投資すべきは口の中。「口腔ケア」が全身の健康や、家計にまで影響するワケ

病院=具合が悪くなったら行く場所。という考えは、こと歯科に関しては当てはまらない。定期的なケアで口内のみならずカラダ全体の健康が保たれ、結果的に支払う医療費も安くなるからだ。残っている歯の数で5大死因や認知症のリスクが上がるなんて事実を知れば、ないがしろにはできないはず。

取材・文/井上健二 取材協力/栗林佑太郎(徳真会グループ診療部門統括医 www.tokushinkai.or.jp) 編集/阿部優子

初出『Tarzan』No.869・2023年11月22日発売

「口腔ケア」が全身の健康や、家計にまで影響するワケ

定期的な口腔ケアで年間医療費が15万円浮く

全身麻酔をかけるような大きな手術をする際、事前に歯や歯茎などの口腔ケアを行うのが当たり前になってきた。口腔には無数の細菌が棲み付き、それらの細菌が手術に悪影響を与えたり、術後の経過を悪くしたりすることも考えられるからだ。

たとえ手術をしなくても、口腔ケアを怠ると健康を害することも。

「日本人の5大死因は、がん、心臓病、脳卒中、肺炎、老衰。そのいずれにも、口腔内の疾患が関わっているのです」(徳真会グループ診療部門の栗林佑太郎統括医)

なかでも厄介なのは、歯周病菌による歯周病。5大死因の背景は、慢性的な炎症。歯周病で炎症が続くと5大死因のリスクが上がるのだ。

また、咀嚼力が低下して食事が満足に摂れなくなると、栄養とエネルギーの不足で全身の機能がダウン。元気に生活できなくなる「オーラルフレイル」に陥る危険もある。

定期的に口腔ケアする人は、65歳以降ではケアしない人と比べて、年間医療費が15万円安いというデータもある。

口腔ケアこそ、健康寿命を延ばす最強の投資先だ。

口腔ケアで年間医療費が下がる
口腔ケアで年間医療費が下がる グラフ

出典/トヨタ関連部品健康保険組合(豊田市)と豊田加茂歯科医師会の共同調査

35歳以上の組合員5万2596人の医療費と受診歴データを分析。歯科医院で年2回以上、定期ケアを行っている602人を抽出し、総医療費を調べた。48歳を境に総医療費が下がり、65歳でその差は年間15万円に。

絶対残したいのは20本。でも70歳で16本に留まる

成人の歯は28本(親知らずを入れると32本)。このうち自前の歯が最低20本残っていれば、食べ物が何でも自在に咀嚼できて、ほぼほぼ健全な食生活が送れると評価されている。

このことから1989年から日本で展開されているのが、80歳になっても自前の歯を20本以上残そうという「8020(ハチマルニイマル)運動」だ。

厚生労働省の調査では、80歳の約50%が残存歯20本以上とされるが、栗林さんによると、このデータにはどうやら疑問点も多いらしい。

「この割合は75歳以上85歳未満のデータから推計したもので、80歳を実際に調べたものではありません。全国の歯科大学病院の患者を調べたより信頼性の高いデータでは、80歳で残存歯20本以上の人は10%未満と考えられます」

日本では60歳までは残存歯数は平均20本以上だが、それ以降は急激に歯を失う人が増える。70歳時点の残存歯数を調べた研究でも(下参照)、日本人は約16本で、20本を下回っている。

残存歯が20本以上ないと認知症やオーラルフレイルの危険度が上がる。成人が歯を失う理由の30%以上は歯周病。残存歯が少ない人は背景に歯周病菌による炎症があり、5大死因のリスクも上がっていることも十分考えられるのだ。

70歳の残存歯数の比較
70歳の残存歯数の比較

出典/Hugoson Anders, Koch Goran:Thirty year trends in the prevalence and distribution of dental caries in Swedish adults(1973-2003)., Swedish dental journal, 2008. 厚生労働省:平成17年度歯科疾患実態調査, 2005(無歯顎者を除く)

70歳で残っている歯を比べると、スウェーデンは20本を超えているのに対し、日本では16.5本と20本を大きく下回っている。

美容院と同じコストで健康な歯は守れる!

健康診断や人間ドックは毎年のように受けているのに、歯科医院は苦手だから何年も行っていない…。そんな日本人は少なくない。

ウェブ調査によると(下参照)、直近1年間に歯科医院で健診を受けた人の割合は、スウェーデンでは約60%なのに、日本ではわずか20%未満に留まっている。

直近1年間の歯科医での健診受診回数
直近1年間の歯科医での健診受診回数 グラフ

出典/ライオン『日本・アメリカ・スウェーデン 3カ国のオーラルケア意識調査Vol.1』(2014年)

15〜69歳の日本人、アメリカ人、スウェーデン人各1200人を対象にウェブ調査を行った結果。日本人の約57%は直近1年間で歯の健康診断を受けていないが、スウェーデン人では約57%が1回は受けているという対照的な結果が出た。

「日本人の大半は定期的に歯科医院に行く習慣がなく、歯が痛くなってから駆け込んでいるのです」

歯周病などの初期は痛みがないことも多く、痛くなってから受診するとすでに重症化しているケースも。痛みがなくても健康診断に行く感覚で予防的に歯科医院を受診すべき。これからは予防歯科の時代だ。

全国の歯科医院の数は約7万軒。約6万軒のコンビニよりも多い。どこを選べばいいのだろう。予防歯科の基本はMTM(下記の図参照)。

ネット検索でMTMを重視する歯科を近所で検索し、口コミも踏まえて信頼できるところを見つけよう。

MTMの流れ
MTMの流れ ステップ1:口腔内ドック ステップ2:セルフケアプログラム提案 ステップ3:初期治療 ステップ4:再発リスク評価 ステップ5:虫歯・歯周病治療 ステップ6:最終評価 ステップ7:メンテナンス

資料提供/徳真会グループ

MTMとは、メディカル・トリートメント・モデルの頭文字を取ったもの。スウェーデン・イエテボリ大学の名誉教授が提唱した。

口腔内ドックによる初期リスクの評価、それを踏まえた初期的な治療、再発リスク評価、本格的な治療、定期的なメンテナンスまでをパッケージ化する考え方だ。

危ない箇所が見つかり、処置が終わったら、あとは定期的なメンテをするだけ。同じ歯科で30年以上メンテする人としない人を比べると、前者で残存歯数28本以上が40%、後者は10%だったという。

「メンテに健康保険は利きませんが、1回1万5000円程度が相場。半年に一度なら、3か月に一度美容院に行くコストと同等です」

髪の手入れと同じコストなら、予防歯科をやらない手はない。

歯を失うのは人生の損失。その理由はどこにある?

食べることは人生の大きな楽しみであり、栄養バランスを整えて健康のベースを作ってくれる。むろんボディメイクでも、食事が果たしている役割は大きい。そこで何より大切なのは、自分の歯をできるだけ失わないこと。

歯を失う最大の理由は、歯周病。全体の40%近くを占める。高血圧や糖尿病などが日本人の国民病といわれるが、歯周病こそ真の国民病。程度の差こそあれ、成人の約80%が罹患しているとされる。

次に多い理由は、う蝕。要するに虫歯で、全体の約30%。

歯を失う理由
歯を失う理由 グラフ

出典/公益財団法人8020推進財団、第2回永久歯の抜歯原因調査(2018年)

歯を失う理由でもっとも多いのは歯周病。次がう蝕(虫歯)となっており、この2つで全体の66%を占めている。つまり歯を失う人の3人に2人は、歯周病か虫歯が原因なのだ。

3番目に多いのが、破折によるもので約18%。破折とは耳慣れない単語だが、実態は歯が折れたり、割れたり、ひび割れたりしたもの。その多くは神経を抜いた無髄歯で起こる。神経を抜く理由の多くは虫歯だから、虫歯+破折で全体の約半分を占めるとも言えるだろう。

そして歯周病、虫歯、破折のバックグラウンドにあるのが、不正咬合。歯並びや上下の嚙み合わせが悪い状態だ。不正咬合があると、食べかすが挟まりやすく、歯の磨き残しも生じやすいため、歯周病や虫歯の原因菌が繁殖しやすくなるのだ。

健康への投資だと思い、歯周病、虫歯、不正咬合は、お金をかけてしっかりケアしよう。