他人に甘えられない人はなりやすい。依存症のメカニズムを知る

なぜ人は依存してしまうのか。それには脳の働きが大きく関わっているようだ。依存症のメカニズムと、その実態をまずは理解しよう。

取材・文/石飛カノ イラストレーション/川崎タカオ 監修・取材協力/松本俊彦(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長)

初出『Tarzan』No.881・2024年6月6日発売

依存症

依存症 松本俊彦先生

松本俊彦先生

教えてくれた人

まつもと・としひこ 精神科医。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長兼薬物依存症センター・センター長。薬物依存や自傷行為に苦しむ人を対象に診療を行う。『世界一やさしい依存症入門』(河出書房新社)など著書多数。

すべてはドーパミンによる快感をラクに何度でも得たいから

ほとんどの依存症に関わるのが脳の報酬系と呼ばれるA10神経回路。脳幹の一番上に位置する中脳の腹側被蓋野という部位を起点とし、大脳辺縁系の側坐核などを経由して大脳皮質まで至る情報伝達ルートのこと。

依存に関わる脳の部位

依存に関わる脳の部位

「一生懸命勉強してテストでいい点を取って褒められたとき、スポーツで上手にできたプレイを賞賛されたときの気持ちよさは報酬系にドーパミンという神経伝達物質が放出されるからです。何かを学んだり新しいスキルを身につけるためにはこの報酬系の働きが欠かせないのです」

快感と依存のサイクル

快感と依存のサイクル

食糧を確保したり子孫を残すための伴侶を得るためには報酬系の後押しは不可欠。ところが、依存性の高い化学物質は問答無用に大量のドーパミン分泌を促す。楽に快感を得られると、ヒトは努力するどころか、それに頼るようになる。そして歯止めがかからなくなるのだ。

依存症になりやすい人は「他人に甘えられない人」

アルコールもエナジードリンクも24時間いつでもコンビニで買えてしまう。インバウンド客からしたら「マジ?」と驚かれるほど依存性の高い化学物質を手に入れやすいニッポン。なのに、依存症になる人とならない人がいるのはなぜなのだろう。

「意外に思われるかもしれませんが、我慢強い人、人に頼らない人、自分で抱え込んで問題を解決しようとする人ほど依存症になりやすいんです。

こういう人は過去に虐待やいじめを受けて誰からも助けてもらえなかった経験を人生の早い時期にしている場合が多い。だから人に頼らず化学物質で辛い気持ちだけを紛らわせて過酷な状況に適応しようとする。

僕は依存症というのは“安心して人に依存できない病”であると思っています」

日本独特のメンタリティは依存症に傾きやすい?

違法薬物の乱用は欧米の方が深刻だから日本人は依存症になりにくいのでは?と思われがちだが、さにあらず。

市販薬を乱用する若者は驚くほど多いし、厚生労働省が行った調査で過去1年間にギャンブル依存症が疑われる状態になったことがある人は成人の2.2%、欧米に比べて突出して高いことが分かっている。

「日本人は人様に迷惑をかけてはいけないという価値観があるうえ、地方では周りから逸脱できない村社会がまだ生きています。理不尽なルールにも過剰適応しなくてはならず、そのモヤモヤが依存的な化学物質や行動に結びつく可能性はあります」

アッパー系とダウナー系はメカニズムが微妙に異なる

依存症と聞いて思いつくのはやはり薬物。20歳以上になれば合法のアルコールやニコチンも薬物だし、ドラッグストアで売っている風邪薬や咳止めシロップなども薬物、持っていたり使えば逮捕される覚醒剤なども、もちろん薬物だ。依存症はもともと化学物質への依存問題なのだ。

下の表のように、同じ薬物でも脳にどのような影響を与えるかによってタイプが異なる。脳の働きを活性化させる「アッパー系」と脳の働きを抑制する「ダウナー系」だ。

アッパー系とダウナー系の仕組み

アッパー系の仕組み

ダウナー系の仕組み

「カフェインや覚醒剤などのアッパー系は脳にダイレクトに働きかけてドーパミンの分泌を促します。一方、アルコールやヘロインなどのダウナー系はそれと反対方向の薬理作用を持っていて、周辺のサイドパスウェイを通って最終的にはドーパミン分泌を促すよう働くことが分かっています」

薬物のタイプ

依存症は化学物質に限らない。嗜癖行動もまた治療対象だ

先に述べた◯◯依存症の半数が薬物(化学物質)、もう半数は非薬物。先鞭をつけたのがアメリカの精神医学会が2013年に改訂した診断基準の最新版、DSM-5。ここで薬物以外の嗜癖行動、下記に掲げた行動が特徴の「ギャンブル障害」が依存症の診断基準に加わった。

ギャンブル依存症の行動パターン
  1. 最初に自分で決めた以上の金額を使ってしまう
  2. 勝った時点でキリよくやめることができない
  3. 負けた分をギャンブルで取り返そうとする
  4. ギャンブルをしていることを周囲に隠す

「化学物質とは異なる行為が依存症のカテゴリーに入ってきたというのが大きな進歩でした。

さらにWHOが2022年に出したICD-11ではゲームという嗜癖行動も追加されました。依存症の診断範囲が広がってきている理由は、それに悩んでいる患者さんたちが増えているから。

医療機関が対応するカテゴリーを明確に作っていかないと、サービスを提供できないからです」

コラム:戦後復興とヒロポン

日本の依存症問題の始まりは1950年代前半のヒロポン=覚醒剤の乱用。ヒロポンを使って戦争で傷ついた心にフタをして、みんながむしゃらに働きニッポンは奇跡の復興を遂げた。

「その系譜は高度成長期以降にも受け継がれていて、ワーカホリックと呼ばれ辛い自分の心から目を背けてとにかく目の前の仕事をする社畜の人生を選ぶ。トラウマと依存症にはそんな関係があります」

相棒はもちろんエナジードリンク。