世界一眠らない国民、日本人の免疫が危ない!
睡眠不足は免疫力を下げるだけではなく、肥満の原因にもなる。そして、寝不足ではワクチンの効果も薄まってしまう…。それでも、あなたは睡眠を疎かにしますか?
取材・文/石飛カノ イラストレーション/市村譲
初出『Tarzan』No.788・2020年5月28日発売
体内時計の仕切りで免疫力は夜、養われる。
朝ぱちっと目を覚まし、朝食を食べた後に腸がぎゅるぎゅるっと動いてスッキリ快便。午前中バリバリ働いて、ランチを食べた後は一瞬まったり。退社後は適度な運動に勤しみ、夕食後にお風呂に入っていい感じの眠気に誘われさてオヤスミナサイ。そして翌朝ばちっと目を覚まし…。
これが、健康な人の一日のサイクル。多少のタイムラグがあるにしろ、人は大体こんなリズムで一日を過ごす。これが体内時計が刻むサーカディアンリズムと呼ばれるもの。
体温、血圧、ホルモン、自律神経バランス、ほぼすべての生体リズムは体内時計に従って刻まれている。朝起きた時点で、このあたりで体温や血圧を上げ、このへんでホルモンを分泌させるというスケジュールが決定されるのだ。免疫も例外ではない。
「サーカディアンリズムでいうと、免疫に関わる白血球やリンパ球などの細胞は夜に作られることが分かっています」
と言うのは睡眠学のオーソリティ、宮崎総一郎先生。
「活動時間である日中は、いろいろ忙しいので修復や免疫に関するシステムケアは後回しになります。白血球やリンパ球の数が最大になるのは夜の10時過ぎ、カラダを修復する成長ホルモンは最も眠りが深くなる深夜です」
なぜ人は眠るのかという深淵な問いに未だ答えは出ていないが、「疲れたから寝る」という消極的な理由ではない。
夜の間にしっかりカラダを修復させコンディションを整えて、翌日の日中、元気に活動するためなのは間違いない。つまり、きちんと眠ることが免疫のボトムアップに繫がるということ。これが基本。
メラトニンががんを抑制する?
では次に、寝ている間のホルモン分泌について見てみよう。
人は眠りにつくとその日の睡眠中、最も深い眠りに突入する。その後、浅い眠り→深い眠りを4〜5サイクル繰り返して目覚めを迎える。
前述したように、最初の最も深い眠りのタイミングでどーんと分泌されるのが成長ホルモン。逆にどんどん眠りが浅くなる後半部分で尻上がりに分泌されるのが、体温や血糖値を上昇させるコルチゾール。そして、眠りの前半部分で増大し続けているのがメラトニンというホルモンだ。
「メラトニンは夜を感知しサーカディアンリズムを調整するホルモンで、朝の光を浴びてから14〜16時間後に上昇し始めます。ただ、光に反応して分泌が抑制されるので、夜に明るい照明環境にいると寝つきが悪くなってしまうのです」
このメラトニン、がんの罹患率に関連している可能性が高いという。
「メラトニンには強力な抗酸化作用があるので、夜に明るい環境にいるとその分泌が抑制されてカラダの酸化が進み、がんや老化を早めるリスクが高まります。交代勤務者には日勤者に比べて乳がん、前立腺がん、大腸がんが多いことが報告されていて、これはメラトニン分泌が抑制されていることが関係していると考えられています」
これもまた、免疫力に関わる話。メラトニンが正常に分泌される環境を整えることは、がんのリスクを下げることにも繫がるのだ。
世界一眠らない国民、日本人の免疫が危ない。
どうやら体内時計のリズムに従った健やかな眠りが、免疫システムを正常に機能させることは確実なようだ。ならば、ニッポン人はそこんとこ大丈夫なのか? 今度は「量」という点で現実の睡眠状況を見ていくことにする。
厚生労働省が行っている調査によると、ニッポン人の睡眠時間は恐ろしいことに年々減っている。2017年のデータによると、約40%の人々の睡眠時間が6時間未満。たとえば、深夜1時過ぎに寝て朝7時前に起きるというようなありさまだ。
下のグラフをご覧いただこう。平均睡眠時間の国際比較では長年、短時間睡眠を競い合っていた韓国をぶっちぎって世界最短のワースト1。眠らない国民、ニッポン人。
でも南アフリカの人々が9時間以上寝ていたって、そこは勤勉な国民性。多少睡眠時間が短くても、質のいい眠りを効率的にとれれば問題ないのでは、とみな思いがち。
確かに、稀にではあるがショートスリーパーという人たちがいるにはいる。有名どころではナポレオン、孫正義もドナルド・トランプも3〜4時間しか眠らないという話。ところが、事はそう単純ではない。
「睡眠時間が6時間未満の人と6時間以上の人を比べてみると、前者の方が寝つきが悪いことが分かっているからです」
これ、とっても意外な話。だって睡眠時間が短い人は、しょっちゅう眠気に襲われているはず。ベッドに入った瞬間にバタンキューとなるのでは?
「睡眠が不足すると脳の扁桃体が過活動になり、不安感が増すことが分かっています。その結果、コルチゾールなどのストレスホルモンが分泌され寝つきが悪くなる可能性があります」
扁桃体とは脳の側頭葉にある神経細胞の塊で、不安や恐怖といった情動と深く結びついていると考えられている。
ヘビや猛獣、毒虫など危険な生き物を目にしてその情報が扁桃体に伝わると、不安や恐怖を感じると同時に「逃げろ!」という緊急事態宣言が脳の各部位に発令される。生存のためには不可欠なシステムだが、むやみやたらに活動が過剰になると厄介なことになる。
国立精神・神経医療研究センターの研究グループがかつて、こんな研究を行った。
14人の健康な成人男性に、5日間平均時間約8時間で眠ってもらい、やはり5日間平均睡眠時間約4時間半で眠ってもらった。それぞれのセッションで「不安」「平常」「幸せ」な表情の顔写真を見せたところ、後者の睡眠不足時には「不安」な表情を見たとき、扁桃体の活動が明らかに増すことが分かったという。
睡眠不足で扁桃体が過活動になると不安が増して人は眠れなくなる。寝つきが悪くなるだけでなく、夜中に目が覚めてしまう「中途覚醒」、必要以上に早く目が覚めてしまう「早朝覚醒」といった睡眠障害にも陥りやすい。
約4割が睡眠時間6時間未満というニッポン人、「眠りの量が減る」=「質が落ちる」ということをまず自覚してほしい。
眠らないと風邪をひき、ワクチン効果も期待薄。
話を睡眠と免疫の関係に戻そう。睡眠不足が当たり前になると、免疫力が低下する。この事実を見事に証明した実験がある。
「被験者にライノウイルスという風邪のウイルスを含んだ点鼻薬を投与して観察したという実験です。7時間以上睡眠時間を取っている人は罹患率が17.2%、これに対して5時間未満の睡眠時間の人は45.2%と2.6倍の罹患率になりました。きちんと寝ている人は同じウイルスを投与されても風邪をひきにくいということが明らかになったのです」
同じようにライノウイルスを投与した別の実験報告もある。こちらは睡眠時間7時間未満の人は9時間以上の人に比べて2.94倍、風邪にかかりやすいという結果に。よく寝る人は風邪をひきにくく、あまり寝ない人はすぐ風邪をひく。
恐ろしや。では忙しくて睡眠不足に陥りがちな人は、自前の免疫力ではもはや打つ手なし。ワクチンでウイルスに対抗するしかない。いや、残念ながら、寝不足ではそれもまた望みは薄い。
今度はワクチンを投与してどのくらい抗体ができたかという実験報告。睡眠時間8時間のグループと4時間のグループでは、前者の方が明らかに多くの抗体を作り出せることが分かった。
ちなみに、ワクチンで抗体ができる理屈は次の通り。病原性を弱めたウイルス、またはウイルスの抗原のみを抽出してカラダに投与する。すると、樹状細胞という白血球が抗原の情報を取り込んでリンパ球のT細胞に知らせ、T細胞がB細胞に指令を出して抗体を作るという仕組み。
「睡眠不足の人はワクチンを投与しても効きにくい。白血球やリンパ球は夜間作られます。睡眠不足の場合、これらの免疫細胞の機能が低下して抗体が作りにくくなったと考えられます」
このように、睡眠時間と免疫に関する実験報告は数多い。ただ、眠っている間にどのようなメカニズムで白血球やリンパ球などの免疫細胞が作られるのか、その点に関する研究は未だ進んでいない。
でも、風邪をひいたとき、あるいは風邪をひきそうな予感がするとき、ほとんどの人は普段より長時間眠る。どんな薬よりもそれが有効であることを知っているからだ。分かっているのは、必要な免疫力は実はカラダにちゃんと備わっていて、それを生かすも殺すも睡眠次第ということ。
潜在的睡眠不足で免疫力が落ちている?
寝つきもいいし、夜中起きることもないし、必要以上に朝早く目が覚めてしまうこともない。睡眠の質がいいということは、適正な睡眠時間が取れているはず。
こういう人も、実はそうと自覚せずに睡眠不足に陥っている場合がある。いわゆる「睡眠負債」を密かに溜め込んでいるケースだ。
起きている間中、睡眠負債はどんどん溜まっていく。そのプレッシャーに負けないよう、人は夕方から夜にかけて覚醒の出力を上げて頑張るが、眠ること以外に負債を返済する術はない。
実際、脳が正常に活動するのは起きてから16時間後くらいまで。17時間以上覚醒し続けていると、飲酒運転レベルまで脳のパフォーマンスは低下するという。朝7時に起きて深夜0時過ぎまで起きているという人は、毎晩酔っぱらいレベル。しかも、どんどん負債が溜まっていくということに。
「こんな興味深い実験があります。普段、家で寝ているときの平均睡眠時間が7時間22分という人たちに12時間の睡眠をとる睡眠延長試験を受けてもらった結果、8時間25分に落ち着いたというのです。これは、自分では十分に寝ていると思っている人でも、約1時間の潜在的な睡眠不足があったということです」
さらにこの実験では、睡眠延長試験前と試験後に血液検査を行ってある数値を導き出している。
「その結果は、試験前に高かった血糖値が下がり、インスリンの分泌量が減りました。また、試験後は新陳代謝を促す甲状腺ホルモンの分泌量が上がり、ストレスホルモンのコルチゾールの分泌量が低下しました。すべてのホルモン分泌が試験前より改善したと考えられます」
ここでとくに注目したいのは血糖値とインスリン。というのも睡眠不足は肥満にも関係するからだ。
「人を対象とした研究では睡眠を4時間に抑制すると食欲を抑えるレプチンというホルモンが18%下がり、逆に食欲を増進するグレリンというホルモンが28%高まることが分かっています。2日続けると空腹ではなくても食事を多く摂るようになります。同時に睡眠不足で血糖値が上がってインスリンの出が悪くなるので、潜在的睡眠不足の場合、いま健康だと思っていても20〜30年後に糖尿病に陥る可能性はあります」
生活習慣病に対する免疫力の重要なカギも、睡眠が握っているというわけだ。
では、自分が潜在的睡眠不足か否かは、どのようにして判断すればいいのだろう。これを知るためのひとつの方法は、下のESSという指標。この機会にぜひともチェックを。
「休日に平日より2時間以上長く寝ている人は睡眠負債があります。基本的に朝起きたときに疲労感がなく、昼間の活動に支障がなければ睡眠が足りていると考えていいでしょう」
健やかな眠りなくして免疫力整備はならず。心して睡眠の見直しを。
PROFILE
宮崎総一郎(みやざき・そういちろう)/秋田大学耳鼻咽喉科准教授、滋賀医科大学睡眠学講座教授などを経て中部大学生命健康科学研究所教授に就任。専門は睡眠学教育、睡眠時無呼吸症候群、鼻呼吸障害と睡眠など。日本睡眠教育機構理事長。