【棚橋弘至・連載】第38回:本能に立ち向かう! レスラー人生をかけた戦いは今日も続く
新日本プロレス「100年に一人の逸材」棚橋弘至が綴る、大胸筋のように厚く、起立筋の溝のように深い筋肉コラム。第38回のテーマは「筋トレの本質」について。
筋肉は愛おしいけどちょっと面倒な「相棒」
最近、僕のもっぱらの案件は、体脂肪を落として腹筋の溝を取り戻すことだが、他にもやりたい事はある。それは「デカくなること」。トレーニングをしながら「少しでも重たいバーベルを」、「一回でも多く回数を」と意識しながらやっているわけです。
筋力は、筋繊維の太さに比例すると言われているので、「大きくなる=筋力が強くなる」。結果的に、試合のパフォーマンス向上にも繋がるわけです。しかしながら、トレーニングをされた事がある方なら、ご存知の通り…そんなに簡単には大きくならないんですよね。
例えるなら、超薄い和紙を一枚ずつ、貼り重ねていくような作業で、時間もかかりますよね。ただ、そうして、労力と時間をかけた分、大きくなってきた筋肉というのは、愛おしい存在になり、言わば「相棒」となっていきます。そう!僕がリング上で闘い続けられるのも、この「相棒」のおかげ。なので、大切にしてあげたいわけです。
しかしながら、この「相棒」、少しばかり面倒くさい奴で。というのも、とてもナイーブで、気まぐれな奴とも言えるからです。まず、なぜナイーブなのかというと、せっかくキツイトレーニングを経て、大きくなったとしても、すぐ分解しようとするんですね。
筋肉というものは「ストレス」に弱い存在なのです。この世知辛い世の中で、ストレスを感じずに生活するのは、なかなか難しいものですよね。そんなストレスから、身を守ってくれているのも、実は筋肉なのです。
本能に立ち向かうからこそ筋トレは難しい
イライラしたり、怒ったり、悲しい出来事があったり、ムカついたりと、心が負の感情に支配されてしまったときなんかが、それに当たり、カタボリックという状態で、筋肉が分解されることを言います。
なので、トレーニングをすることは、結果として「日常生活から身を守る行為」と、言えるのかもしれないのです。
だからこそ、増やしておきたい筋肉なのですが、もう1つ、やっかいなポイントがあります。それは、そう「なかなかつかない」ということです。なぜ、つかない?いや、つきにくいのか? それは、人類の歴史と密接な関係があります。
以前にも書いたかも知れませんが、人類の歴史とは「飢餓の歴史」でもあり、少しの食料で生き抜いていくためには、消費カロリーが少ない方が良いわけです。この飽食の時代ではなかなかイメージしにくいかも知れませんが、近代になって数100年と、それ以前の歴史と比べたら、やはり人類のDNAには過去に経験した、生き抜くための装置が備わっていると考えられます。
その生物の根源的本能に相対する行為が、筋トレとなるんですね。僕なんかも、食べたらすぐ太るじゃないですか? これも飢えをしのぐために備わった生物が生き抜いていくスキルだと思うんです。ああ。これは相当難しい作業ですね。なんせ、生きようとする本能に立ち向かわないといけないわけですから…。
みなさんの笑顔のために頑張ります
けれど、そんな言い訳をも許されないのが現代なんですよね。しっかり働いていれば、三食食べられるのが今の日本であってね。ならば、今、しっかりと自分の理想の体型を手に入れている皆さんは、目的意識をしっかりと持ち、己に打ち勝ってきた方々と言えます。
あぁ。無条件でリスペクト。僕ができていないから、なおさらリスペクト。やはり、強い気持ちが必要ですね。何かを得るには、何かを失わないといけません。世の常ですね。お金を得るには働かないといけない。
そう、対価として必要とされるのは、いつも時間。トレーニングに費やしてきた時間。空腹に耐えた時間。有酸素運動で歩き回った時間。こうして、準備として使った時間は、実は、人生のほとんどの時間なのかもしれません。
けど、それは、プロレスラーとして、リング上で活躍するためには、すべて必要な時間なんですね。楽しんでいただくため。勝つため。充実感を得るため。小さい頃に見た夢を叶えるため。
僕は、楽しんでくれているファンの皆さんの表情をリング上から見るのが何よりも好きです。プロレスラーになってよかったと心底思います。
もう一度、メインイベントで勝って、その景色をコーナーポストから見てみたい。いや、見る。なので、僕がまずやらないといけないことは、腹筋を取り戻すこと(着地)。プロレスラーとして現役生活を終えるのが先か? 腹筋を取り戻すのが先か?
レスラー人生を賭けたデッドヒートが、今日も続いていくのであった。
棚橋弘至
たなはし・ひろし/1976年生まれ。新日本プロレス所属。立命館大学法学部卒業後、1999年デビュー。低迷期にあった同団体をV字回復に導き、昨今のプロレスブームをリング内外の活動で支える。