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〈ナイキ〉のランニングシューズ3足を履き比べ! シューズトライアル体験レポート
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睡眠の質を高めるとされる入浴だが、実は知らないことだらけだ。湯温は何度がベスト? 温泉の泉質って何? 湯上がりの牛乳はなぜうまい? 大小さまざまなナゾをこの機会にひもとこう。前編では、温泉にまつわるさまざまなナゾについて。
上村佐知子さん
秋田大学准教授。秋田大学理学療法学講座の准教授として活動する傍らで入浴と睡眠にまつわる研究も行う。「最近ハマっている温泉は秋田県にある〈ポルダー潟の湯〉。植物性の成分が含まれたユニークな泉質です」。
早坂信哉さん
東京都市大学人間科学部教授。4万人以上を調査したお風呂専門家。著書に『最高の入浴法』(大和書房)。「よく行く温泉は蒲田にある〈はすぬま温泉〉。都内なのでアクセスがいいです」。
中村尚人さん
理学療法士。ヨガ・ピラティスインストラクターとして温泉地でのヨガリトリート企画。理学療法士の視点から運動指導も行う。「おすすめの温泉は山梨県の〈西山温泉 慶雲館〉。湧出量が多く、お湯が贅沢に使われています」。
旅先で温泉に入ると普段よりよく眠れる。その仕組みとは? 秋田大学の上村佐知子先生は語る。
「まずはお風呂そのものと睡眠の関係。脳の睡眠中枢と体温中枢には関係があります。日中は深部体温と覚醒度が上がり、睡眠時に両方下がります。入浴で体温が高まるとその反動でカラダが体温を一定に保とうと深部体温を下げるのですが、その際に睡眠中枢が刺激されて入眠しやすくなるんです」
家風呂の後より眠れる理由は?
「過去の実験結果で、塩化物泉(泉質の一種)は深部体温を下げる働きが強くなることが分かりました。温泉成分がカラダに付着して放熱が抑えられ、体温が高まったのでしょう。今後は他の泉質でも研究したいですね。解明したいナゾが多いのも温泉の魅力です」
上村先生による研究データ。22時に入浴した後の深部体温を計測。塩化物泉と人工炭酸泉の下降幅が大きい。
熟睡時に増加するデルタパワー(脳波の一種)の比較。温泉と人工炭酸泉の方がよく眠れていることが分かる。
山形県蔵王の坊平高原にはオリンピアンほか、トレーニー御用達の温泉がある。“リカバリー”をコンセプトにした〈高源ゆ〉だ。
入浴とプール800円、サウナ付きで1,600円。近隣に1時間100円で利用できるトレーニング室付きの施設〈ZAOたいらぐら〉や宿泊可能なペンションもあり。
「坊平高原にはトップアスリート強化用の運動場があるんです。約1000mの標高が適応障害を起こしにくく高地トレーニングに適していて。そのリカバリー目的で作ったのが〈高源ゆ〉です」
そう語るのはマネージャーの桐生貴法さん。学生時代はアルペンスキーで鳴らし、卒業後は整体師に。〈高源ゆ〉にはそんな桐生さんの経歴が活かされている。
「長時間入浴できるように湯温はぬるめの40度に。貼り紙やBGMをなくして余計な情報を極力省きました。どれも“温泉でリカバリーするならこうしたい”という僕の感覚に基づいています。アスリートからの反響も上々ですね」
セルフロウリュ付きのサウナや湧き水を使った水風呂なども設置。過酷なトレーニング後のカラダをあの手この手で癒やしてくれる。
「最近はサウナ好きの来館者も増加中。幅広い方がここでリカバリーしてくれたら嬉しいです」
生粋のビール党であっても、“湯上がりの一杯”といえば牛乳。なぜ無性に飲みたくなるのか。理学療法士の中村尚人さんに聞いた。
「一般家庭用の冷蔵庫が高級品だった戦後、日本に進出した乳製品業界が銭湯に目をつけたんです。ここに冷えた牛乳があれば宣伝になると。銭湯=牛乳というのはその頃から続く“刷り込み”です」
元も子もないが、腑に落ちる回答。しかし、納得するのはまだ早い。東京都市大学で入浴を研究する早坂信哉先生はこうも語る。
「入浴後は汗をかいて脱水症状に陥りがちです。そんな時、タンパク質が入っていて吸収されやすい牛乳を飲むのは合理的なんです」
諸説あるが、あの美味しさは本物。初めて銭湯に牛乳を置いた人に感謝しながら味わいたい。
温泉にある温泉分析書。中村さん曰く、見るべきは“泉質”だ。
「例えば“ナトリウム―塩化物温泉(低張性・強アルカリ性・高温泉)”なら、保温力が高い塩化ナトリウムを最も多く含むことが分かる。○張性は、濃さを体液と比較したもので、低張性は肌に浸透しやすく、長時間入る際は注意です。そして“強アルカリ性”はイオン濃度。高いと保湿必須です」
分析書は入浴のトリセツなのだ。
温泉のお湯を飲む“飲泉”をご存じか? 実はヨーロッパでは医師が処方するほど一般的。下剤代わりにミネラル入りの温泉を飲むそうだ。早坂先生はこう語る。
「日本にも飲泉できる温泉があります。代表的なのは群馬県の伊香保温泉。貧血対策で飲まれていたようです。ただし、血のような味がするので、心して飲むようにしてください。“日本一まずい温泉”としても有名なんです(笑)」
「新・湯治、体験してきなよ」
と、この原稿の書き手、ライター・ヤマナシが言われたのは2月半ばのこと。新・湯治とは環境省が提案する新たな温泉地の過ごし方。山奥などに長期滞在する従来の湯治とは異なり、近場の温泉地で自然や文化を楽しみながら、日帰りや1泊2日でサクッと休む。
締め切り前という事実に躊躇したが、お風呂好きとして見過ごせない!と向かったのは〈江の島アイランドスパ〉。都内近郊で新・湯治を体験できる場所だ。広報担当の石沢さん曰く、午前中は江の島散策がおすすめ。散歩が運動療法になるだけでなく、海風に含まれるミネラルが刺激を与えることで皮膚の抗炎症効果も期待できる。これも気候療法というらしい。
温泉とプールを終日利用できるワンデイスパ3,000円、温泉のみ2時間利用1,700円(タオルレンタル料別途)。条件を満たせば新・湯治で医療控除もできる。
昼食に良質なタンパク質が摂れるしらす丼を食べたら(食事療法)、ここからが本題。〈江の島アイランドスパ〉は温泉とプールの2エリアに分かれていて、どちらも海と富士山が望める。
プールと温泉は行き来自由で、往復するうちにカラダが心地よい重さに。そして最初は10分に1回スマホが気になったが、気づけば無心で1時間くつろぐ自分がいた。
旅の締めには、温泉エリアの〈富士海湯〉で夕焼けを堪能。情報に急かされない時間の大切さを嚙みしめて帰路に就いた。この日、泥のように眠れたのは言うまでもない。また来ます、江の島!
取材・文/山梨幸輝 イラストレーション/ビオレッティ・アレッサンドロ
初出『Tarzan』No.876・2024年3月21日発売