自分の歯の細胞で再生医療。いつかに備える歯の細胞バンク
iPS細胞が世に出て久しく、再生医療にまつわるニュースを耳にすることも多くなった。そんな中、高い増殖能力で注目されているのが歯の中にある歯髄という組織。それを生かして、いつかの再生医療に備える“歯の細胞バンク”とやらが登場しているらしい。
取材・文/石飛カノ イラストレーション/泰間敬視 取材協力/中原貴(日本歯科大学生命歯学部発生・再生医科学講座教授)
初出『Tarzan』No.844・2022年10月20日発売
将来の再生医療に備える「歯の細胞バンク」という選択
「再生医療」と聞いてパッと思い浮かぶのが、あのiPS細胞。ざっくり言うと人の細胞に少数の因子を加えて初期化した、さまざまな細胞に分化する多能性幹細胞だ。
これとは別に人体には複数の細胞に分化する組織幹細胞が存在する。代表格は骨髄や脂肪細胞。で、実は歯の中にもこうした組織幹細胞が存在している。
「歯の中には血管や神経を含む“歯髄”という組織があります。これを取り出してシャーレやフラスコの中で培養すると、どんどん増やすことができます。骨髄細胞と同じ条件で培養すると最終的に3~4倍の勢いで増殖することが分かっています」
と言うのは日本歯科大学生命歯学部発生・再生医科学講座の中原貴教授。
2015年、大学組織で初めて創設された「歯の細胞バンク」の責任者だ。歯の細胞バンクとは歯髄から培養した細胞を冷凍保存し、将来必要になったとき再生医療を受けられるよう預かる仕組みのこと。
歯の細胞の培養の流れ
骨髄細胞に勝る増殖能力
「夢物語ではなく歯科の領域では臨床研究で結果が出ています。虫歯を除去した歯の中に歯髄細胞を移植して歯髄を再生させたり、歯周病で歯を支える歯槽骨を失った患者さんに歯根膜細胞を移植して歯周組織を再生させたり。医科の病気ではまだ動物実験レベルですが、今後は人での研究も進んでいくと考えられます」
歯の細胞による治療効果
iPS細胞は万能だが、腫瘍化のリスクが否定できない。一方、歯髄細胞は腫瘍化の報告はなく、老化して寿命が来て死んでいくという正常な軌跡を辿る。安全性が担保されているのが強み。
さて、歯髄を採取する歯は何でもいいわけではない。全国の認定医に抜歯された乳歯や親知らず、矯正などで抜歯した歯のみ受け付け可能。
費用は細胞培養料として1年目は5万5000円、2年目以降は保管料として毎年2万2000円と、非常に良心的。自分の歯髄が将来の保険となる。そんな時代の到来だ。