします」
糖が必要なら糖を含む食品をどんどん食べればいいのでは?と思いがちだが、そうはいかない。口から摂った糖は小腸からほぼすべて吸収されてしまうからだ。
同じようにビフィズス菌がうまく酢酸を作れなければ酸っぱいものを食べればいい、というわけでもない。酢酸は小腸からほぼすべて、以下同文。
腸内細菌のリレーを円滑に進めるためには、材料となる食物繊維を摂る、糖化菌を充実させる、プロバイオティクスで乳酸菌やビフィズス菌を腸に届ける。そんな食生活における工夫が必要。
人生100年時代、ポストバイオティクスを味方につけた者の勝ちだ。