90年代から激増!「胃がキリキリ」に現代人が苦しむ理由。

人々の生活様式の変化とともに、「胃の弱り方」も変化していった。「気のせい」と片づけているその不調も、今や保険適用の「病気」かも。ストレス社会を生き抜くために「胃が弱る」とはどういうことか、学んでいこう。

取材・文/石飛カノ イラストレーション/yua 取材協力/三輪洋人(川西市立総合医療センター総長)

初出『Tarzan』No.886・2024年8月22日発売

食道 胃 専門医
教えてくれた人

三輪洋人(みわ・ひろと)/川西市立総合医療センター総長。順天堂大学消化器内科、米国ミシガン大学内科などを経て、兵庫医科大学消化器内科主任教授・理事に就任。令和4年から現職。日本消化器病学会前理事・指導医・専門医など経験豊富な消化器の名医。

知ってます?胃って歳をとらないんですよ。

川西市立総合医療センター総長の三輪洋人先生によれば、

「長い間、胃は加齢に伴って老化し胃炎などで胃粘膜が薄くなり、やがてがんに陥ると考えられていましたが、そうではないんです」

実際、胃カメラで胃の内部を見てみると、80代の人が若々しい胃を持っていたり、40代の人が老人のように元気のない胃を持っていたりするという。つまり、胃は加齢の影響をほとんど受けないということ。

「1983年にヘリコバクター・ピロリ菌が発見され、多くの臨床研究がなされました。ピロリ菌がいなければ胃炎も萎縮も胃がんもほぼゼロ。胃の劣化はピロリ菌のせいで、感染率の低い現在では胃はほとんど歳をとらないと考えられるのです」(三輪先生)

50代と20代におけるピロリ菌感染率の年次推移(1974年〜2014年)

食道 胃 専門医

ピロリ菌の感染率は1970年代以降、衛生環境が飛躍的に改善された頃から減っている。1974年の段階で50代のピロリ菌感染率は90%以上。20代では50%強。40年後の2014年では50代の感染率は40%強で20代の感染率は10%を切っている。

50歳未満の胃がん男性死亡率の年推移

食道 胃 専門医

それと比例するように50歳未満の胃がん死亡率は激減。50〜55歳の死亡率は1970年には人口10万人に対して90人以上だったのに、2010年には約20人に。

ともに国立国際医療研究センター国府台病院病院長 上村直実、厚生労働省資料より

ピロリ菌がどこからやってきたかは謎です。

日本人に胃がんが多いとされていた原因は実はピロリ菌だった。では、そのピロリ菌、一体どこからやってきたのか?

「母親がピロリ菌の保菌者だとその子どもも感染することが多い。一方、ピロリ菌陽性の夫婦でも奥さんと旦那さんのピロリ菌の種類が違う。このことから人は子どもの頃、5、6歳までに感染するようです」(三輪先生)

人から人へ、多くは母親から子どもへとピロリ菌は感染する、と今のところ考えられている。

「食べ物にピロリ菌がくっついているかというとそれは分かりません。井戸水から検出されたという話もありますが、それはピロリ菌のDNAが見つかっただけで、生きたまま水の中に棲んでいるかは不明です」(三輪先生)

ピロリ菌

ピロリ菌は鞭毛と呼ばれる紐のような部位を回転させて、猛スピードで移動し、胃酸を分泌させる組織を壊したり萎縮性胃炎を引き起こす。生息場所は胃粘膜。粘膜に守られているから強力な胃酸の環境下でも生き延びることができる。

Yutaka Tsutsumi, M. D. Professor Department of Pathology. Fujita Health University School of Medicine

ピロリ菌の代わりに逆流性食道炎が激増中。

ピロリ菌の感染率が低下していく一方、逆相関的に増えてきたのが逆流性食道炎。胃酸が逆流し、粘膜というガードを持たない食道が炎症を起こす病気で、主な症状は胸やけ。

「70年代頃から動物性タンパク質や動物性脂肪の摂取量が急激に増えて栄養状態が良くなり、胃酸の分泌が増えたことが原因のひとつです」(三輪先生)

食道 胃 専門医

胃酸の分泌器官を壊すピロリ菌の感染率低下がさらに拍車をかけた。90年代終わりには日本人の患者が激増。現在は6人に1人という説も。

「食道と胃の繫ぎ目には下部食道括約筋という筋肉があり普段は繫ぎ目を閉めていて食べ物が来ると開ける役割をしています。食べ過ぎや脂質過多な食事が長く続くと、繫ぎ目が開いて胃酸が逆流するんです」(三輪先生)

検査で異常がなくても胃が痛いのは大問題。

時間が経てば改善する一過性の胃の不調ではなく、しょっちゅう胃の不調を感じる。でも、病院で検査を受けても何の異常もない。かつては「気のせい」と片づけられていたこうした症状、2013年に「機能性ディスペプシア(FD)」という病名がつき、現在では投薬などによる治療も保険適用となっている。

「背景にあるのはFDの人の生活の質が著しく低下しているということ。労働生産性が落ちて社会に与える影響が大きい。そこでFDの4つの代表的な症状のどれかに当てはまり、3か月(日本人の場合は1か月程度)続いたら診断が下されるということになりました」(三輪先生)

機能性ディスペプシア(FD)の代表的な症状
  • 胃が痛む
  • みぞおちが焼けるように感じる
  • すぐにお腹がいっぱいになる
  • 食後に胃がもたれる

FDの診療機関は「日本神経消化器病学会」事務局などから検索を。

ストレス社会では胃の不調が促されやすくなります。

「同じ刺激を受けても他の人は大丈夫なのに、ある人は胃が痛くなる。刺激に対する閾値の差がFDに関連していると私たちは考えています」(三輪先生)

次のようなネズミの実験がある。子どものラットを母親から1日2時間引き離すという母子分離実験を1〜2週間繰り返す。すると大人になったラットには過敏性腸症候群や十二指腸の炎症、胃もたれの症状が見られたという。つまり痛みに対する閾値が低い知覚過敏ラットだ。

「子どもの頃に受けた強いストレスが知覚過敏を引き起こす原因の一つと考えられます。FDの人に話を聞くと子どもの頃にいじめやひどい目に遭ったという人も多くいます」(三輪先生)

人間関係が複雑な超ストレス社会、今後もFDは増え続ける?