エリートランナーは「菌」が違った!意外と知らない大腸の話。
分析技術の発展はウンチ製造機を第二の脳という立場にまで押し上げた。この躍進の立役者は「菌」。どうしたら菌に好かれる大腸になって、いい菌そのものを取り入れられるのだろうか?
取材・文/石飛カノ イラストレーション/yua 取材協力/國澤純(医薬基盤・健康・栄養研究所副所長)
初出『Tarzan』No.886・2024年8月22日発売
教えてくれた人
國澤純(くにさわ・じゅん)/国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所副所長、ヘルス・メディカル微生物研究センター長。東京大学医科学研究所准教授などを経て、平成31年よりヘルス・メディカル微生物研究センター長、令和6年より現職。東京大学などの教員を兼任。腸と腸内細菌の最先端研究スペシャリスト。
目次
腸内細菌は人の体質や性格に関係しています。
大腸をただのウンチ製造機と捉えている人はもはやいない。100兆個ともいわれる腸内細菌の棲み処であり、腸内細菌のバランスによって宿主であるその人の体質がある程度決まることが知られつつある。
医薬基盤・健康・栄養研究所ヘルス・メディカル微生物研究センター長の國澤純先生によれば、さらにこんな驚くべき事実があるという。
「同じ遺伝子を持つマウスを使った実験です。高いところから飛び降りるとき元気よく飛び降りるマウスと尻込みするマウスがいました。ところが前者の糞を後者に移植すると、活発に飛び降りるようになります。体質どころか性格すら腸内細菌が決めているかもしれないのです」(國澤先生)
食物は消化吸収されて宿主の血肉となるが、未消化の食物繊維や糖、菌類などは大腸まで辿り着く。そこで腸内細菌によって分解され、その代謝物が宿主に影響する。
エリートランナーは持久力菌を持っている。
2019年にハーバード大学研究チームが明らかにしたのが腸内細菌と運動能力の関係。ボストンマラソンの成績優秀者の腸にはベイロネラ菌という細菌が増えていたことが分かった。さらにベイロネラ菌を投与したマウスは投与していないマウスより持久力が有意に上がったという。
「ベイロネラ菌は運動によって作られる乳酸をエサにしてプロピオン酸という物質を作ります。プロピオン酸は腸のエネルギーになるといわれている短鎖脂肪酸の一種なので、腸が元気になる=疲れにくくなるという理屈です。体力の限界を菌が助けてくれるという考え方もできます」(國澤先生)
日本人には日本人特有の痩せ菌あり。
「痩せ菌」として世界的な注目を浴びたアッカーマンシア・ムチニフィラ菌。ところが日本人でこの菌を全腸内細菌中1%持っている人は10人に1人いるかいないか。でもがっかりする必要はない。
2022年に肥満を予防する新たな菌、ブラウティア菌が発見された。しかもこの菌を1%以上持っている日本人は約9割。まさに日本人特有の痩せ菌だ。
「日本人のブラウティア菌の占有率は平均約3%なんですけど、肥満や糖尿病リスクを下げる効果が期待できるのが6%以上。雑穀やもち麦など食物繊維を含む炭水化物を好む菌なので、そうした食品を摂り入れることでブラウティア菌を増やすことはできると思います」(國澤先生)
ネズミの実験データ。高脂肪食のみを与えた場合とブラウティア菌を投与したうえで高脂肪食を与えた場合、後者の方が体重増加率が低かった。ブラウティア菌は厳密には「痩せ菌」というより「太りにくい菌」。
Hosomi K et al. Nat Common(2022)
ブラウティア菌が全腸内細菌中6%を超えると、肥満や糖尿病のリスクが明らかに低下することが分かっている。ほとんどの日本人はこの菌を持っているので、あとは食物繊維を摂って増やすことが大事。
資料提供/國澤 純
トップアスリートは多様な腸内細菌ホルダー。
ヒトのカラダは食べたものでできている。そして腸内細菌も食べたものの影響を強く受ける。それを証明してくれるのがトップアスリート。
「専属の栄養士がついているアスリートの腸内細菌を調べてみたところ菌の割合がバランスよくカラフルに円グラフで表示されました。特定の菌の割合が多すぎると他の菌が活躍できません。大事なのは菌の多様性で、少しずついろんな菌が共存していることが重要なんです」(國澤先生)
この腸内細菌のダイバーシティを維持するには、多種類の食材をバランスよく食べること。これに尽きる。
資料提供/國澤 純
炭水化物制限食は腸にとって大迷惑です。
腸内細菌のエサとなるのは主に食物繊維。ヒトの酵素では消化できないこの栄養素は大腸まで辿り着きやすいからだ。ところが日本人の食物繊維摂取量は時代が下るにつれて下がる一方。
「今の食物繊維摂取の目標量は成人男性で21g以上ですが実際には十数gしか摂れていません。戦後すぐくらいまでは1日23gくらい確保できていました。というのも日本人は長らく玄米など未精製の主食で食物繊維を摂っていたからです」(國澤先生)
1955年に比べて60年後の2015年の食物繊維摂取量は約8g減。理由は食物繊維を含む穀類摂取の低下。
池上幸江:日本食物繊維研究会誌, 1; 3-12(1997)厚生労働省平成27年「国民健康・栄養調査」より
野菜では必要十分量をカバーできない。1日3回口にする主食でこそ食物繊維は賄える。糖質制限ダイエットと称して主食の炭水化物を口にしない人、あなたの腸内細菌はエサ不足で飢餓状態かもしれない。