40歳が別れ道!? 10分でキャッチアップするアンチエイジングの最新事情
老化は治せる(!?)時代とまでいわれるほど、アンチエイジング研究は進んでいる。何がどうなっているのか。まずは最新の情報を仕入れよう。エキスパート達にアンチエイジングの最新事情を教えてもらった。
取材・文/石飛カノ イラストレーション/三平悠太 取材協力/米井嘉一(同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンター教授)、根来秀行(ハーバード大学医学部客員教授)、吉森 保(大阪大学医学系研究科保健学特任教授)
初出『Tarzan』No.880・2024年5月23日発売
お話を伺った人たち
根来秀行(ねごろ・ひでゆき)/ハーバード大学医学部客員教授、ソルボンヌ大学医学部客員教授など国内外の大学で教鞭を執る。専門は内科学、抗加齢医学、睡眠医学など多岐にわたる。新型コロナの治療メカニズムを解明し、話題となった。
米井嘉一(よねい・よしかず)/同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンター教授。同大学大学院生命医科学研究科教授を兼任。抗加齢医学研究の第一人者として研究活動に従事。研究テーマは老化の危険因子と糖化ストレス。
吉森 保(よしもり・たもつ)/生命科学者。大阪大学医学系研究科保健学特任教授。一般社団法人日本オートファジーコンソーシアム代表理事。オートファジーのパイオニア、大隅良典氏のラボに参加し、以降オートファジー研究に従事。
目次
生物学的年齢が暦年齢を追い越すのは40代?
何十年ぶりかの同窓会で出会った同級生。もしや先生…?と勘違いしたり、逆にまったく変わらない容姿に愕然としたり、老け方は人それぞれ。生まれ年から積み重ねる年齢は「暦年齢」、個人差の大きいエイジングを「生物学的年齢」という。
同志社大学生命医科学部の米井嘉一先生は次のように言う。
「アンチエイジングとは何かというとアンチ“病的”エイジングです。一年一年歳をとっていく加齢は誰にでも平等に訪れます。でも問題なのは、血管や骨や筋肉などがさまざまな原因で病的に老化し、機能が低下する病的老化です」
ある研究では45歳の段階で年間2.44歳老化するグループと0.4歳しか歳をとらないグループの2つの群に分かれた。老化のペースが早い人は歩行速度や握力、視力、聴力などの低下、外見も実年齢より上に見える人が多かった。
40代半ばにしてすでに差はついている? なんとも衝撃の事実。
実年齢より早く老ける病的老化
米デューク大学の研究で、1000人以上の被験者を45歳までの20年間追跡したデータを分析したところ、老化スピードは最も早いグループと遅いグループで2.04歳の差があった。
最大の老化原因は「糖化」と「アルデヒド」だ
さて、病的な老化を引き起こす主な原因に酸化と糖化という2つの化学反応がある。酸化は活性酸素などの反応性の高い酸素が細胞を傷つけ、糖化は糖がタンパク質と結びついてAGE(終末糖化産物)を作り出し、どちらも細胞の老化を促したり多くの病気を引き起こす。
「2つの反応は同時進行しているわけではなく、たとえば脳や肝臓など脂肪の多い臓器で脂質が酸化されると、アルデヒドという物質が作られます。この反応はビタミンなどの抗酸化物質で防げます。
ところがアルデヒドがタンパク質と結合してAGEなどの異常タンパクを作り出す反応は、抗酸化物質では止めることができない。そこが問題です」(米井先生)
生物と酸化の闘いの歴史は長く、生きていくため酸素を取り込むたびに酸化反応が起こるので、防御システムも発達した。ところが糖化ストレスとの付き合いは飽食時代+運動不足のここ数十年。結構無防備、ゆえに初期段階の酸化を防ぐことが重要なのだ。
老化を促す酸化と糖化のメカニズム
フリーラジカルは活性酸素の一種で電子が1つ足りない不安定な酸素。脂質との酸化作用で作られたアルデヒドが次の糖化反応を促し、その後、炎症反応を引き起こすことも。
動物性脂肪依存が細胞老化を引き起こす
昨日のランチは天ぷらそば、今日のランチは唐揚げ定食、明日の給料日には奮発してトンカツの名店に行こうかなぁ。
動物性脂肪を常食していると、揚げ物などの高脂肪食を必要以上に食べたくなる。これが「動物性脂肪依存症」。琉球大学の益崎裕章教授の研究によれば、動物性脂肪が脂肪への欲求を呼び、高脂肪食が食べたくてたまらなくなる、さらには運動欲求の低下、細胞老化などが引き起こされるという。
「動物性脂肪依存に陥ると脂肪の摂取が増えて運動不足になるので肥満になります。肥満は老化を促進する糖尿病や動脈硬化などの病気の発端。でもこの依存のスイッチを切ると考えられているのが玄米の米ぬかに含まれるγ-オリザノールという成分です。継続して摂ることで脂肪食への依存が解消されていくのです」(米井先生)
後にも紹介するが未精製の玄米などの未精製炭水化物は、若返り食の基本。覚えておきたい。
話題のNMNが若返り物質と呼ばれるワケ
初めは美容業界、現在はアンチエイジングの世界で注目を浴びている若返り成分NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)。サプリメントが各メーカーから続々登場、高額ながらも人気を呼んでいる。でもNMNには具体的にどんな働きが?
「NMNはNAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)という物質の材料です。NADの一番大きな働きはアルデヒドを安全な物質に変換する代謝を促すこと。
また、ミトコンドリアの中にはエネルギーを作るTCA回路というのがあって、この回路の3か所にNADが関わっています。酸化反応や飲酒で大量にアルデヒドが作られるとNADがそちらで使われてTCA回路がうまく回らなくなってしまいます」(米井先生)
NADは体内で合成されるが加齢によって量が減っていく。よって、材料であるNMNを外から補うことで糖化ストレスを防ぎ、エネルギー産生を促すという図式だ。
加齢によって減っていくNAD
体内で合成されるNADは年齢を経るごとに右肩下がりで減っていく。体内での消費量が増え、合成量が減っていくことが主な原因と考えられている。
NMNの体内での役割
体内に取り入れられたNMNはNADに変換される。アルデヒドの代謝やミトコンドリアでのエネルギーの産生に関わったり、後に解説する長寿遺伝子の活性化にも関わっている。
長寿遺伝子の活性化で不老長寿は実現するか?
生き物は宿命的に歳をとり、寿命が尽きればそこでジ・エンド。と思っていたら寿命を左右するかもしれない遺伝子の存在が2000年に分かった。長寿遺伝子=サーチュイン遺伝子の発見だ。
長年、長寿研究に関わってきたハーバード大学医学部客員教授の根来秀行先生は次のように言う。
「最初は酵母や線虫など、1週間や2週間の間に一生を終える生物からサーチュイン遺伝子が発見されました。その遺伝子の機能を高めると寿命が延び、遺伝子を欠損させると短くなる。それを探っていくと人間にも同様の遺伝子配列があることが分かったんです」
サーチュイン遺伝子には代謝の促進や神経細胞の保護、また遺伝情報が書き込まれた染色体の寿命を管理するテロメアの短縮を防ぐといった働きがあることが分かっている。ただ、研究の歴史はまだ浅く、NMNなどで活性化することでヒトの寿命が本当に延びるかどうかはいまだ論争中。
多くの生物に存在するサーチュイン遺伝子の役割
今のところ分かっているサーチュイン遺伝子の働きはインスリン分泌や糖や脂肪の代謝促進、神経細胞の保護、細胞が分裂するたびに短くなるテロメアの短縮防止、オートファジーの活性化など。
老化した細胞が周りの細胞を老けさせる
老化を促す主な原因は酸化と糖化、そしてもうひとつ、炎症も老化に大きく関係する化学反応。この炎症のひとつの引き金が「老化細胞」と呼ばれるもの。
「細胞にはもうそれ以上分裂できなくなったり機能が低下すると、自ら死滅するアポトーシスというシステムが備わっています。このシステムを回避して体内に居座ってしまうのが老化細胞です。
老化細胞は二度と分裂・増殖はしませんし、機能もかなり低下しています。さらに、炎症やがんを引き起こすさまざまな物質を分泌して周りの細胞の老化を促すことが分かっています」(根来先生)
老化細胞が撒き散らす物質によって慢性的な炎症が起こると、それに対処するために周囲の細胞分裂のペースが上がる。するとテロメアもどんどん短くなって分裂寿命を迎え、老化細胞が増えていくという仕組み。肌や臓器、血管、あらゆる組織や器官で老化細胞は増殖していく。さて、どうする?
老化した細胞がさまざまな物質を分泌
正常な細胞が分裂・増殖を停止すると老化細胞となり体内に長く留まり続ける。それだけでなく炎症やがん化、免疫細胞を遊走させるSASP因子と呼ばれる物質を分泌する。
最新の抗老化治療=セノリティクスの現在
サーチュイン遺伝子をオンにすれば寿命が延びるかもしれない。でも一方で、加齢によって老化細胞がどんどん増え、カラダのあちこちで炎症が起これば結局相殺されてしまうのでは?
そこで現在、研究が進んでいるのが老化細胞そのものを取り除く「セノリティクス」という概念。
「2021年には東京大学の研究グループが老化細胞だけを除去する薬剤、GLSI阻害剤を開発しました。老化細胞特有の目印を標的にして細胞を叩く薬剤で、マウスに投与すると正常細胞には影響を与えずに老化細胞が除去されたのです」(根来先生)
これで本当の意味で人生100年時代の到来!? いや、事はそう簡単な話でもない。
「全身レベルで老化細胞を除去していったら細胞がスカスカになって組織が機能しなくなる可能性があります。どうしたら最適な道が開けるか、これからも研究が続けられていくと思います」
セノリティクスで老化細胞を取り除く
正常な組織ではひとつひとつの細胞が密の状態で機能している。加齢で増えてきた老化細胞をセノリティクスで取り除くと組織内の密度が低くなり、スカスカに。
オートファジーという仕組みもオートファジーの低下老化を防ぐのだ
増えたら老ける老化細胞なら殺してしまえばいい。というわけで世界中でセノリティクスの研究が進む一方、いや、それちょっとマズいのでは?という考え方もある。
「老化細胞も自らが老化することでがん化を防ぐなど、いいこともしている場合があるからです」
と言うのは、オートファジー研究の第一人者で大阪大学教授の吉森保先生。オートファジーとは細胞内の老廃物や有害物質を回収してリサイクルするメンテナンスシステム。近年、オートファジーと老化の関係も解明されている。
「オートファジーには細胞の老化を抑える働きがあります。実験的に細胞を老化させるとオートファジーの機能も低下します。逆にオートファジーの機能が高まると細胞老化が進まないという関係が分かっています。細胞を殺すのではなく老化させない選択肢もある、と私は考えています」
健康寿命と病気に関わるオートファジー
オートファジーが正常に機能すると健康寿命の延伸に繫がり、逆に加齢でオートファジー機能が低下するとさまざまな病気の引き金になることが分かってきている。