自分でコントロールできないのはなぜ? 依存がエスカレートする理由

ストレス解消のつもりで始めたお酒やたばこ。気づけば、手放せない存在になってしまった。それどころか量が日々増えている…。なぜどんどんエスカレートしてしまうのか、脱する術は? 依存治療の専門医、松本俊彦先生、教えてください!

取材・文/石飛カノ イラストレーション/川崎タカオ 監修・取材協力/松本俊彦(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長)

初出『Tarzan』No.881・2024年6月6日発売

アルコール依存症

依存症 松本俊彦先生

松本俊彦先生

教えてくれた人

まつもと・としひこ 精神科医。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長兼薬物依存症センター・センター長。薬物依存や自傷行為に苦しむ人を対象に診療を行う。『世界一やさしい依存症入門』(河出書房新社)など著書多数。

アルコール依存症

依存ココロさん

相談者

40代。IT企業の中間管理職。2年前から本格的に飲み始めた遅咲きの左党。最近酒量が増し記憶喪失は数知れず。専門家に相談を決意。

松本先生
ではココロさん、今の酒量はどれくらいですか?
依存ココロ
ええと、日本酒なら3合、ビールなら500mL缶3本? いや4本くらいですかね。
松本先生
2年前の39歳から毎日のように飲み始めたんですね。
依存ココロ
そうなんです。コロナでずっと自宅勤務で他にすることもなかったのでチビチビ飲んでいるうちに、なんか自分、意外と飲めるんじゃないかって。
アルコール依存症

絶対に1杯だけ、と思って飲み始めたら歯止めが利かず、今日も酒瓶に埋もれるように寝落ち。

松本先生
それまで気づいてなかったんですね。
依存ココロ
それまでは忘年会で飲むくらいで、誰よりも早く潰れてました。でも、今はいっぱしの男になれた!って感じです。
松本先生
目が輝いてますね〜。
依存ココロ
先生、見てください! これが僕の大体のお酒増量シートです。
松本先生
ほー、パワポですか。さすがIT企業の方ですね。これによると、2年前は小ジョッキ半分も飲めなかったのに、今は大ジョッキ3、4杯は当たり前と。
アルコール依存症

2年前はビール小ジョッキを持て余していたのに、毎日飲み続けた甲斐あって、今では「大ジョッキ持ってこーい!」。

依存ココロ
テヘヘ。
松本先生
褒めてませんからね。ココロさん、最初は1杯でやめておこうと思ってもそれ以上飲んでしまうことはありますか?
依存ココロ
そりゃもう、いつも大体そんな感じです。
松本先生
物質依存のガイドラインのひとつにコントロール障害という項目があります。
依存ココロ
コ、コントロール障害??
松本先生
依存症の一番の本質だったりするんですけど、アルコールだったら1杯飲むと最後、気を失うまで飲んでしまうというようなことです。それに先ほどお酒の量が順調に伸びていることを自慢しておられましたが、これは明らかに耐性という条件を満たしています。
依存ココロ
たた、耐性??
松本先生
アルコールは脳の中枢神経系に作用します。それで中枢神経というのは実はものすごく適応能力があって、化学物質を摂取した状態でノーマルな状態になるよう調整をかけていくんです。お酒が弱かった人が毎日飲んでいるうちに結構強くなっていくのはまさに神経系の適応です。
依存ココロ
今はビールが家に1ケースないと不安だもんなぁ。これってVシネとかで見る、ヤクを、ヤクをくれ〜みたいな…。
松本先生
原理としては同じですね。そしてこの耐性が生じるということは、裏を返せば化学物質を摂取しない状況では中枢神経系のバランス均衡が崩れることを意味しています。

アルコールはダウナー系の化学物質なので、脳がノーマルな状態を保つためには飲んでいないときに脳が興奮した状態にさせておく必要があります。胸がドキドキしたり汗が噴き出したり。これがひどくなったものが不眠などの禁断症状、学術的に言うと離脱症状です。

依存ココロ
きっ禁断、りっ離脱〜???
松本先生
心当たりありますか?
依存ココロ
ココロ、心当たりありません。というか、そんな症状出ちゃったらヤバくないですか?
松本先生
このままでは、そうなりかねません。ところでココロさん、お酒を飲むことを人生の他の楽しみより優先していることが多くなっていませんか?

たとえば、このまま飲み続けていたら大切な人から離別するみたいなことを言われているのに、また飲んでしまうというような。

依存ココロ
うう、実は彼女に酒を減らせ減らせと言われていて、最近ギクシャクしてます…。
松本先生
なるほどココロさん、あなたは大変ラッキーな方です!
依存ココロ
はぁ?
松本先生
男性で1日3〜4合のお酒を毎日飲んでいると10年くらいで依存症に傾いていくといわれています。

お酒のいい部分だけ享受しながら人生を乗り切るなら休肝日を挟むなり一度の量を減らすなりしてみましょう。“依存症”ではなく“いい依存”であれば大いに結構です。大丈夫、何せ飲み始めてまだ2年なんですから。

依存ココロ
せっ先生、何だかココロが晴れ晴れしました! これから彼女に花を買って帰りまーす!
用語解説

コントロール障害

もうやらないと自分や周囲に誓ったにもかかわらず、その物質を再び使ってしまう。TPOを考えたときにやってはいけない状況で使ってしまう。仕事中にアルコールを飲む、車で行った先でアルコールを飲むなど、そうしたコントロールが自分でできなくなること。

耐性

依存性のある薬物を繰り返し摂取することで、その薬物の効果を得るために量を増やさなければならなくなること。耐性は依存の形成の初期で起こることが多い。

離脱

離脱は耐性とともに中枢神経がその物質に対して神経順応を起こしている表裏の現象。物質の使用量を減らしたり止めたりしたときに出現する。アルコールの場合なら動悸、発汗、手の震え、不眠。なかには痙攣やてんかん発作が見られる場合もあり、もっとひどい場合には幻覚が見えるというケースも。

お酒を飲むことを人生の他の楽しみより優先

それを行うことのメリットがデメリットを上回っているのが愛好家。逆転しているのが依存症。賢明な人は逆転した時点で撤退するが、依存症が進んでいるとそれができなくなる。かつて自分の中で優先順位が高かったものが二の次、三の次になる。

依存症ではなくいい依存

人間はもともとさまざまなものに依存しないと生きていけない生き物。仕事の合間にお茶やコーヒーを飲み、仕事終わりに酒を飲み、同僚と愚痴を言い合い、明日また頑張れるのがいい依存。仕事や人生の破綻に繫がるのが依存症だ。

科学技術の進歩が依存症も進化させる!?

アルコール度数8%以上のストロング系チューハイを規制すべきでは? とSNSに投稿しバズったのが松本先生その人だ。

「僕は科学技術の進歩とともに依存症はエスカレートすると思っています。古くは醸造酒から蒸留酒、パイプから紙巻きタバコの大量生産の技術が開発されて依存症の弊害が深刻化しました。

ストロング系のお酒は本来とても辛いのですが、飲みやすい味付けにしてお酒の味が分からない若い人たちに広がったことが問題だと思います」