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高橋純一さん
たかはし・じゅんいち/1976年生まれ。米サンディエゴ・パドレスで通訳兼コンディショニング補佐、千葉ロッテ、東京ヤクルト、横浜DeNAでチーフトレーナーを歴任。現在はJ. T. STRENGTH & CONDITIONING代表として各分野のアスリートを指導。
木場克己さん
こば・かつみ/1965年生まれ。体幹トレーニングの第一人者。サッカー、水泳、陸上など多くのアスリートやアーティストのサポートを務め、講演、指導などで健康知識を広める活動を行う。JAPAN体幹バランス指導者協会代表。
ストレッチはカラダ作りの土台中の土台
高橋純一さん(以下、高橋さん)
木場さんは今まで多くの選手にストレッチを指導されていますが、たとえば久保建英選手にはどんな教え方をされたのでしょうか。
木場克己さん(以下、木場さん)
久保選手については小学4年生、ちょうどスペインに渡る頃から見ていて、その時点で技術的にはずば抜けていたのですが、内転筋や尻、股関節が硬くて、スペインの柔らかい土の上でプレーした場合、それらの部位に大きな負荷がかかってしまう懸念がありました。
そこで親御さんにペアストレッチのメソッドを伝えるなどして、彼も異国の地でちゃんと取り組んでくれた。今思えば、そのことで10代の頃の成長痛を防ぐ効果はかなりあったんじゃないかなと。
高橋さん
今の子どもたちは生活様式の変化もあってうまくしゃがむことができず、どうしても股関節が硬くなる傾向がありますよね。
木場さん
ストレッチには大きな目的が2つあると思っていて、そのひとつがケガの予防。
特に股関節まわりのストレッチは10代のうちからしっかりやっておけば、身長の伸びやトレーニングによってカラダのバランスが変化しても、大きなケガは防ぐことができると考えています。
高橋さん
アスリートの実力をピラミッドで表した場合、その頂点に技術やパフォーマンスがあって、下の方に筋力がある。そのさらに下、土台となる部分にカラダの柔軟性があると思うんです。
だからストレッチはカラダ作りの土台中の土台。若いうちにそこを疎かにしたアスリートは、プロに入ってからケガも含めて伸び悩むケースが多いのかなと。
股関節をほぐしつつ全身の動きを作る
高橋さんがよく指導するストレッチは、股関節を大きく広げたポジションから上体を前後左右に揺らしたり、捻ったりして全身の連動性を高めていく動き。練習前の基本となる。
木場さん
どんな選手にとってもストレッチはやって当たり前。ストレッチで得た柔軟性の上に十分な筋力と、しっかりとしたカラダの軸があって、それらを連動させて初めて高い筋出力を生み出すことができる。
アスリートがストレッチを行うもうひとつの目的はパフォーマンスアップにあるんじゃないかな。
高橋さん
だからストレッチと筋トレは別物ではなく、セットで考える必要があるんですよね。
木場さん
どんな競技にせよ、大きな力を出そうとしたときに、筋肉も関節も可動域が狭いと過度に負荷がかかってしまうことがある。そうならないためのストレッチでもあるんです。
侍ジャパンの左腕エースも左右のバランスが悪かった
高橋さん
自分は横浜DeNAのトレーナー時代に今永昇太選手と知り合い、現在はオフの自主トレ中に指導しています。以前の彼はピッチャーとしてしっかりした考えを持つ一方、エクササイズに関してはそれほど高い意識を持っていなかった。
入団以来最低の成績に終わった年のオフ、カラダをチェックすると筋肉量の左右差が大きく、全身の柔軟性も低い。そこからストレッチを含めた、投球フォームにもつながる連動動作を繰り返し行ったのです。5年近く経ってようやくその積み重ねが結果に表れるようになりましたね。
木場さん
WBCでもすごいボールを投げていましたよね。
高橋さん
言うまでもなく、ストレッチは愚直にやらないと効果が出ません。だから一年中毎日続けられる思考も行動力も併せ持つ必要があるんです。
特に今永選手のようなピッチャーの場合、いいボールを投げる動作を何百回でも繰り返せるようになればより優位に立てるわけで、そうした「動きの再現性」を磨くうえでもストレッチは大事なんじゃないかと。
木場さん
大学時代の長友佑都選手のケースで言うと、彼は当時腰椎ヘルニアを発症し、痛くてまともに走れない時期。その頃に見るようになったのですが、カラダをチェックすると股関節や脊柱まわりの筋肉の柔軟性が痛みのために欠如し始めていた。
そこでまずは体幹部と連動する股関節、脊柱の可動域を出すストレッチで柔軟性を高め、そのうえで筋出力を上げるべく、カラダの軸をぶれないようにする体幹トレーニングに取り組みました。すると次第に腰の痛みがなくなり、目に見えて動きも良くなった。筋肉は鍛えるだけじゃなく柔らかく使うことも考えないと。
高橋さん
サッカー選手の瞬発力を生むのも柔軟性なんですね。
木場さん
もう一人、競泳の池江璃花子選手は、バタフライの選手に多いパターンで腰の筋肉が常に張っている状態でした。
腰の筋肉を強化しようとの意見もあったのですが、体幹筋である腹斜筋と腹横筋、腸腰筋の柔軟性を高めつつ鍛えることでコルセット代わりに使えるようにして、腰の筋肉に過度に頼らないようにした。競技や選手によっては、そうしたアプローチも必要なんです。
筋肉は柔らかさと強さを兼ね備える必要がある
高橋さん
一般的にストレッチというと筋肉を気持ちよく伸ばすイメージがありますが、やればやるほど奥深い世界だし、実は一番キツいエクササイズじゃないかと思っています。でも目的意識をしっかり持って行えば、大きな効果が得られるはず。
木場さん
筋肉は柔らかいだけでも、強いだけでも駄目。両方を兼ね備えることが必要だし、そこで体幹トレーニングも生きてくる。特にサッカーの育成年代に指導する場合は、ウェイトトレーニングよりもストレッチと体幹トレーニングを大事にするよう伝えています。
高さをつけて下半身を入念に伸ばす
木場さんが教えるストレッチの一例。ファンクショナルクッションに膝をつき、骨盤を立てて股関節を広げ、上体を前へ。脚の付け根が伸ばされて脚の振りが大きくなる。
高橋さん
ワールドカップを見ていても、日本代表の選手がドイツやスペインの選手に当たり負けしないじゃないですか。ああいうフィジカルの強さは木場さんのような指導方針が根付いたおかげかもしれませんね。
木場さん
日本サッカー協会のフィジカルコーチたちの間でも、可動域を広げることと体幹を鍛えることへのコンセンサスが取れていると思います。また、10代でも世代別代表は頻繁に海外遠征をするので、欧州の選手の当たりの強さを実感する。そうした中でカラダ作りへの意識が自然と高まる土壌があるんです。
木場さん
ある程度カラダができてきたら、今度は強いキック力を生むために脇腹や腰、股関節まわりのトレーニングとストレッチを重視する。長友選手はそのあたりを徹底してやっていますよ。
高橋さん
野球の場合、最も力の入りやすい各関節のポジションをパワーポジションと呼んでいて、それは指、肘、膝の関節はもちろん股関節にも存在するのですが、それを作れるようにするのもストレッチの目的。
関節の柔軟性に乏しいのに無理に作ろうとすると、どこかに負担がかかってケガしてしまう。だから一流の選手になるほど毎日意識的にストレッチするんです。その積み重ねが、無意識のうちにパワーポジションを作ることにつながるんですね。大工さんが毎日カンナの刃を調整して使いやすくするのと一緒ですよ。
木場さん
「奇跡の1ミリ」と呼ばれたワールドカップでの三笘薫選手のゴールライン上のプレーなどは、瞬間的に可動域の広さと筋出力の大きさが連動した象徴的なシーンでした。普段から連動させる癖がついていないとあのプレーはできませんよ。
高橋さん
僕はフランス代表のキリアン・エムバペ選手に圧倒されました。パワーもスピードもすごいし、カラダの使い方が非常に柔らかいんです。
木場さん
リオネル・メッシ選手など、いいサッカー選手はみんな姿勢がきれいですね。常に地面に対して垂直なポジションがとれる、つまり軸がしっかりしているから突破力が抜群だし、切り返しもうまい。
高橋さん
それも柔軟性あってこそなせる業ですね。
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