持ち上げるのではなく、ゆっくり下ろす。メリット大な「エキセン筋トレ」のススメ
筋トレは辛そうだから食わず嫌いでこれまで避けてきたというみなさま。最小の努力で最大の効果が得られるのがエキセントリック・トレーニング、略してエキセンだ。脂肪燃焼や代謝機能改善など嬉しい効果も期待できるエキセン。さあ、試す? 試さない?
取材・文/石飛カノ 撮影/小川朋央、中島慶子(野坂先生) スタイリスト/高島聖子 ヘア&メイク/村田真弓 イラストレーション/中村知史 監修・取材協力/野坂和則(オーストラリア・エディスコーワン大学教授)、トレーニング監修・指導/坂詰真二(スポーツ&サイエンス代表)
(初出『Tarzan』No.760・2019年3月7日発売)
目次
エキセン筋トレの仕組みを知ろう。
コンセントリック? エキセントリック? ちょっと何言ってるか分かんない、という人のために復習。
筋肉は収縮することで力を発揮する。筋肉をミクロレベルで見てみると、アクチンという細いひも状のタンパク質とミオシンという太いひも状のタンパク質が平行に並んでいる。その1単位を筋節(サルコメア)といい、これが天文学的な数で集合しているのが筋肉。
筋肉が弛緩しているときは、アクチンとミオシンは一部が重なり合った状態。アクチンがミオシンの間に滑り込んで筋節が縮むと筋肉が収縮した状態になる。
筋肉の収縮、3つの状態。
コンセントリック|負荷<力
エキセントリック|負荷>力
アイソメトリック|負荷=力アイソメトリック|負荷=力
さて、ひと口に筋肉の収縮と言っても、その種類には3つある。
ひとつは負荷に対して筋力が大きく、収縮した筋肉が短くなっている状態のコンセントリック。非力な相手と腕相撲をして圧倒的に勝っている状況がこれ。上腕と前腕の屈筋群はしっかり縮んでいる。
もうひとつは、負荷に対して筋力が小さく、収縮した筋肉が伸ばされている状態のエキセントリック。屈強な相手と腕相撲をして負けそうになっている状況がこれ。上腕と前腕の屈筋群は伸ばされてしまっている。
ちなみに、負荷と力がイコールの関係で収縮した筋肉が伸びも縮みもしないのがアイソメトリック。筋力が同等の相手と腕相撲をして、組んだ手がどちらにも傾かない状況。
筋トレのスクワットなら膝を伸ばして上体を押し上げるのがコンセントリック、膝を曲げて腰を落としていく動きがエキセントリックだ。
エキセンはコンセンの1.5倍の力が出せる。
さて、これを踏まえたうえで改めて提言しよう。
コンセントリックトレーニング(以下、コンセン)よりエキセントリックトレーニング(以下、エキセン)の方が効率的に筋力アップや筋肥大が実現できる。それなら、体組成改善のためにエキセン中心のトレーニングを取り入れようじゃないか、という提言だ。
いや、ご冗談! これまで筋トレといったら重いものを持ち上げるコンセンがメインの運動。持ち上げてなんぼというのが常識でしょ?
まあ、お待ちあれ。科学的な根拠はちゃんとある。運動生理学の専門家、エディスコーワン大学の野坂和則教授にイチから話を伺おう。
「私はこれまで長年、エキセントリック運動に伴う筋損傷の研究を行ってきました。どうしてエキセントリック運動後にだけ、筋肉痛が出るのか、どうしたら早く筋肉が回復するか、どうしたら筋肉痛を予防できるかとか。どちらかといえばエキセントリック運動のマイナス面の研究です。
しかし最近では、プラス面に焦点を当てた研究に取り組んでいます。数々の研究結果は私が想像した以上に高い効果を示すものでした。筋肉痛や筋損傷が起こるといって敬遠されてきたエキセントリック運動の効果を見直すべきときが来たと考えています」
たとえば、7人制ラグビーのマレーシア代表チームとの共同研究。選手にマシンを使ったレッグプレスを行ってもらい、コンセンとエキセン、それぞれ1RM(1回行うのが精一杯の負荷)を比較した。
膝を曲げた状態から膝を伸ばしてウェイトを持ち上げるコンセンの場合、平均の重量は約600kg。一方の膝を伸ばした状態から膝を5秒間かけて曲げていくウェイトを押し下げるエキセンの平均の重量は、なんと約1トン!
「エキセントリックで発揮できる力はコンセントリックに比べて大きく、筋肉によって異なりますが、少なくとも1.2〜1.5倍の力が出せると考えられます」
もし、今ベンプレで100kgのウェイトを持ち上げられるとしたら、最大で150kgは下ろせる可能性があるということ。
そんなに大きな力が出せるのなら、コンセンよりエキセンの方が筋トレ効果が高いという話にも信憑性が増してくる。事実、多くの研究で、筋肥大や筋力の増加に対するエキセントレの有効性が示されている。
たとえば、10回3セットの膝を伸ばす筋群のトレーニングを週に3回、10週間にわたって行った研究がある。エキセントレではエキセントリック筋力が大きく増加し、コンセントレではコンセントリック筋力が大きく増加した。これはトレーニングの特異性を反映している。とはいえ、エキセントレの方が筋肥大の変化率が大きかった。
エキセンの効果は高齢者でも同様だ。60歳以上の男性被験者にマシンによるニーエクステンションを行ってもらった実験。膝を伸ばした状態からゆっくり曲げるエキセンだけを行ったグループと、膝を曲げた状態から伸ばすコンセンを行ったグループを比較した。
運動前に比べると1RMの数値が前者は約50%増、後者は約35%増という結果に。椅子からの立ち上がり能力、歩行能力、バランスなどもエキセンのグループでより増加した。
ではなぜ、コンセンよりエキセンの方が筋力増や筋肥大に有効なのか? 詳しいメカニズムは世界中の研究者によって現在進行形で解明中だ。
「ただし、分かっていることもあります。筋肉が肥大するためにはタンパク合成が高まることが必須条件。そのシグナルをオンにすることが重要です。たとえば、筋肉の中に存在するエムトールというタンパク質が活性化すると、タンパク合成が促されます。エキセントリックはコンセントリックに比べてこのエムトールをより大きく活性化することが分かっています」
「楽」に行えるエキセン。だから、長続きする。
さて、一部のドMトレーニーは別として、人間誰しも辛く苦しいことはできれば避けたい。痩せるぞー! 腹を凹ませるぞー!と決心してジムに入会しても、いつの間にやらユーレイ会員化してしまうのは運動を苦行と感じているせい。
実はそういう人にこそ、エキセンは有効だ。エキセンはコンセンに比べて明らかに「楽」だから。
「同じ仕事量の運動を比べると、エキセントリックの方が酸素の消費量が少なくて済みます。心拍数も低く、乳酸の蓄積量も少ない。エキセントリックはコンセントリックに比べてエネルギーをあまり必要としない運動なのです」
今行っている運動が自分にとってどれほどキツいかを示す指標を「主観的運動強度」というが、この比較でもエキセンの方がコンセンより「楽」だと感じることが分かっている。
これは階段を上るときと下りるときを比べてみると、実感しやすい。上るときは息がハアハア切れて心臓もバクバク、一方、下りるときは息切れもしないし心臓の拍動も一定ペース。「辛い」という感覚はほとんどないはず。
もちろん、上りは前に出す脚の太腿の筋肉が縮むコンセン、下りは太腿の筋肉が引き伸ばされるエキセン。
つまり、エキセンは精神的にも身体的にも楽ちんに行えるということ。苦行に感じることもないから長続きするという大きなメリットがある。これは運動習慣のない人にとっては朗報。もちろん、百戦錬磨のトレーニーにとっても理想的なボディメイクの手助けになる。
「楽」なのに筋力は確実にアップし、筋肥大効果も高いエキセン。「辛い」のにエキセンより効果が望めないコンセン。どちらが効率がいいかは、もう言うまでもないでしょう。
エキセンにもデメリットは、ある。
楽なのに大きな力が出て、筋力アップや筋肥大にも効果的。いいことずくめのエキセンだが、唯一デメリットを挙げるとすると、
「運動後に筋肉痛が生じやすいということです」
実は運動後しばらくしてから生じる筋肉痛(遅発性筋肉痛)は主にエキセンでのみ生じる現象。登山の翌日に猛烈な筋肉痛に見舞われることは多いが、あれは山を下るというエキセンのフェーズがあるから。上りのコンセンを延々続けるだけなら筋肉痛はほとんど起こらない。遅発性筋肉痛は筋損傷の特徴のひとつ。もうひとつの特徴は、運動後の筋力の低下が長く続く場合もあること。
「実際にエキセントリックはコンセントリックよりも運動直後の筋力の低下が大きく、回復にも時間がかかります」
筋肉痛ウェルカム! だって筋肉が一度壊れて、回復後にサイズアップするってことでしょう? と、多くの人は言う。筋肉痛は効いてる証拠! それを感じない筋トレなんて本物の筋トレじゃない! と、ドMトレーニーは間違いなく言う。
ところが、野坂教授の見解は、「ノーペイン、ノーゲインではない」だ。
筋肉痛は、自己満足という名の勲章。
「エキセントリック運動を初めて行った後には筋肉痛が生じるが、その運動を繰り返し行うと、筋肉痛は出なくなる。筋肥大や筋力の増加に筋肉痛は必要ありません。実際に、徐々にトレーニングの強度を高めていき、まったく筋肉痛を起こさないようにした場合でも、筋力は向上しますし、筋肉も大きくなります。
筋肉痛が生じたというのは、エキセントリックな刺激が筋肉に入ったということ。それ自体はいいことだと思います。でも、筋肉痛は筋肥大にとってマストではありません。筋肉痛や筋肉の張りをトレーニングの指標にしている人もいますが、筋肉痛がなくてもトレーニングの効果は出ます。痛みそのものが筋肥大や筋力を高めるわけではないんです」
その昔は蓄積された乳酸によって筋肉痛が生じるのだという説があった。これが否定され、次に出てきたのが筋肉の損傷説。細かい筋線維が損傷して痛み物質が発生するというもの。
「ところが、筋線維というのは運動によってあまり壊れないんです。激しいエキセンを300回行ったとしても、筋線維が壊れる割合はせいぜい1%程度。エキセンによる刺激では、筋肉そのものより結合組織や筋肉を包む筋膜に炎症が起こります。研究の中で分かってきたのは、痛みを感知するのは筋肉ではなく筋膜ではないかということです」
いずれにしても、筋トレに関しては「ノーペイン、ノーゲイン」は誤り。筋肉痛はいわば、自己満足という名の勲章だ。
必要ない痛みなら、ない方がいいに決まっている。では、エキセンによる筋肉痛を防ぐ方法はあるのだろうか?
「エキセンに慣れていない人がいきなりトレーニングをすると、筋肉痛は起こります。ところが、2回目、3回目になると筋肉痛は起こりにくくなります。最大筋力の10%程度の低負荷の運動からスタートして徐々に負荷を上げていくと、筋肉痛がまったく起こらないことが実験で明らかになりました」
その他、できるだけゆっくりしたスピードでトレーニングを行う、関節の動きを小さくし、筋肉があまり伸ばされないようにするトレーニングから始めることでも筋肉痛は予防できる。また筋肉痛は筋肉が柔らかいほど起こりにくい。プレコンディショニングでストレッチを取り入れると、より筋肉痛を回避できるはず。
脂肪燃焼、代謝機能改善、嬉しいおまけが続々と。
エキセンによって効率的に筋肉の量が増やせることは分かった。だが、それだけではない。嬉しいおまけがたくさんついてくることも明らかにされている。
そのひとつは体脂肪のエネルギー消費。今度の研究は60歳以上の肥満女性を対象にした階段の上り下りの健康効果に関するもの。
ひとつのグループは1階から6階までエレベーターで上って階段で下りてくる、もう一方のグループは1階から6階まで階段で上ってエレベーターで下りてくる。前者はエキセン、後者はコンセン。
12週間それぞれの運動を行ったふたつのグループの身体測定をしてみると、階段上りの方がエネルギー消費量が多いにもかかわらず、両グループで同じように体重も肥満指標のBMIも数値が低くなったという結果に。
「エキセントリック運動中のエネルギー消費量はコンセントリック運動に比べて少ないのですが、エキセントリック運動後には長時間にわたって安静時代謝が上昇するようです。
また、エキセントリックの方が運動中に脂肪がエネルギー源として用いられる率が高いことも分かっています。
さらに、エキセントリックは軸がぶれるとできない運動です。体軸をしっかり固定して負荷をゆっくり下ろしていく。この動きが知らず知らずのうちに全身運動に繫がり、脂肪がエネルギーとして使われるのかもしれません。いずれにしても、効果的に体脂肪の減少に役立つことは間違いありません」
筋肉が養われるばかりでなく、体脂肪の減少にも繫がる。となれば、筋肉優勢で余分な脂肪がない理想的な体組成の実現にこれ以上最適なトレーニングはないということ。
ちなみに同じ研究で、階段を下るグループの方が上るグループより骨密度がはるかに高くなることも判明した。これは、垂直方向にかかる着地の衝撃で骨が強化されたと考えられる。エキセンというより階段下りという運動の特性だが、上りはエレベーター、下りは階段という生活習慣を取り入れるモチベーションになりそうだ。
エキセンは糖質&脂質代謝も改善させる。
おまけは、まだある。これも階段の研究結果だが、エキセンが糖代謝や脂質代謝の機能を上げることが証明されたのだ。
下のグラフをご覧いただこう。階段を下ったグループは上ったグループに比べて、血糖値、血中のインスリン、インスリン抵抗性指標、ヘモグロビンA1cなど、糖代謝に関する数値が大幅に下がっていることが分かる。
血中の中性脂肪や総コレステロールの値も下るグループの方が下がり幅が大きく、いわゆる悪玉と呼ばれるLDLコレステロールは下がり、逆に善玉と呼ばれるHDLコレステロールの数値は上がっている。
LDLとHDLはバランスが重要。LDLは低い方が望ましいが、HDLは高い方が健康によろしいことが分かっている。脂質代謝の機能も極めて良好な状態になったのだ。
「2007年に米国スポーツ医学会が、“Exercise is Medicine”というキーワードを打ち出しました。運動は薬以上に有効、ということでメタボや認知症、心臓病、呼吸器系の疾患やがんなどの予防効果が期待できるという意味です。こうした病気の予防効果はエキセントリックの方が高いと考えられます」
つまりは、エキセントリック・イズ・メディスン!
エキセンがマイオカインをより産生する?
さて、ここ数年のスポーツ生理学で注目されているのが「マイオカイン」。筋肉がさまざまな生理活性物質を出して、全身の臓器や組織に働きかけ、健康効果をもたらすことはすでに分かっている。
筋肉が産生する生理活性物質の総称がマイオカインだ。マイオカインが脂肪細胞に働きかければ脂肪の分解が起こり、肝臓に働きかければ運動中に糖を作り出し、膵臓に働きかければインスリンを高め、骨に働きかければ骨産生を高めるという具合。とにかくマルチな働きをする万能薬のような代物だ。ここからは野坂教授の仮説。
「おそらく、マイオカインの産生はコンセントリックに比べてエキセントリックの方がより多くなるのではという仮説を立てています。それがエキセントリック運動の全身性の効果のメカニズムのひとつではないかと考えています」
エキセンがまさしく、薬に勝る処方薬として働く可能性は高い。
「“エキセントリック”という言葉はトレーニング用語では“伸張性”とか“遠心性”と訳されますが、もともとの意味は“変な”とか“普通ではない”ということを表すときに使われます。でも決して“普通ではない運動”ではなく、素晴らしい効果が期待できる運動です。毎日10回のエキセンを実行すれば健康寿命が10年延びる。私の今の研究の前提がそこにあります」
どちらかといえばコンセン一本槍、エキセンは重視していなかったというトレーニー諸君。あるいは、筋トレは辛そうだから食わず嫌いでこれまで避けてきたという文科系ピープルのみなさま。最小の努力で最大の効果が得られるエキセン、試す? 試さない?
教えてくれた人
野坂和則(のさか・かずのり)/オーストラリア・エディスコーワン大学教授。専門は運動生理学。横浜市立大学大学院総合理学研究科准教授を経て、2004年からエディスコーワン大学に移り研究、教育を行っている。09年より教授となり、16年より医科学、健康科学部の運動スポーツ科学ディレクター。