人体の重要パーツ「骨盤」のこと、教えてください
骨盤は知っていても、骨盤の“こと”を知っている人はそうそういないはず。構造、動き、役割、そしてよく聞く“歪み”についても、コツコツと学んでいきましょう。
取材・文/石飛カノ 撮影/小川朋央 スタイリスト/高島聖子 ヘア&メイク/村田真弓 イラストレーション/野村憲司、今牧良治(共にトキア企画) 監修・取材協力/國津秀治(理学療法士)
初出『Tarzan』No.826・2022年1月27日発売
構造について教えてください
単一の骨ではなく、3つのパーツでできています
では、骨盤の細密な構造を見てみよう。骨盤、骨盤と一括りに言うけれど、実はひとつの骨ではなく3つのユニットでできている。
中央にあるのが背骨の土台、腰椎に連結している仙骨。仙骨の下部に連なるのが尻尾の名残の尾骨。そして両サイドにシンメトリーに位置しているのが寛骨だ。つまり、骨盤=仙骨+尾骨+寛骨。
- 仙骨…腰の中央部分にある逆三角形の骨。この仙骨を土台にして腰椎、胸椎、頸椎という脊柱が連なり、最上部にある頭を支えている。「骨盤を立てる」というのは即ち、仙骨を立てるという意味。
- 尾骨…いわゆる「尾骶骨」。細く尖った形状で、かつてあった尻尾が退化した骨。脂肪が少なく大臀筋が衰えている人は、長時間の座り姿勢で尾骨の先端が刺激され痛みが生じることもある。
- 寛骨…左右に大きく張り出しているのが寛骨。上部の先端が、いわゆる「腰骨のグリグリ」だ。下部には太腿の骨の先端がはまり込むくぼみがある。「太腿付け根のグリグリ」がこれに当たる。
さらに言うと、寛骨は上部の腸骨と下部後方の坐骨、下部前方の恥骨で構成されている。寛骨=腸骨+坐骨+恥骨というわけ。
で、仙骨と寛骨の繫ぎ目が仙腸関節。可動域こそ小さいものの骨盤には関節があり、上半身と下半身の連動に重要な役割を果たしている。
- 腸骨…寛骨の上部を構成する、象の耳のような大きく平べったい骨。横から見たとき、上部の前から後ろに向かって大きくカーブを描いているのが、「腸骨稜」という部分。触って位置を確かめてみよう。
- 坐骨…寛骨の下部後方にある。椅子に座ってこの部分が座面に当たるのが基本の正しい姿勢。もっと言うと閉鎖孔という輪っかを構成する「坐骨枝」を座面に当てると、さらに楽にいい座り姿勢が保てる。
- 恥骨…寛骨の下部前方にある。左右の恥骨は中央で恥骨結合という軟骨によって結合されている。女性は妊娠・出産によってこの部分に物理的なストレスがかかり、痛みが生じることもある。
骨盤のカタチは進化の過程で作られました
今現在のヒトの骨盤は長い進化の歴史の中で形作られたもの。その証拠にサルの骨盤とヒトの骨盤を比べると明らかな違いがある。
サルの骨盤は全体的に細長くてフラットな形状をしている。それに比べてヒトの骨盤は縦方向がぎゅぎゅっと短縮され、その代わりに前後方向の幅が広がり、ボトムはすり鉢状になっている。
理由のひとつは、四足歩行では内臓は腹側に垂れ下がった状態なのに対して、二足歩行では骨盤内に内臓を収める必要があったから。直腸、膀胱に加え、男性なら前立腺、女性なら子宮といった生殖器をよっこいしょと引き上げて保護するために、ヒトの骨盤は深みのあるすり鉢状になったというわけ。
仙骨は30代になるまで実はバラバラです
骨盤の中央にある仙骨はよくよく見ると、背骨から連なる5つの仙椎で構成されている。実を言うと20代前半まではこの5つの骨はバラバラ。成長期の終わりにかけてゆっくりと結合していき、30代頃にようやくしっかりした一枚岩の骨になるという。
ちなみに、寛骨もまた生まれながらにひとつの骨というわけではなく、腸骨、坐骨、恥骨という3つの骨が10代後半の頃にくっついて、いっちょまえの寛骨になる。シン・ゴジラよろしく、骨盤は年齢とともに最終形態に近づいていく。
ということは、若い頃の姿勢の良し悪しが、中年以降の骨盤の配列に影響する可能性が大ありということ。
動きと役割について教えてください
骨盤の動きは3種類、前後、回旋、上下です
骨盤は投げたり走ったり跳んだりする四肢のようなダイナミックな動きはできない。かといってまったく動かないというわけではない。むしろ、立ち上がり動作や歩く動作といった、地味だけれど基本的な動きに欠かせない役割を担っている。
まず骨盤は前後方向に動かすことができる。椅子に座るまたは立つ動作では骨盤は前に傾く。カラダを後ろに反らす動きでは骨盤は後ろに倒れる。過剰な前傾や後傾が姿勢に反映されるのは問題だが、前後に自由に動かせることはむしろ重要。
骨盤は上下方向にも動かせる。一方が上がれば反対側が下がる。階段を上るとき、傾斜面を歩くときにはこの動きが必須だ。さらには回旋の動き。大股で颯爽と歩くときに自ずと骨盤は左右交互に回旋する。
前後、上下、回旋、これらの動きをミックスさせることでベリーダンスやフラダンスのような複雑な動きを可能にするのだ。
男はハート、女は楕円。骨盤の形には性差があります
3つの骨で構成されているのは同じでも、骨盤の形は男女で異なる。男性の骨盤の幅は細くて底が深い構造、女性の骨盤は幅広くて浅めの構造になっている。
骨盤を上から見ると、男性は横幅が狭いハート形、女性は横幅が広い楕円形。
骨盤の底の部分も男性は底に近づくほど狭くなっていく漏斗状なのに対して、女性は上から下まで幅がほぼ同じ円筒状だ。恥骨結合の角度も男性は女性に比べて狭いのが特徴。
これは女性が担う妊娠・出産という一大事に由来する。子宮が大きくなる前提で女性の骨盤は広く浅くデザインされたと考えられる。さらに男性の尾骨がほとんど動かないのに対して、女性は出産時に尾骨を動かして骨盤を広げる。構造にも機能にもこんな男女差があるのだ。
骨盤の大事な役割は上半身と下半身を繋ぐことです
骨盤の役割のひとつは内臓を守ること。もうひとつの大事な役割は上半身と下半身の動きを連動させることだ。上半身の動きは腰椎を経由して骨盤に伝わり、下半身の動きは股関節経由で骨盤に伝えられる。これを「運動連鎖」という。
下半身を固定して上から下に動きを伝える場合は、腰椎→骨盤→股関節のルートで動きが伝わる。たとえば立って上体を屈めていく立位体前屈の動きがこれ。
一方、上半身を固定して下から上に動きを伝えるときは、股関節→骨盤→腰椎の順番で動きが伝わる。
こうしたルートで力が伝わることで上半身と下半身の連携が生まれ、日常動作がスムーズに行えたりスポーツパフォーマンスの向上にも繫がる。逆に股関節や仙腸関節に問題があると運動連鎖がままならず、カラダのどこかに負担がかかる。その結果、腰痛や肩こりなどの原因になってしまうのだ。
“歪み”について教えてください
通常の骨盤は8〜11°前傾しています
骨盤が過剰に前傾あるいは後傾していると、見た目にも機能にもさまざまなデメリットがもたらされる。じゃあ、通常の骨盤のポジションの定義って一体なに?
骨盤の通常の角度を定義する方法は数多くある。ここでは理学療法の世界で一般的に使われているメソッドを紹介しよう。
腸骨の上部の最も張り出しているポイントを上前腸骨棘という。腰に手を当てたときに人差し指が触れるグリグリ部分だ。一方、腸骨上部を親指で背中側へ辿っていくと突起に突き当たる。こちらは上後腸骨棘。2つのポイントを結んだラインと水平線の角度が8〜11度というのが骨盤の通常の角度。
そう、通常の位置に収まっている骨盤は若干前傾しているのだ。これより角度が大きければ骨盤は前傾気味、角度が小さければ後傾気味ということになる。
骨盤の“歪み”の正体は配列の乱れです
「骨盤の歪み」というワードをよく耳にするが、はて何をもって歪みというのか? イマイチはっきりしない部分がある。
もちろん、骨盤を構成する骨自体がぐにゃりと歪んでいるわけではない。ただし、骨盤の左右の高さに違いがあったり、仙腸関節に若干のズレが見られるケースは確かにある。骨盤周囲の筋肉のバランスが悪いせいで骨盤の位置が変わるということも考えられる。
骨の配列のことをアライメントというが、このアライメントが正常とは異なる状態が、いわゆる歪み。それも整形外科的な病変のない、“見かけ上の歪み”と言ってよさそうだ。
機能的な意味での“歪み”もまたある。前述したように骨盤は前後、回旋、上下の動きをする。アライメントの乱れによってこの3つの動きのいずれか、またはミックスしたときに左右差などが表れる場合もあるのだ。
歪みの改善とは即ち、骨盤の配列を整えることと考えてほしい。
普段の立ち、座り姿勢が“歪み”を招くこともあります
左右の脚の長さが違う、あるいは背骨が横方向に曲がる側彎などの条件を外せば、骨盤の見かけ上の歪みを進行させてしまう最たるもの、それは日常生活のクセと言ってもいい。
片足荷重、しかもいつも同じ足に体重を乗せて立つクセがある人は骨盤の高さが左右で異なる状態がもはやデフォルト。仙腸関節に左右のズレが出てもおかしくない。決まった側の肩にバッグを担ぐ人もこれと同様。いつも同じ側の脚を組んで座るとなると、左右差だけでなくねじれも加わる。
また、高いヒールを履き続けるとバランスをとるため骨盤は前傾気味になり、背骨の上部は丸くなる。若い女性に多い反り腰+猫背姿勢がこの典型。一方、スマホのガン見で頭が前に突き出る姿勢を長く続けると、胸椎が後ろにカーブして骨盤は過剰に後傾する。
無意識のクセなので本人は違和感を感じないかもしれない。でも、骨盤のアライメントは崩れた状態が定常化。見た目的にも機能面でもいいことなしだ。
ガニ股座りの人はほぼガニ股で歩きます
日本人は世界一座る時間が長い国民という有名なデータがある。平均座位時間はなんと1日7時間以上! 一日の多くの時間を座って過ごすとしたら、座り姿勢が骨盤のポジションや立ち姿勢の決定打になるとも考えられる。
こんな報告もある。脚を組んで座るとき、椅子に深く座ると骨盤は後傾し、背すじを伸ばして浅く座ると骨盤は前傾する。前者は立った姿勢でも骨盤が後傾し、後者は立っても骨盤は前傾したままだという。
つまり、座位と立位は密接に関連している。たとえば、下写真のように脚を組まずに仙骨を座面に当てたガニ股座りの人。骨盤が後傾すると太腿の骨は外側に開きやすくなる。そのまま立てばおっさん立ち、歩けば見事なガニ股歩きとなる。颯爽と歩きたいなら座り姿勢から修正を。
歩く時の骨盤が傾くと筋バランスが乱れます
物心ついたときから人は何気に歩いているが、実は歩行とは片脚立ちの連続動作。軸脚に体重が乗ったとき股関節にかかる負荷は体重の約3倍といわれている。
歩行時の筋肉の働きを見てみると、脚を振り出すときにはお尻の横にある中臀筋が動作に加わり、軸脚側の中臀筋は骨盤のポジションを安定させるために働く。左右の筋肉がきっちり仕事をしてくれるおかげでこの負荷に耐え、骨盤をまっすぐ保てる。
ところが、筋力の左右差、脚の振り出しのタイミング、体幹の使い方などの理由で、歩くたびに骨盤が左右どちらかに傾いてしまうことがある。こうなると中臀筋だけでなく左右全体の筋バランスが崩れてしまうリスクも。さて、歩いているときのあなたの骨盤、まっすぐですか?