日本人には不要?必要?「グルテンフリー」を真面目に考える
糖質制限について調べているとグルテンフリーの文字を見かける機会は多くないだろうか。たしかに小麦も糖質ではあるがその狙いは異なる。じゃあいいか、というと、そうでもない。正しく知って、正しく付き合おう。
取材・文/石飛カノ イラストレーション/佐藤薫 監修/福島正嗣(みらい胃・大腸内視鏡クリニック院長)
初出『Tarzan』No.871・2024年1月4日発売
教えてくれた人
福島正嗣さん(ふくしま・まさつぐ)/さまざまな病院勤務を経て、2017年に内視鏡検査専門の〈みらい胃・大腸内視鏡クリニック〉を設立。延べ10万人の胃腸を診た専門医。著作に『朝食にパンを食べるな』(プレジデント社)が。
そもそもグルテンフリーって何だ?
プロテニスプレーヤーのノバク・ジョコビッチが書籍で明かした食事法で一躍有名になった「グルテンフリー」。
この食事法を導入したことでジョコビッチのパフォーマンスは爆上がり、たちまちトッププレーヤーへと上り詰めた。以来、意識高い系の人々が彼に続けとばかり実践しているという話。
とはいえ、イメージ先行で実際グルテンフリーって何?という人はまだまだ多い。パンやパスタなどの炭水化物を控える食事法ということから糖質制限と混同されがちだが、実は似て非なるもの。
「グルテンフリーはもともと欧米で見られるセリアック病という病気の患者のための食事療法です」と言うのは、〈みらい胃・大腸内視鏡クリニック〉院長の福島正嗣さん。
「グルテンは小麦、大麦、ライ麦などの麦類に含まれるグリアジンとグルテニンというタンパク質が水分に触れたときに作られる成分のこと。セリアック病はこのグルテンに異常反応することで小腸の細胞が壊されてしまう自己免疫疾患です。
アメリカでは約1%という頻度で発症するとされていますが、今のところ日本人に患者はほとんどいないというのが現状です」
パンを常食する欧米人に比べ、米という主食がある日本人はまだセーフ? いや、この続きを読めば、そう安心してもいられない。
不調の理由は腸のガードの破壊にあり
セリアック病に至らずとも、グルテンを摂取することで不調が表れる「グルテン不耐症」という人々がいる。
倦怠感、頭痛、便秘や下痢、集中力の低下、肌荒れなど、その症状はさまざま。ではなぜグルテンがこうした症状を引き起こすのか?
「グルテンの材料となるグリアジンには胃や膵臓から分泌される消化酵素では分解されにくい、プロリンというアミノ酸が多く含まれています。このためグリアジンは消化されないまま小腸に送られます。
すると今度はゾヌリンというホルモンが小腸粘膜から分泌され、小腸の細胞の結合を緩めます。小腸のガードが壊されることで、消化不良のタンパク質が体内に侵入し、炎症やアレルギー反応が引き起こされると考えられているのです」
小腸はカラダの外側と内側を隔てる関所のようなもの。口から摂取した食物は小腸の上皮細胞から血管を経由してはじめて体内へと吸収される。
ゾヌリンの役割は弱った腸の細胞を脱落させるときには必要だが、グルテン摂取によって過剰に働き、小腸という関所が「ザル」になることが問題。
「さらにゾヌリンは血管と脳の組織を隔てる血液脳関門の結合も緩めると考えられています。脳のガードが緩くなり毒素のようなものが脳に運ばれ、頭痛などの原因になるとされています」
未消化のグルテン、恐ろしや。
日本人にグルテンフリーは必要なのか?
日本人にはセリアック病患者はほとんどいない。ならば、わざわざグルテンフリーな食生活を選択する必要はなさそうに思えるが…。
「日本人は欧米人に比べると小麦の摂取量が少ないため今はまだ目立っていない可能性はあります。ただ、過敏性腸症候群の一部の人はグルテン不耐症に当てはまるともいわれています。
ちょっとした日々の不調にグルテンが多少関与している可能性はあるので、グルテンフリーをひとつのきっかけとして自分の食生活を見直すという考え方はありだと思います」
米が主食とはいえ、その消費量は年々減っていく一方のニッポン人。国民1人が消費する米の量は60年代に比べて2022年はなんと約半分。
朝はパン、昼はうどん、夜はパスタ。そんな食生活が珍しくないという人。食後、お腹が痛くなってすぐ下痢をする、仕事の集中力が続かない、とにかくだるくてやる気がしないという人。もしかしたらその原因を辿っていくと、小麦由来のグルテンに辿り着くかもしれない。
小麦断ち、一度試してみる価値はありそうだ。
「うどんやそうめんは消化がいい」はウソ
猛暑で食欲がないときはそうめん、風邪をひいたときは卵とじうどん。消化のいい小麦の麺類は体調が悪いときのベストチョイス。
「というのは思い込みで、喉越しがいいので食べられるということと消化がいいということが混同されているだけです」
なんと、うどん、そうめんは実は消化がいいわけではない? というかむしろ消化が悪い、と福島さんは言う。
「肉や魚などのタンパク質が胃の中で1時間くらいで消化されるのに対して、うどんなどは7〜8時間程度、そのままの形で胃の中に残っています。これは小麦だけでなく米でも同様で、炭水化物が入ってきても膵臓は本気で消化酵素を出さないことが原因です」
胃の滞留時間は長いが小腸からは速やかに吸収されるのが炭水化物の特徴。
人類が穀物を安定栽培して摂取するようになってから1万年程度。膵臓が本気を出さないのは、ヒトの消化システムが虫や獣肉などタンパク質中心の食生活に合わせた構造のままだから、とも考えられている。
小麦は主食ではなく嗜好品という考え方
ステーキランチを食べたせいで胃もたれがする。それはもしかするとステーキとともに食べたパンが胃で滞留しているせいかもしれない。あるいは未消化のグルテンが消化管に負荷をかけている可能性もある。
なんとなくの不調に悩まされているのなら、これまで当たり前のように口にしていた小麦製品から一度離れ、自分のカラダの声を聞いてみるという手も、またありだ。
「私が不調を訴える患者さんに薦めているのが“朝食にパンを食べない”ということ。まずはできることから始めて全体量を減らすことが大事です。現代人は明らかに小麦を食べ過ぎ。
お酒も飲み過ぎればカラダに悪いということが医学的に証明されていますが、うまく付き合えば健康を損なわずに済みます。それと同様に小麦などの穀物との付き合い方を考える時期が来ていると思います」
ホモ・サピエンスが誕生してからおよそ30万年。穀物との付き合いはほんの1万年。人類はまだ穀物初心者だ。それなのにいきなり小麦まみれの食生活をすれば無理が祟るのは当たり前。小麦はたまに楽しむ嗜好品として付き合うべし。