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2020.08.26

なぜ無性に食べたくなるのか。食欲のメカニズムと制御法

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わかってはいるけどつい手が伸びてしまう。止まらない食欲はあなたが悪いわけでもないし、止めるのも可能なのがわかった。さて、その方法とは。

カロリーと美味しさで、食欲はコントロールされる。

ズバリ、食欲の中枢は脳にある。

その食欲に影響するのは、食べ物のカロリーと美味しさという2点。

「血糖値などからカロリーを感知するのは、脳の深層にある視床下部。舌からの味覚、鼻からの嗅覚、目からの視覚といった情報から美味しさを感じるのは、脳の表層にある大脳皮質です」(生理学研究所の中島健一朗准教授)

カロリーは足りているのに、好きなデザートが出ると食べてしまうのは、視床下部は満足しているのに、大脳皮質が刺激されてまだ食べたいと思うから。視床下部も大脳皮質も満たされないと箸は置けないのだ。

食欲と並ぶ欲望に、睡眠欲がある。確かに眠らないと生きていけないが、かといって必要以上に眠れないし、睡眠不足に備えた寝溜めもできない。だが、食欲は容易に暴走して必要以上に食べられるので、肥満が起こる。

「ヒトにとって恐ろしいのは、飢餓。それに備えるために、余分なカロリーを体脂肪として蓄えるシステムができました。飢餓で困るくらいなら、食べすぎた方が生存に有利なので、体脂肪を溜めやすいのでしょう」

腹八分目で終わらずに、腹十二分目で食べ溜めを図るのは、ヒトの性のようなもの。だからこそ、食欲をコントロールする工夫が求められる。

空腹すぎると甘い物を好むので太りやすい。

「空腹は最高のスパイス」という諺があるように、空腹だとだいたい何でも美味しく感じるもの。空腹時に味の感じ方や好みが普段と変わるのは、ヒトだけではなく、マウスなど他の生き物にも広く共通して見受けられる現象だとわかっている。

そのメカニズムにも、食欲を司る視床下部にあるAgRPニューロンという神経細胞が関わっている。

「空腹に伴い、視床下部の弓状核にあるAgRPニューロンを起点とする神経ネットワークが働き、味覚が変化するとわかりました。同じ視床下部内にある別のニューロンにAgRPニューロンが働きかけると、甘味をより好むようになり、苦味を避ける嗜好が抑えられるのです」

視床下部にある神経が甘味や苦味の感じ方を調整
視床下部にある神経が甘味や苦味の感じ方を調整/空腹時のマウスは甘味溶液への嗜好性が高まり、低濃度でもリック数(舐める回数)が増える一方、苦味溶液(デナトニウム)は通常なら舐める回数が下がる濃度でも低下しにくい。視床下部のAgRPニューロンを光刺激すると同じ傾向があり、その関与が示唆される。

空腹は飢餓の前兆。空腹≒飢餓になったら命を守るために、効率的にエネルギーに変わる糖質を欲して、多少の苦味は無視しても食べることを優先するのは、生き抜くためには理に適った行動だ。日常生活でも空腹を我慢しすぎないようにした方が、過食は避けられそう。

「太ると甘味への嗜好が高まる反面、苦味など他の味覚に対する好みは変わりません。今後は視床下部を起点とする神経ネットワークが肥満に及ぼす影響を調べ、そのメカニズムを明らかにしたいと思っています」

ホルモンも食欲を左右。小腸では腸内細菌も一枚嚙む。

食欲の制御にはホルモンも一役買う。空腹になると増えるのは、胃から分泌されるグレリンというホルモン。グレリンは、視床下部に働いて食欲を促す。一方、食事をすると小腸から分泌されるのが、GLP-1ペプチドYYといったホルモン。これらも脳に作用して食欲を抑える。

食欲を抑えるホルモンには、腸内細菌も一枚嚙んでいる。腸内細菌は大腸だけでなく小腸にも棲み、この腸内細菌が食欲ホルモンと関わる。

「小腸でホルモンを分泌する細胞の近くには腸内細菌が控えており、腸内細菌と小腸の細胞が一緒になって食欲ホルモンの分泌を担うのです」

腸内細菌はヒトが食べた物を分解して生きている。ホルモンを通じて食欲に働きかけるのは、彼らなりの生存戦略なのだろう。

脂肪細胞が分泌するレプチンというホルモンも重要。脳に働いて食欲を抑える。脂肪細胞に体脂肪が溜まりすぎるとレプチンの分泌が増えて、それ以上体脂肪が増加しすぎないように摂食をセーブする。

「肥満者では、レプチンが分泌されているのに食欲が抑えられないレプチン抵抗性が起きます。人類はまだ現代のように肥満しやすい環境に適応できていないため、レプチン抵抗性が起こると考えられます」

小腸で栄養素が吸収される際、その情報は自律神経経由で脳へ伝わる。

食欲の仕組みを踏まえると、脳は血糖値や五感などからの情報を通じて食べ物を味わっているのがわかる。

加えて最近、脳と連絡して食欲を左右する場所がもう一つ見つかった。それは、またまた登場の小腸だ。

「小腸の細胞は糖質を感知すると、それを脳に伝えて満足感を高めることがわかっています」

脳と小腸を結ぶのは、自律神経の一翼を担う副交感神経。その一種である迷走神経は小腸から、神経の中継点となる脊髄を介さず、後頭部にある脳幹にダイレクトに情報を伝達。脳幹からさらに脳の奥へ奥へと糖質のシグナルは伝わる。自律神経の情報送信は脳から小腸など末梢への一方通行だと誤解されているが、迷走神経の約80%は小腸から脳へ情報を伝える求心性のネットワークだ。

小腸→脳ルートの存在が明らかになったのはまだ糖質のみだが、カロリーになる脂質やタンパク質(アミノ酸)にも、同様に小腸から脳へ連絡するルートがある可能性もある。

改めて考えると、口から肛門まで連なる消化管の内側はいわば外界であり、食べ物に含まれる栄養素が最終的に体内へ入る国境線は小腸だ。その小腸でどんな栄養素が入ってきたかをキャッチして、脳に知らせる仕掛けがあっても何の不思議もない。

取材・文/井上健二 イラストレーション/飛永雄大 取材協力/中島健一朗(自然科学研究機構生理学研究所 生体機能調節研究領域 生殖・内分泌系発達機構研究部門准教授)

(初出『Tarzan』No.792・2020年7月22日発売)

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