年齢相応の高齢者の便には老化関連物質が多い
この頃、胃腸の調子が落ち着かない。そのせいなのか気分がすぐれず、日によっては持病のアレルギーも顔を出す。とはいえ発熱や寒けもないことだし、何科を受診すればいい? そんな人の腸にはトラブルが起きている可能性がある。
加齢とともにヒトの腸内細菌叢からは善玉菌が減り、悪玉菌が徐々に増えるのはよく知られたところ。そこで、健康状態のいい高齢者の便と、年齢相応の高齢者の便を比較調査したところ、やはり明らかな違いがあった。
年齢相応の高齢者の便には動脈硬化との関係が疑われている物質が顕著に多かった。そして、これら悪しき物質を腸管上皮細胞のサンプルに加え、培養したところ、腸管上皮バリア機能に関わる遺伝子の働きを抑えたという。
年齢相応の高齢者の便には老化関連物質が多い
腸内細菌叢が年齢相応の高齢者(高齢者型)と、実年齢より若い高齢者(成人型)を比較。高齢者型群の腸内には加齢性疾患との関連性が報告されているトリメチルアミンやN8-アセチルスペルミジンが多いことがわかった。
腸内細菌叢が悪玉菌優位になっていくと、腸管のバリア機能に問題を生じるらしい。そして、腸によくなさそうな行動や飲食物の摂取過多は、腸管上皮の破綻を招くとする仮説がある。
なかでも近年何度も議論を呼んだのがグルテン(小麦タンパク)と小麦製品。
小麦由来のタンパク質が腸管上皮の受容体に結合すると、上皮細胞が分泌するタンパク質が、上皮細胞同士を緊密に接着させている箇所(タイトジャンクション)に隙間を空けてしまうという。
腸の内容物が隙間を通って腸内(外界)から外(体内)へ漏れると、その物質を免疫システムは異物(抗原)と認定し、炎症などアレルギー反応を起こす。小麦アレルギーでない人でも、小麦やその成分が腸の外=体内に漏れると、アレルギーになる可能性が生じる。
腸で起きているのではないかと疑われるこの病態がリーキーガット症候群。
日本語では腸漏れ症候群、あるいは腸管壁浸漏(侵漏)症候群などという。漏れるといっても、内視鏡で見えるような穴が開くわけではない。
リーキーガット症候群の腸で起きていると推定される病変
多数当てはまる人は、漏れ始めているかも…
下記のような疾患・自覚症状に加え、何らかの原因で細菌が腸から漏れ、血中に侵入する一過性の菌血症では発熱が広く見られる。一過性で終わらず、重症化すると敗血症、感染性心内膜炎など危険な状態に進んでしまうこともある。
免疫関連 |
全身性エリテマトーデス |
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円形脱毛症 |
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関節リウマチ |
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多発性硬化症 |
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シェーグレン症候群 |
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橋本病 |
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クローン病・潰瘍性大腸炎 |
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蕁麻疹・喘息・アトピー性皮膚炎 | |
腹部症状 |
吐き気 |
腹痛 |
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腹部膨満感 |
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おなら |
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消化不良・下痢・便秘 |
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食欲低下 |
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(膀胱炎) | |
脳・全身 |
不眠症 |
記憶力・集中力低下 |
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疲労感 |
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神経過敏・イライラ |
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ブレインフォグ |
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うつ |
リーキーガット症候群の影響は全身に及ぶ
現時点では仮説であり、現代の西洋医学の中にこの病名、概念は存在しない。ただし、こうした現象が起きていると仮定すると、実に多くの疾患、病的状態を説明しやすくなるのだ。
リーキーガット症候群との関連が疑われている病気には生活習慣病やアレルギー性疾患の名が挙がる。実際に動物実験で薬剤を与えて腸管壁を障害し、リーキーガット状態にしたマウスでは、インスリン抵抗性が上がっていたという報告がある。
小腸にダメージがあるとインスリン抵抗性が増す
乳化剤(PS80)で小腸に損傷を与えたマウスのインスリン抵抗性は顕著に高い値となった。
また、糖尿病性腎臓病の患者は腸のバリア機能が低下するため、漏れ出た腸内細菌が腎臓に直接ダメージを与えるほか、全身に炎症をもたらし、炎症性サイトカインが腎臓にさらなる害をなすという(腸内細菌学会「用語集」)。
腸によくなさそうな行動・飲食物の例
腸によくなさそうな行動、飲食物の例を下の表ににまとめてみた。
ストレス・ディスバイオシス:ディスバイオシスとは腸内細菌の数や種類・構成比に生じた変化のこと。抗生剤の使用や感染症などもディスバイオシスをもたらすことがある。 | |
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食事 | 砂糖・精製された糖質 |
加工食品・食品添加物 | |
農薬 | |
不十分な咀嚼 | |
小麦・グルテン | |
乳製品 | |
アルコール |
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カフェイン |
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(食品アレルギー) | |
薬品 |
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs) |
胃薬 |
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ステロイド |
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抗生剤 |
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ピル | |
病原菌 | カンジダ |
酵素欠損 | セリアック病など |
毒 |
マイコトキシン(カビ毒) |
水銀 |
マグロ |
ワクチン |
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(歯科補綴物、アマルガム) |
近年、腸脳相関、あるいは脳腸相関などといわれるが、ストレスが強く、脳に問題が起これば胃腸を直撃するのは言うまでもない。逆にリーキーガット症候群があって、腸から漏れたものが脳に影響する可能性も否定できない。
とはいえ、滅多なものが脳に流れ込んでは困るので、脳には概念上のバリア、血液脳関門が存在する。その実体は脳の毛細血管内を裏打ちしている血管内皮細胞。実はこの細胞同士をつなぐタンパク質もタイトジャンクションなのだ。
そして、驚いたことに、腸から流れ出たタンパク質の中間代謝物が辿り着くと、血液脳関門が開くという報告もある。なお、肝臓に至る門脈には関所のようなものはない。腸から漏れ出て、血中に混入した物質はそのまま肝臓に到達してしまう。
腸管の破綻を振り出しに、影響は全身に及ぶ
食の欧米化の進行とともに腸疾患が増え続ける理由は?
炎症性腸疾患はすさまじい勢いで列島を席巻し続けている。その一つ、潰瘍性大腸炎は1970年代半ばでは患者数がわずかに数百人だったのが、毎年約1万人のペースで増え続けている。
この時期は日本で食の欧米化が進んだ時期におおよそ合致する。欧米化した食事では脂質が多くなりがちだ。動物実験でも高脂肪食群と普通食群を比較すると、高脂肪食群ではディスバイオシスと腸管バリア機能の低下が進み、炎症マーカーは高い数値になったという論文が出ている。
高脂肪食は炎症を促進する
縦軸のINF-α、IL-33はともに炎症誘発性の生理活性物質(サイトカイン)。実験では自己免疫疾患マウスに免疫刺激物質を繰り返し投与。高脂肪食摂取群はディスバイオシスと腸管バリア機能の破綻が進み、普通食摂取群よりもINF-α、IL-33の産生が有意に多く、炎症の進行が推測できた。
以上を踏まえて脳や腸のコンディションを維持するには、生活習慣病予防に軸足を置いた生活が重要になる。そして、リーキーガット症候群を思わせる自覚症状が強ければ、これを取り扱うクリニック(まだ一部のクリニックでの対応にとどまる)を探すしかない。
腸管に炎症があれば、抗炎症作用のある薬剤やサプリメントで鎮める。腸内細菌叢に問題が見つかればプロバイオティクス、プレバイオティクス、場合によっては抗生剤を使うこともあるだろう。腸内細菌叢は個人差が大きいので、画一的な治療法はない。
なお、リーキーガット症候群は正式な病名ではないので、大学病院のホームページには見つからない。“リーキーガット”や“腹部膨満感”などをキーワードに検索すると道は開けるだろう。
ただし、健康保険は適用されないので、要する金額は事前にご確認を!