ストレスと上手に付き合うための12のキーワード【前編】
現代社会はストレスの原因に溢れている。前編では、無意識の疲労や疲労の3段階、ドーパミンと依存行動、最近耳にする機会も多いポジティブ日記、HSPなどのキーワードから疲労の正体を紐解いていこう。
教えてくれた人
下園壮太(しもぞの・そうた)/心理カウンセラー。メンタルレスキュー協会理事長。防衛大学校卒業後、陸上自衛隊入隊。陸自初の心理教官に。カウンセリングや衛生隊員などの教育を担当後、定年退官。講演や執筆などで活動中。
ゆうきゆう/精神科医。東京大学医学部卒業。ゆうメンタルクリニック・ゆうスキンクリニック総院長。医師業の傍ら、心理学サイトの運用、漫画原作、書籍執筆など幅広い分野で活躍している。
そもそもストレスとは?
ストレスという言葉の意味を正しく理解している人は案外少ない。ストレスとは外部からの刺激で心身に歪みが生じた状態。厳密には歪みをもたらすものはストレッサーという。
「“良いストレス”などといわれることもありますが、基本的には嫌な刺激です」(元自衛隊心理教官で心理カウンセラーの下園壮太さん)
ストレスによる反応には、意欲の低下、イライラ、不安などの心理面、不眠、食欲不振など身体面、仕事のミスや事故などの行動面がある。ストレスが生じると、体内環境を一定範囲内に保つホメオスタシス(恒常性維持)という仕組みが働き、歪みのない状態へ戻そうとする。
真っ先に反応するのは自律神経。交感神経が興奮し、血圧や心拍数を上げて血流を増やし、ストレッサーと「ファイト・オア・フライト(戦うか逃げるか)」の態勢を作る。続いて反応するのが、ホルモン系。血糖値を上げるコルチゾールなどのストレスホルモンが分泌される。
ストレス反応が長引くと、自律神経もホルモン系も乱れて、免疫系までダウン。病気に罹りやすくなる。そうなる前に、ストレスにどう立ち向かうべきか。前編では、6つのキーワードと専門家の助言で守りを固めておこう。
ストレスをもたらすおもなストレッサー
- 物理的ストレッサー…気温、光、騒音
- 化学的ストレッサー…タバコ、アルコール、大気汚染、ホコリ
- 生物学的ストレッサー…ウイルス、細菌、花粉、カビ
- 心理学的ストレッサー…不安、不満、怒り、緊張、悲しみ
- 社会的ストレッサー…家庭環境、職場環境
① ステルス疲労
ストレスの背景にあるのは、疲労。疲労=フィジカルなものと狭く捉えがちだが、脳すなわちメンタルだって疲れる。そして同じストレスを受けても、心身が疲れているときほど表面化しやすい。
「問題なのは本人が気づかない疲労の蓄積。これを私はステルス疲労と呼んでいます」(下園さん)
心理的な疲労の種というとパワハラなどを想起するが、あらゆる“変化”は疲れを招く。転居や昇進、旅行や恋愛など一見ポジティブな変化も疲労の源。ワクワク感で疲労がステルス化しているのだ。
「マラソン完走の翌日は、疲れ切った自覚があるので、誰でも休みます。自覚に乏しいステルス疲労だと自ら休もうと思えないので、蓄積しやすく危険なのです」
イライラなどの感情が抑えられなくなったらステルス疲労が溜まったサイン。迷わず休養を取ろう。
② 食欲
ストレスがあると食欲は乱れる。ストレスに反応する自律神経の中枢は、脳の視床下部にある。食欲の中枢も視床下部にあるため、ストレスの影響を受けやすいのだ。多くの場合、ストレス下では食欲が増して太りやすい。
「これは摂取エネルギーを増やし、ストレスと戦えるだけの体内環境を整えようとする正常な反応です」(精神科医のゆうきゆうさん)
加えて食事には、自律神経の偏りを正す作用もある。ストレス下では交感神経が優位になりやすいが、食事をすると消化吸収を促すために副交感神経へ切り替わる。
ストレスで食欲が増すのは、人間だけではないようだ。アメリカの空軍基地の近くに生息するトカゲの研究では、軍用機の騒音でトカゲのストレス度は上昇すると判明。一方、トカゲは活動量を減らし、餌を多く食べる傾向があったとか。ストレスで失われたエネルギーを補給して対応しているのだ。
③ ポジティブ日記
ストレスを溜めないためには、何事も前向きに捉えるポジティブ思考が大切だといわれて久しい。だが、脳には元来ポジティブな情報よりも、ネガティブな情報ほど記憶に残りやすい。動物にとって、天敵に襲われたといったネガティブな情報を覚えていた方が生存確率は高まるからだろう。
なのに、全部即座にポジティブに捉えないとダメだと思うと、逆にストレスが募る。ネガティブなことほど心に残るという事実を受け止め、ワンクッション置いてからポジティブに転換すればいい。そのためにゆうき先生が薦めるスキルの一つが、ポジティブ日記。
「何をストレスに感じたかが曖昧だとモヤモヤするだけ。一日の終わりにストレスに感じたことを書き出して“見える化”。その日を振り返り、ポジティブな面を探します。上司に𠮟られたことをストレスに感じたら、“気づきがあり、成長につながった”などとポジティブ転換して日記に書くのです。それを習慣化するうち、自然体のポジティブ思考が身につきます」
④ 疲労の3つの段階
ステルス疲労の蓄積は、大きく3つのステップを経て進む。
第1段階は、変化がもたらすマイナス面より、プラス面が大きい段階。旅行に行くのは疲れるが、普通は楽しさの方がまさっている。
第2段階では、変化によるマイナス面がプラス面を上回る。旅行や趣味のように楽しいはずのものが楽しめなくなり、不眠が出たりしたら、第2段階に突入した証し。
「アロマテラピーやマインドフルネスなどの疲労回復術が効果的なのは第1段階まで。第2段階になると、心身を休める以外、疲労から復活する術はない」(下園さん)
1日8時間働いているとすると、第2段階では2倍の16時間働いたような疲労が残る。それでも何とか気合で乗り切ろうとすると、疲労は最終の第3段階へ至る。
「第3段階では、8時間労働なのにまるで3倍の24時間働いたように疲れが蓄積する。一日休みなく働いている状況ですから、気合で乗り切れるわけがない。心がポキンと折れてしまい、何事にも意欲が湧かないうつ状態に陥ります」
病気は早期発見・早期治療が大原則だが、疲労も第1段階のうちに自覚してケアするのが正解だ。
⑤ ドーパミンと依存行動
過剰なストレスに長く曝されると、ドーパミンが出にくくなる。ドーパミンとは、脳内で作られる神経伝達物質。快楽をもたらす。
出にくくなったドーパミンを補うため、多くの人はドーパミン分泌を促すアルコールやタバコといった嗜好品、ゲームなどに走りがち。ドーパミン欲しさに嗜好品などに頼り続けると、依存症に陥る。
「食事でもドーパミンは出ますが、嗜好品に依存しすぎるとそれ以外ではドーパミンが出にくくなる。喫煙者が食後に一服するのは、食事で満腹になってもドーパミンが出にくいからです」(ゆうきさん)
SNSに映える映像をアップしたくなるのも、「いいね」が多くもらえると承認欲求が満たされてドーパミンが分泌されるから。ただフォロワー数を競うようなSNS生活はストレスフル。SNSを使うなら、「いいね」の数に頓着せず、家族や友達など身近なつながりを強化するために活用すべき。するとオキシトシンというホルモンが出てストレス解消に役立つ。
⑥ HSP
最近HSPという言葉をよく見聞きするようになった。HSPは「ハイリー・センシティブ・パーソン」の頭文字。生まれつき感受性が強すぎる人を指す。人の顔色を気にしすぎたり、騒音や変化に弱かったりするのが特徴。日本人の5人に1人はHSPだという説も。情報と刺激に溢れ、変化が激しい現代では、ストレス過多で生きづらさを抱えるHSPも多い。
「感受性が高いと危険を早めに察知できるので、本来HSPこそ生命力が強い。ダメなのはストレスに負けて足がすくみ、思考停止に陥り何もできなくなること。HSPを建設的に捉え直し、無防備にならず、ストレスの対処法を学んでください」(ゆうきさん)