ウェアラブルデバイスを身に着けることでの一番の恩恵は、自分のバイタルサインのチェックがとても身近になったことだ。
現在では、心拍変動をモニタリングして自律神経の状態を判定するものや、体液の移動を検知して食事からの摂取カロリーを割り出すもの、また歩行パターンを分析し、高齢者の転倒リスクを評価するベルト。ついには病気の予防や治療に大きな意義があるがウェアラブルでは難しかった血圧の常時測定にも道が開けてきている。
多彩になるウェアラブルの機能。
健康向上へ行動変容を促すウェアラブルデバイスは、日々刻々精度を増しているというわけだ。
目次
バイタルサインは、生命活動の指標。
バイタルサインとは、人間の生命活動における重要な指標で、循環や呼吸、意識、神経的なものなどを数値化したもの。基本となるのは血圧、脈拍、呼吸、体温の4項目で、医療現場ではそこに“意識レベル”“尿量”が加わり6項目を指すこともある。
「バイタルサインとしてポピュラーなのは、血圧、脈拍、呼吸でしょうか。血圧や脈拍、心拍は循環の代表ですが、呼吸ならば酸素飽和量や呼吸回数を見ます。意識レベルのチェックに関しては、デバイスではまだ評価が難しいといわれますが、睡眠の深さを測るのはある意味、近いかもしれません」と、循環器の専門医で〈ウェルビーイングクリニック駒沢公園〉院長の布施淳先生。同クリニックは、循環器治療の補助として「ウェアラブル・スマートウォッチ外来」も持つ。
バイタルサインと対応する疾病例
安静時心拍数は50ほどが理想であり、一方で運動時の最大心拍数は「220から年齢を引いた数値(220-◯歳)」という簡易式がある。
「日常生活中の心拍数は多少上がっても異常ではない。判断が難しいのは、自律神経に関わる心拍変動(心拍の微妙なゆらぎ)ですね」
心拍変動を読み解く難しさ。
判断が難しい理由は、心拍変動の測定指標にはさまざまな種類があり、デバイスによっても異なり、また体動によるノイズも無視できないからだという。
「主にウェアラブルデバイスで評価しているのは、副交感神経の活動であり、その場合、心拍変動の数値が高いほうがストレスがないと判断し、低いとストレスが溜まっていると判断します」
心拍変動というのは一拍一拍の心拍の微妙な差で、その傾向をデバイスが捉えて数値化されるが、ストレスのない人のほうが数値にバラつきが多く、ストレスのある人のほうがバラつきが少ないのだという。数値にバラつきが少ないということは、変動が少ないということだ。
「カラダを緊張させる何らかのストレスがかかって緊張状態を維持しているから、変動しない。つまり、ぶれない。でも、デバイスの数値はおおまかな目安として受け止めておくべきだと思います」
心拍変動に着目し、人間情報センシング技術を強みにウェアラブル端末などのソフトウェアを研究・開発する〈WINフロンティア〉代表の板生研一さんも、その難しさを指摘。
「そもそも同じ人間のカラダでも常に数値は揺れ動いています。人間のバイタルサインそのものが変動しているものですから」
さらに個人差もある。本来年齢や性別、体格によっても情報が異なるが、そこをきちんと補正しないとミスリーディングを起こすこともある。
「作り手側からいうと、日常の動きの中で取っている情報は、100%の精度で取るのはやはり難しい。数値のもととなる情報の取り方そのものにもなかなか困難があるんです」
ストレスの情報に関していうと、手首で情報を取る場合は、手の動きがかなりのノイズになってしまうのだという。呼吸についても、ユーザーに意図的に深い呼吸をされてしまうと情報に影響が出る。
「ノイズ除去の仕組みやアルゴリズムなどで最大限努力していますが、測定誤差は起こります。これも人間が相手ですから、一定しない。デバイスの数値に関しては、傾向で見ていくことがとても大事だと思います。自分の傾向を知って、相対的に判断してほしいです」
記録を取り続けてデータを相対評価。
自身のバイタルサインの傾向を知るためには、ある程度の期間、継続的に記録を残して、材料を集めなければならない。
「必要不可欠であるものの、デバイスを充電するのが面倒くさくなってきたり、指標も毎日見ていると飽きてきたり…。健康管理にデバイスを使ううえで大きな課題は継続性なんです。単にバイタルサインの“見える化”だけでは、健康にはつながらない。自分の数値を健康に有効活用するためには、コンティニュアスに記録を残し、それを経年で比較していく。相対比較がベストだと思います」
たとえば同じデバイスで取った毎週月曜日のデータを比較してみる。なかで自分の数値の傾向が変わっている日があれば、当時のことを思い返してみるのだという。
「数値だけじゃなくて、日記や手帳の記録と合わせて振り返るのがいいですね。“この月曜日だけストレスが高いのは、会社でプレゼンがあって緊張してたな”とか。相対比較をしてみると、そういう自分の発見につながる可能性があります」
記録することで病気の発見にも。
一方、布施先生は、デバイスの継続記録の有効性として病気の早期発見の可能性を挙げる。
「デバイスを身に着けていると、夜間も持続的に測定されることで、“睡眠時無呼吸症候群”の発見にはつながりうるかなと思っています」
睡眠時無呼吸症候群とは、上気道が狭くなることが原因となって睡眠中に無呼吸を繰り返すことで、さまざまな合併症を引き起こす病気。高血圧、脳卒中、心筋梗塞を誘発する可能性が、健常者に比べて約3~4倍高いといわれる。
「夜中に呼吸が止まり、ひどいケースだと極端に血中酸素濃度が下がる。人によっては80とか70まで下がる。だから、夜中の血中酸素濃度の数値が“最近やけに下がってるな”という人は、クリニックできちんと検査を受けることをおすすめしたいです。心拍数も乱れる場合が多いので、血中酸素濃度とあわせて評価するとよりいいと思います。睡眠中に心拍数が突然急峻に上昇している場合は、不整脈の可能性もあります」
病院を受診する際の参考データに。
このような病気の早期発見をはじめ、自分の数値を継続的に記録し、それを振り返ることで得られる健康メリットはさまざまある。
「自分で傾向を把握することももちろん大切ですが、医療者には医療者の数値の読み方があります。特に数値に異常が見られなくても、病院を受診するときにはデバイスの記録を持っていくのはドクターにとって診断の参考になるはずです」
安静時心拍数は大事な健康指標。
日々デバイスにも触れている布施先生が、「精度が高い」と感じるのは心拍数。特に注目するのは、安静時心拍数だ。測るのは1分間の拍動回数で、安静時心拍数は心身の総合的な健康状態の指標としても使用できるといわれている。
「安静時心拍数は実は大事な健康指標のひとつで、がんや心臓病の死亡率や、うつ病などのメンタル不調にも関連している。そういう意味で“ウェルビーイング(身体的・心理的な健全)の指標になる”と言う研究者もいます。運動中のウェアラブルデバイスでの心拍数というのは、どうしても測定誤差が出ますが、安静時は信憑性が高い」
理想の数値は、若い人であれば50前後。とはいえ、安静時心拍数が60だからといって心配する必要はないが、80程度にまでなると何らかの身体的・心理的ストレスがかかっている可能性があるという。
呼吸数こそしっかりチェック。
「実はみんなあまり意識していないけれど、医者目線で言うと呼吸数というのはすごく重要なんです」と、布施先生。
呼吸はバイタルサインのチェック項目にも挙げられているが、呼吸数は1分間に行った呼吸の回数を定義したもので、成人の1分間の呼吸数は約12~20回。 ただし、これは運動をしていない状態でのもので、 運動時はさらに呼吸数が多くなる。
「医療の現場では呼吸数が多い(呼吸が速い)のは、病状悪化の重要サイン。しかも血圧が下がるといったほかのバイタルサインよりも先に兆候として表れることもある。呼吸数は決して侮れない」
近年さまざまなストレスによって脈拍や安静時心拍数が多い人が増えているのだという。
「現代人は、みな呼吸が浅い傾向にあります。普段からデバイスで自分の呼吸数をチェックして、息が浅かったり、脈拍や安静時心拍数が増えているとわかったら、ゆっくり深呼吸をすることです」
深呼吸の基本は1分間6回。これで一時的だが自律神経も整うという。
「深呼吸のように、昔からいいといわれているシンプルで当たり前のことが健康には大事なのです」
1万2000歩以上はリスク軽減効果横這い。
自分の傾向や健康生活への改善点が見えてきたところで、アクションの一歩目は運動。指標はデバイスでも多くの人が利用している歩数だ。
「人間はまったく歩かないよりも、少しでも歩いたほうが死亡リスクが下がるといわれていますが、一日に1万2000歩くらい歩けば十分です」と、布施先生。実はそれ以上を歩いても、病気予防や死亡リスクの軽減効果はほとんど横這いなのだという。その一方、一日の歩数が3000程度の場合、少しでも多く歩くことでの追加のリスク軽減効果は大きい。
近年のデバイスには座りっぱなしをアラートで注意するものもあるが、実は歩くだけでなく「立つ・座る」といった基本動作も死亡リスクを左右するのだという。
「座っている時間の長い人は、死亡リスクが高いといわれています。複数の研究データを見ると、一日トータルで4時間以上座っているのはあまりよくない。しかも、ジョギングをするなど一日トータルの運動量は結構あったとしても、座っている時間が長い人は死亡リスクが上がるという観察研究もあります」
現代はオフィスワークなら一日4時間以上座っているのは当たり前。
「スタンディングデスクを使うというのも一つの手だと思いますが、何より大事なのは動くことです」
運動強度は高いほうが効率よく健康効果もある。同じ30分を運動するのでも、低負荷・中等度の運動よりも高負荷の運動をするほうが死亡リスクの軽減になるという。最近ウェアラブルデバイスでもトレーニングメニューの定番となっているHIITはまさにうってつけだ。
睡眠は質よりも量を確保する。
「睡眠の深さに関しては、あまり数値や診断にこだわりすぎないほうがいいと思います。むしろ健康にとって大事なのは、深さ以前の問題として“睡眠時間をちゃんと確保する”こと。毎日7~8時間はコンスタントに眠る。質よりもまず量(時間)を確保せよ、です」
就寝時間は毎日同じ時間に、それをルーティンにできればベター。そのうえで自分の睡眠の基準値をもとに「質を考えていけばいい」という。
「睡眠の質というのは、さまざまな生活パターンにより上がったり下がったりします。だから、自分自身の生活と睡眠の深さのデータを照らし合わせて、長いスパンで相対的に評価する方法がいい。仮に深い睡眠が少ないとしても、“前よりは増えてるから、いいか”くらいにゆるやかに数値を捉えておくのが一番健全です」
取れる情報が細やかになっているウェアラブルデバイスで気軽に数値を眺めながら、運動・睡眠・食事の健康三原則の〈質〉と〈量〉を見直すことで健康維持につなげたい。