スキーが連れてってくれる町。|vol.2 野沢温泉村(長野県)
キャリア40年以上という〈LICHT〉の須摩光央さんにとって、スキーはほとんど日常の一部であり、単に滑走感を得るためのものではありません。須摩さん自ら撮影した写真と共にスキートリップの記憶を辿る連載、第二回はスキー文化の誉高い野沢温泉村について。昭和の香りが色濃く残っているからこそ、まだ人が少ない静かな時期に訪れたいと語ります。
撮影/須摩光央(LICHT) 取材・文/村岡俊也
北信に知人とシェアしている拠点があり、そこからは志賀高原、戸隠、妙高とさまざまなスキー場に30分ほどでアクセスできます。雪の様子を伺いながら、今日はどこに行こうかと考えるんですが、毎年、シーズン初めの空いている時期に行くのが野沢温泉スキー場です。2024年の12月初旬はまだ暖かく、湿雪気味でしたが、その締まった感覚も「始まりの雪」として楽しかった。この湿雪が溶け、夜に冷えて根雪になっていくのでしょう。
野沢温泉は、周辺では一番大きなスキー場なので、滑走感も味わえる。コブ斜面もあれば、上から下まで一直線に降りて来られるルートもあって、いろんなバリエーションがあるので飽きないんですね。ただ、それ以上に僕が惹かれているのは、鄙びた風情かもしれません。古いスキー場なので、ゲレンデの途中にちょっとした食べるところがあったり、リフト乗り場のおじさんたちの待機場に美しい光が差し込んでいたり、落ち着く風景が残されている。
それはスキー場として積み上げられた100年の歴史のおかげかもしれない。野沢温泉村は、オリンピアンを含む多くのアルペンレーサーを輩出していて、彼らが海外に出ていくことでヨーロッパの文化を知り、自分たちの村をより良くしようと努力している。雪のない時期には湖でのSUPやトレイルを使ったマウンテンバイクにも力を入れていて、そのあり方も世界基準ですよね。芸術家の岡本太郎もスキーのために通っていたらしく、村のためにイラストを描いていたりする。そういったスキーにまつわる文化が蓄積されているからこそ、今では世界中から多くの人が訪れているんだと思います。ただ、海外から訪れる人が増えるほど、この風景を保つことが難しくなっているのも事実です。
朝8時半から滑り始めて、3時間も滑ったら僕には十分。13時には閉まってしまういつもの店で焼き鳥丼を食べて、〈松尾の湯〉という公共温泉に入って帰ります。ローカルのおじさんから、熱い湯の嗜み方を教えてもらいました。つい風呂の縁に腰掛けてしまうけれど「他の人が入れなくなるから、少し下がってタイルに座ってくれ」と。ローカルルールがあるんですよね。その些細な会話も、スキー旅の一部だと思う。熱いお湯は、痛めた膝にも良く効いてくれました。
6時に起きた時には、信濃川の上流に当たる千曲川から生まれた雲海の下にいたのに、ゴンドラに乗って標高を上げると雲海の上に出る。青空でスキーを楽しんでから降りていくと、また雲海の中に入っていく。自分が風景の中に存在していることが確認できると、それだけで満たされるんです。朝の時点で自分の気持ちが上がっていれば、仕事の雑事も許せる気がする。僕にとって朝のスキーは、そのリズムを生み出すものでもあるんです。
Information
野沢温泉村
東京方面からは上信越道の豊田飯山インターチェンジから、国道117号を通っておよそ25分。または東京駅から北陸新幹線で飯山駅乗り換え、JR飯山線で戸狩野沢温泉駅まで。野沢温泉村にはスキー場までの無料シャトルバスが運行している。野沢温泉スキー場には、2本のゴンドラがあり、長短含めて44ものコースがある。村には共同浴場が13ヶ所あり、須摩さんは〈松尾の湯〉に通っている。