どうして高カロリーなものほど、食べたくなってしまうのか…|最新研究から知る「食欲の正体」(1)
つい食べ過ぎてしまうのは、何かがおかしいのか。食欲研究の権威である生理学研究所・箕越靖彦先生にじっくり聞いてみました。箕越先生との対談形式でお届けする「食欲の正体」。第1回目のテーマは「カラダのどこで食欲をコントロールしているのか?」です。
取材・文/井上健二 イラストレーション/安ケ平正哉 取材協力/箕越靖彦(生理学研究所 生殖・内分泌系発達機構研究部門教授)
(初出『Tarzan』No.756・2019年1月4日発売)
脳の視床下部と報酬系が食欲を司る
——脳には満腹中枢と空腹中枢があり、それが食欲をコントロールしているとよく聞きます。それは、正しいのでしょうか。
箕越靖彦先生(以下、箕越) それほど単純ではありません。現在わかっているのは、食欲に脳の視床下部と報酬系という2つのシステムが関わっているらしいということです。
——まずは視床下部の方から教えてください。
箕越 視床下部は、使うエネルギーに見合ったエネルギーを摂るように調節しています。簡単に言うと、飢餓に備えた仕組みです。
——空腹になると血糖値が下がって食べたくなり、満腹になると血糖値が上がって食べるのをやめるという仕掛けですね。
箕越 視床下部がモニターしているのは、血糖値だけではありません。消化管から分泌されるグレリンやGLP-1といったホルモン、脂肪細胞から分泌されるレプチンというホルモンも視床下部に作用しています。
この他、消化管を動かしている自律神経からの情報も視床下部まで上がってきます。交感神経と副交感神経からなる自律神経の中枢も視床下部にあります。副交感神経の一種である迷走神経には70%ほど感覚神経が含まれており、肝臓などの栄養情報を視床下部に伝えています。
——それは視床下部のどこで行われているのでしょう。
箕越 視床下部ではニューロン(神経細胞)の固まりが袋状になり、神経核という小さな部屋に分かれています。その一つである弓状核という部分に、さまざまな情報を統合して摂食を左右するニューロンがあります。空腹中枢に当たるのがNPY/AgRPニューロン、満腹中枢に当たるのがPOMCニューロンです。通常は摂食を促すNPY/AgRPニューロンにブレーキがかかっています。このブレーキが緩むと満腹感を空腹感が上回り、過食が起こるのです。
——食べたいという気持ちの方にブレーキがかかっているなんて面白いですね。その制御力は、どのくらいスゴいんですか?
箕越 視床下部を介したエネルギーコントロールは極めて優秀です。20代の頃は多少暴飲暴食しても滅多に太らないのは、視床下部による制御系が厳密に働いているからです。
30代以降になると多くの人はじわじわと太り始めます。1年に1kg、10年で10kg太ることも珍しくありません。それでも、カロリー収支に置き換えると、食べたカロリーと使うカロリーの差は1%以下です。
——1%の差でも太るなんて、まさにチリツモですね。次に報酬系について教えてください。
箕越 食欲の報酬系は「美味しいものをたくさん食べたい」という欲求を調整する回路。中脳の腹側被蓋野にあるドーパミン神経が関わります。この神経が出すドーパミンという神経伝達物質は、線条体や側坐核という場所で作用し、カロリーが高くて美味しいものを食べると脳に報酬を与えて、満足感を作り出します。ここに異常が起こると、また美味しいものを食べたいという気持ちが強まります。報酬系はあらゆる行動の原動力。報酬系に働いて食欲を抑える抗肥満薬は他のやる気も抑えやすく、製造中止になったものもあります。
(その2に続きます)