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年々増え続け、現役世代の男女に多い突発性難聴は前触れなくやって来て、現代医術の限りを尽くしても、テコでもよくならなかったり、気づけば自然治癒もありうる謎だらけの難病だ。早期受診・治療開始を徹底しよう。
それは突然やって来る。何の前触れもなく、ある朝目覚めると片側の耳だけがほとんど聞こえない。起床時だけでなく、日中の忙しいさなかに始まる人もいるし、聞こえないのではなく聞こえにくい人、耳鳴りがする人、めまいがする人、それらの症状が重なる人も現れる。
発症が急で衝撃的なため、多くの患者はそれがいつ始まったかを明確に医師に伝えられる。これが年々増え続ける突発性難聴だ。
突発性難聴の重症度 | |
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グレード | 初診時の純音聴力 |
グレード1 | 40dB未満 ささやき声 |
グレード2 | 40〜60dB 静かなオフィスの中の音 |
グレード3 | 60〜90dB 普通の会話〜地下鉄の車内の音 |
グレード4 | 90dB以上 音の大きな工場の中の騒音 |
少し古いデータだが、2001年の厚生労働省の調査によると、全国の患者数は年間約3万5000人。人口100万人当たり約275人に上る計算となる。
難聴はさまざまな原因で起こる。めまい発作を繰り返すメニエール病でも起こるし、脳と耳をつなぐ聴神経(蝸牛神経と前庭神経)に腫瘍ができても起こる。細菌感染による急性中耳炎でも起こる。
このように原因がわかり、病名がつく難聴を除外し、原因がわからない突然起こる難聴をひっくるめて突発性難聴と呼んでいる。
ちなみに1973年、厚生省(当時)は特定疾患に指定している。直接生死に関わりにくくても、実は身近な難病中の難病なのだ。
とはいえ、発症した患者の年代を見ると、男女とも30歳ごろから顕著に増加し始める。そして、還暦ごろを境に漸減を始めるあたり、現役世代に特有のストレスの関与が濃厚に疑われる。
突発性難聴らしき患者が来院すると、医師はまず詳細な問診を試みる。参考になるのは過去や現在の疾患の既往歴や、発症前後の自覚症状の有無などだ。もちろん聴力検査(専門的には純音聴力検査という)も行われる。
検査が済むと、医師はどう対処するか? 現在、突発性難聴患者の多くにはステロイド剤が処方されている。それは主に内耳に循環障害(血流低下など)が起き、酸化ストレスが高じている疑いが強いからだ。
他にも血管拡張薬や代謝改善薬、神経細胞の修復に関わるビタミンB12なども用いられる。そして、この治療を受けた一定数の患者はよくなる。
しかし、原因はまだ不明で、この治療に明確なエビデンスはない。
それでも、発症したら1週間以内に、遅くとも2週間以内に、理想をいえば2日以内の受診を多くの医師は強く勧める。日が経ち症状が固定してからは回復が難しくなりがちだからだ。早期受診が勧められるのは、このためだ。
診断の結果、ステロイド剤が有効なことが多い内耳の循環障害以外にも、ウイルス感染が疑われれば抗ウイルス剤が効くケースは多いだろう。アレルギーの場合には抗アレルギー薬も効くだろう。
早期受診した患者のうち3分の1は完治し、3分の1は聞こえが少々改善し、残る3分の1は残念ながら変化なしだという。
この苦戦は諸外国でも同様で、国によっては“経過観察”、つまり何もしないことが堂々と選択肢の上位に入っていたりもするのだ。
その一方、臨床の最前線ではリハビリテーションに少しずつ成果が上がり始めている。一般的に難聴を生じると、難聴のある側の聴神経とそれから聴覚信号を受け取る大脳の聴覚野は、使われにくくなりがちだ。使われにくくなった部位はおのずと衰える。
そこで、聞こえにくくなった側の耳に集中的に音楽を聞かせる治療法が試みられ、一定の回復が見られたという。これは難聴を生じた側の耳に対応する脳の聴覚野が再活性化したためと見られる。
従来は薬物療法と安静が主だったが、聞こえにくい側の耳をどんどん使った方が機能回復につながるケースがあるようなのだ。
岡本秀彦教授(国際医療福祉大学医学部)らによる研究では、突発性難聴に通常行われるステロイド療法に音響療法を加えた患者群の方がステロイド単独療法群より聴力の回復は顕著によかった。※棒グラフの値が0に近づくほど聴力が回復していることを示す。
音響療法は約7日間、ステロイド単独療法は約10日間実施し、いずれも退院に伴い治療休止。音響療法実施群は休止3か月後も治療効果が少し遅れて出てきたと考えられる。
なお、音響療法には低音から高音まで多くの周波数を含むことからクラシック音楽を採用。実施している医療機関はまだ限られている。
とはいえ、突発性難聴に見舞われなくても、誰しも加齢に伴い聴力は低下する。また、日常的に大音量の騒音や音楽を聞き続けても聴力は低下し、一度低下した聴力は一般的には回復しない。
聴力低下の始まる出発点が、既に突発性難聴などで低レベルになっていたら、その後の進行で聴力低下は深刻なものとなるだろう。
感覚器は酷使を避け、大切に使うことで長持ちさせるべきものだ。
通勤時はイヤホンで大音量の音楽を聞き、職場でもリモート会議でイヤホンの長時間使用では、耳に休まる時間はない。耳は過度に酷使せず、怠け癖はつけないことだ。筋肉に当てはまる鉄則は、感覚器にも当てはまりそうだ。
取材・文/廣松正浩 イラストレーション/横田ユキオ 取材協力・監修/望月優一郎(目白もちづき耳鼻咽喉科院長、医学博士)
初出『Tarzan』No.845・2022年11月2日発売