実行機能が高まる? eスポーツが脳にもたらす作用とは

最近よく耳にする「eスポーツ」というキーワード。ゲーム=不健康なイメージとは裏腹に、実は脳とカラダに少なからず好影響を与えるらしい。最新研究を知り、その熱に迫ろう。

取材・文/石井良 取材協力/松井崇(筑波大学体育系助教)、萩原悟一(九州産業大学人間科学部准教授)、ゲームエイジ総研、産経デジタル

初出『Tarzan』No.850・2023年2月9日発売

eスポーツで脳とカラダの機能アップ?

ビデオゲームで行う対戦をスポーツ競技として捉え、勝敗を争う「eスポーツ」。

体格や性別にかかわらず幅広い人々が切磋琢磨できる“スポーツ”として世界的に認知される。2021年に国際オリンピック委員会が『オリンピック・バーチャルシリーズ』を主催するなど注目度はうなぎ上りだ。

競技としての側面がクローズアップされるにつれ、世界中で活発化しているのが“eスポーツが人間に与える影響”を解き明かそうという動き。

「適度な時間のプレイによって、の実行機能(判断力や集中力)が高まることが分かってきました」と話すのは、eスポーツを研究する筑波大学の松井崇助教。

同じく九州産業大学の萩原悟一准教授は「eスポーツによる集中力の向上がリアルスポーツにも好影響を与える可能性があります」とさまざまな角度から仮説が立てられる。今後、日本でもさらに盛り上がるであろうeスポーツ。知れば知るほど、そのイメージが変わるはずだ。

eスポーツと呼ばれる主なゲームジャンル
格闘ゲーム 1987年に登場した『ストリートファイター』を起点に発展。1フレーム=60秒分の1秒という驚異的な単位で勝敗が決まるため、瞬発力やコマンド精度が求められる。
スポーツゲーム 『ウイニングイレブン』『実況パワフルプロ野球』『NBA』など、実際に存在するスポーツをゲームとしてプレイ。リアルな選手が実名でゲーム内に登場することも多い。
レースゲーム 乗り物を操作しタイムを競う。『グランツーリスモ』など、実在する車両やコースをリアルに再現したゲームが人気で、ゲーム出身のプロドライバーも誕生している。
FPS ファーストパーソン・シューティングゲームの略。一人称視点が特徴で、仲間と協力しながらプレイする。代表的な作品に『コール オブ デューティ』などがある。
TPS サードパーソン・シューティングゲームの略で、三人称視点のためFPSよりも広い範囲が見渡せる。『フォートナイト』などバトルロイヤル形式のゲームが人気。
RTS リアルタイムストラテジー。全てのキャラが同時に動き、進行していく戦略ゲーム。プレイヤーは第三者的な視点から指示を与える。代表作に『StarCraft』など。
MOBA 複数のプレイヤーが2つ以上のチームに分かれ、各プレイヤーはRTSの要領で仲間と協力しながら戦う。『リーグ・オブ・レジェンド』はプロシーンも活発。

脳に与える良い影響と悪い影響

ゲームの研究が行われるようになって約20年。昔から、ゲームをプレイすることで、そのゲームに必要な脳力が高まることは提唱されてきた。近年、その理由が解明されつつあるのがeスポーツ研究の現在地だ。

良い面も悪い面も知ることで、カラダに負担をかけない、健全で効率的なeスポーツ習慣につなげたい。

eスポーツのメリット

「認知スキルと集中力の向上が大きなメリット。ただ長時間プレイしすぎるのは逆効果で、1〜2時間程度の短時間高強度がベスト。また、eスポーツといえば対戦ですが、オフライン対戦においては、勝敗に関係なく、絆ホルモンとして有名なオキシトシンの分泌を高めます。絆が壊れそうになると反発する力にもなることが知られており、将来的にはチームスポーツの競技力向上に役立つかもしれません」(松井助教)

eスポーツに関するポジティブ効果検証の試み

eスポーツの実施前後でストループ課題を行ったところ、実施後の方がより速いタイムでクリア。また、同時に脳波を計測した結果、集中力の向上も見られた。萩原ほか(2020).eスポーツに関するポジティブ効果検証の試み:集中度と認知的スキルに着目して. スポーツ産業学研究、30(3).,p.p.239-246.

eスポーツのメリット

右/運動とeスポーツを3か月続けたところ、運動のみの集団に比べ、認知力が向上。左/ゲームに前向きであるほど姿勢が前のめりになり、課題の成績も良い。

eスポーツのデメリット

eスポーツは長時間プレイによる健康被害が指摘されるが、リアルなスポーツに比べて疲労感を感じにくい点が理由に挙げられる。

「カラダの疲れを自覚する前に認知能力が下がるため、パフォーマンスが下がっていることに気がつかないまま長時間プレイをしてしまう悪循環に。夜型になりやすく、睡眠時間が少なくなり依存につながることもあるため、プレイ時間の意識的な管理が必要です」(松井助教)

eスポーツのデメリット

左のグラフがカラダに感じる疲労。右が各時間における認知能力。プレイ開始1時間では認知能力が最も高まるが、その後はプレイ前よりも下がってしまう。

ゲームジャンルによっても効果は異なる

九州産業大学の萩原悟一准教授が参画する「Game Wellness Project(※現:Digital Life Alliance Project)」では、“ゲームのジャンル別に得られる効果が異なる”という仮説のもと、プレイヤーの脳活性やパフォーマンス状態を検証。

ピックアップしたのは、レーシングゲーム、リズムゲーム、サッカーゲーム。

「大学生10人に対し、それぞれ家庭用ゲーム機でプレイしてもらい、プレイ前後の変化を測定しました。その結果が下図です。リアルスポーツの選手が、向上させたい脳力に応じたゲームをトレーニングとしてプレイすることで、パフォーマンスを高めることができるかもしれません」

自分の伸ばしたいスキルに合わせてeスポーツのタイトルを選ぶ、そんな未来が訪れるかも?

レースゲーム

レースゲーム

レースゲームは、複数の課題を同時に遂行する実行機能が研ぎ澄まされ、反応力も速くなる傾向に。反応速度を必要とする球技などに役立てられる可能性がある。

リズムゲーム

リズムゲーム

リズムゲームでは、手と目の協応動作による集中力のアップと、音楽によってリラックスかつ集中した状態が作り出されることにより、フロー(極集中状態)が高まる傾向にあった。

サッカーゲーム

サッカーゲーム

アイトラッキングによって視線行動を分析。ゲームプレイ後には予測能力と俯瞰力がアップ。キャラの動きやパスコースから未来を先読みする予測能力と全体を捉える俯瞰力が向上した。

eスポーツで運動能力は上がるのか?

水泳 イメージ写真

eスポーツによって特定の脳力は向上する。では、それが実際のスポーツにどれほど影響を与えるのか? これについて、詳細な研究は世界でもまだ行われていない。しかし、これまでの実験結果から、一定の効果があるのではないかと推測できる。

「以前、水泳部の学生にレース直前のルーティンとしてスマホ版のeスポーツをプレイさせたところ、見事に自己ベストを更新したというケースがあります。ゲームをすることでリラックス状態を得たのか、それとも集中力が増したのか。詳細は分かりませんが、今後を占う興味深い結果となりました」(萩原准教授)

さらなる因果関係を明らかにすべく、検証を進めている最中だ。

eスポーツ×メタバースの可能性

eスポーツ×メタバースの可能性

仮想空間で社会生活を送れるメタバース。そこでは、eスポーツがスポーツのように親しまれる未来が来るかもしれない。

その鍵となるのが、eスポーツの“リアル感”だ。

「スポーツとeスポーツが脳に与える影響には、共通する部分と異なる部分がある。共通点を伸ばし、相違点を克服できれば、メタバースでもリアルなスポーツに匹敵する興奮や感動を生み出せるかもしれない。感覚や触覚のフィードバックなどの技術も進んでくれば、きっと面白い未来になるでしょうね」(松井助教)