最新研究で見えてきた、腸内細菌と老化・長寿の深い関係
腸内環境と老化や寿命の関係は今最もホットなトピックスのひとつ。人生100年時代、いかに健康な状態で人生を全うできるかが人々の課題となりつつある。最新の研究でわかってきた腸内細菌と寿命、老化の関係とは?
取材・文/石飛カノ 監修/内藤裕二
初出『Tarzan』No.864・2023年9月7日発売
年寄りネズミが糞便移植で若返った
「腸内細菌と長寿の研究は今すごい勢いで進行しています。動物レベルならもはや腸内細菌によって若返ることができる時代。
たとえば年老いたネズミに若いネズミの糞便を移植すると、握力や筋肉、肌の水分量が増えて脱毛が見られなくなる。明らかに見た目が若返ることが証明されています」(腸内微生物学の専門家、京都府立医科大学の内藤裕二教授)
きっかけとなったのは2019年に発表されたある論文。遺伝的に寿命が短い早老症のマウスの腸に正常なマウスの糞便を移植したところ、寿命が延びて低血糖や血管の線維化などの老化現象も軽減されたという。
糞便移植の目的はすなわち腸内細菌の移植。腸内細菌叢を変えることで、遺伝によって決定づけられている寿命さえ延ばすことができる? 答えはどうやらYES。
また、フィンランドで行われている研究では、「腸内細菌叢を分析すればその人が15年以内に死亡するリスクを予測できる」といった記事が科学雑誌『サイエンス』で発表されている。
今後は理想的な腸内環境を手に入れることが健康長寿の最大のカギになりそうだ。
腸内細菌と寿命
マウスの寿命は長くて3年程度。早老症のマウスは何もしなければ約9か月で全数が死亡するが、正常マウスの糞便移植をすると半数になるまでの期間が13.4%、全数死亡までの期間が7.8%延びた。
若返りの秘密は胆汁酸の代謝物にあり
では年寄りネズミはなぜ若返ったのか? 内藤教授はその理由が胆汁酸の代謝にあるという。
「肝臓で作られる胆汁酸は脂質を包み込んで小腸からの吸収を促す物質。最初は自らの毒性を防ぐためアミノ酸がくっついた“抱合体”という形で肝臓から十二指腸に分泌されます。
でも、この形では作用しません。実は腸内細菌が胆汁酸を代謝して活性化することで、初めて本来の働きをします」
生き物は自力では胆汁酸にくっついたアミノ酸を外せないので腸内細菌の助けを借りるしかない。実際、無菌マウスは脂質を吸収できない。コテコテの家系ラーメンもとんかつも腸内細菌なしにはお腹をこわす原因になるだけなのだ。
こうして活性化されたものが一次胆汁酸で、さらに別の腸内細菌がこれを代謝して二次胆汁酸に変換する。で、何を隠そうこの二次胆汁酸が寿命延長に関与している可能性があると考えられているのだ。
根拠は、早老症のマウスの腸には二次胆汁酸が少なく、正常マウスの糞便移植をするとその量が増えたということ。まさに「二次胆汁酸」は若返りのキーワード。
胆汁酸代謝の流れ
胆汁酸にはグリシンやタウリンといったアミノ酸がくっついて、毒性を封じている。腸内細菌がこれらのアミノ酸を外して一次胆汁酸、さらに別の腸内細菌が二次胆汁酸に変換。
「生物学的年齢」という新たな年齢の指標
老化は自然現象ではなく、もはやひとつの病気として捉えられている。世界中の研究者が老化治療薬の開発に取り組んでいるのはそのためだ。
そこで注目されているのが生物学的年齢という目安。これまでの年齢の指標は暦によるものだったが、そうではなく臓器や身体機能の低下から年齢を捉えようという考え方だ。なにより生物学的年齢は健康状態や死亡リスクをより正確に反映する。
「暦の年齢は一生変えることができませんが、生物学的年齢は若い人は若いし老けている人は老けています。これからの人の年齢は暦ではなく、科学的な老化速度から推定すればいいのではという考え方です。
生物学的年齢が今80歳とします。このまま行くと早く寿命が尽きるのでライフスタイルを改善して今のうちに若返っておきましょう、となるわけです」
歩行速度や握力、バランス能力や認知機能など老化速度を測る指標はいくつかあるが、腸内環境もそのひとつとされる日が来るかもしれない。いや、もうすぐそこまで来ているはずだ。
ある種の腸内細菌がヒトの寿命のカギを握る?
さて、前述の早老症マウスの実験にはまだ続きがある。欧米の百寿者(100歳以上の人)に多いとされる腸内細菌を早老症マウスに投与したところ、やはり寿命が延びることが確認されたという。
その菌の名はアッカーマンシア・ムチニフィラ。もともとはこの菌、肥満や高血糖の人の腸には少ないことが分かっていて健康作用が期待されていたが、ここにきて寿命研究のニュースターとして注目を浴びるようになった。
さらにこの菌が寿命に関わる二次胆汁酸の生成に関わっていることも明らかになっている。ならば早い話、この腸内細菌を増やせばいつまでも若々しさを保つことができるかも!
でも、残念。アッカーマンシア・ムチニフィラは日本人の腸にはほとんど存在しないのだそう。
「ただ、日本人の百寿者の人たちの腸内では胆汁酸の新しい代謝物が見つかっています。腸内細菌の名は違っても胆汁酸を代謝する遺伝子の菌を持っていれば、健康で長生きできる可能性はあるということです」
日本独自の長寿菌に期待したい。