実は知らない?体内の“暗黒大陸”こと小腸の話。
突然だが、小腸についてどれぐらい正確に把握しているだろうか?「いたた…小腸が」なんて聞いたことないし、話題の腸活も基本的には大腸の話。でも、小腸は替えが利かない重要な臓器だった。今回はカラダの”暗黒大陸”なんて呼ばれる秘密の臓器・小腸にスポットを当てる。
取材・文/石飛カノ イラストレーション/yua 取材協力/藤森俊二(日本医科大学千葉北総病院消化器内科部長、教授)
初出『Tarzan』No.886・2024年8月22日発売
教えてくれた人
藤森俊二(ふじもり・しゅんじ)/日本医科大学千葉北総病院消化器内科部長、教授小腸・大腸など「下部消化管」と呼ばれる臓器の治療や研究が専門。炎症性腸疾患の治療、大腸腫瘍の疫学などを手掛け、近年は小腸カプセル内視鏡検査の研究に従事。検査事例は1000件以上。
小腸は消化管の中で唯一替えが利きません。
腸といえば何となく大腸を思い浮かべがち。でも、小腸の方がずっとビッグサイズ。しかも消化管の中で唯一替えが利かない臓器、と日本医科大学千葉北総病院消化器内科部長の藤森俊二先生は言う。
「食道や胃はがんなどの手術で摘出することがありますよね。大腸にしても潰瘍性大腸炎などで大腸をすべて摘出するケースがあります。でも、小腸を取り除いてしまうと普通の生活はまず無理だし生きていけないので、小腸だけは摘出ではなく“移植”の選択肢が出てくるんです」(藤森先生)
ご存じの通り、小腸の第一の役割は栄養の消化吸収。たとえ胃がなくても胃の代わりに消化の仕事を引き受けて栄養素を確保する。地味だけど超重要な臓器なのだ。
日本国内で部位別臓器移植を受けた人数。小腸は最も少ない9人だが消化管の中で唯一移植の対象となっている。数値は2021年現在。
日本臓器移植ネットワークHPより
消化吸収だけでなく免疫にも関係するんです。
小腸はいろいろな栄養素を能動的に体内に吸収する臓器。ゆえに常に危険に晒されている。
「小腸の上皮細胞は栄養を吸収しやすくするためにとても薄くできています。このため食べ物と一緒に入ってくる細菌などに攻め込まれやすい危険地帯と言ってもいい。だから免疫という防御機構が張り巡らされているわけです」(藤森先生)
全身の免疫細胞の約50%は小腸に存在している。なかでも主役級の働きをするのがパイエル板という免疫器官。その表面にある「M細胞」という細胞が外部からの異物をパイエル板に取り込み、異物をやっつける抗体を作るための情報を他の免疫細胞に伝える。よくできてる。
腸管上皮の構造。突起の外側はさまざまな栄養素が流れ込んでくる腸管、内側は小腸の粘膜組織。免疫細胞のM細胞が異物をパイエル板に誘導し、抗体を作り出す。
小腸って実は病気になりにくいんです。
大腸がんはよく聞くけれど小腸がんという病名はあまり耳にしない。それもそのはず、大腸がんの罹患率が10万人当たり約120人に対して小腸がんは2人程度。極めて稀。がん以外の病気も他の臓器に比べて圧倒的に少ない。
「なぜかは分かっていませんが免疫細胞が集中していることもひとつの理由かもしれません。もうひとつは多分、栄養を吸収する小腸の絨毛という部分があるんですが、その細胞の入れ替わりがとても早いということが考えられます」(藤森先生)
表面積を増やして効率的に栄養を吸収するため、小腸の上皮細胞は凹凸形状。凹から凸に向かって細胞が押し上げられていき、数日で入れ替わる。病気になる暇もない?
凹の部分の上皮細胞はまだ未分化の状態。分化すると細胞が凸方向にどんどん押し上げられ、数日でピークに達し、細胞死を迎える。死滅と再生が実にスピーディ。
大腸だけでなく小腸にも腸内細菌がいます。
腸内細菌は大腸の専売特許というわけではなく、小腸にも存在している。どこからどこまでとビシッと境界線があるわけではないが、小腸の前半を空腸、後半を回腸と呼び、このうち腸内細菌が多く存在しているのが大腸に近い回腸。
帝京平成大学・松井輝明教授の資料より
「栄養素のほとんどは十二指腸と空腸の最初の部分で吸収されますが、食物繊維の他、糖やでんぷんが回腸に流れ着くこともあります。その栄養素を巡って小腸内ではヒトと腸内細菌が熾烈な争奪戦を繰り広げています」(藤森先生)
では小腸内の腸内細菌は敵なのか? ある意味ではそう。でもそれだけでなく、小腸内の腸内細菌は食物繊維を分解して大腸に受け渡したり小腸内の免疫細胞のサポートをしたりと宿主にとっていいこともちゃんとやっている。
臓器の検査では小腸検査が一番楽ちん。
口からも肛門からも遠く、どちらからのアプローチも困難な小腸。なので、ついたあだ名は“暗黒大陸”。
「でもそれも内視鏡検査を行っていた昔の話。今は小腸カプセル内視鏡という飲み込むだけで小腸内部の画像が見られる検査ツールがあります。ある意味、臓器検査の中では最も患者の負担が軽いと言えます」(藤森先生)
飲み込んだカプセルが小腸内部を撮影し、画像情報をデータレコーダーに送信、1〜2日で便とともに排泄される。ちょっと古いが、まるで映画『ミクロの決死圏』の世界。病気が疑われる場合は保険適用となるそうだ。