朝原宣治さん
教えてくれた人
あさはら・のぶはる/1972年生まれ。大学時代に100m走で10秒19の日本記録(当時)を樹立。2008年北京五輪4×100mリレーでは銀メダル獲得。引退後、2018年に競技復帰。2021年のマスターズ陸上100m走では11秒54を記録。
肩甲骨が生み出す鋭いスイング
大谷選手の打席での構えを見ていると、両腕を大きく引いていて、特に右腕は伸び切っている。左脇は空いており、手のトップの位置もかなり高いです。
当然、左の肩甲骨は背中側に引き寄せられ、逆に右の肩甲骨は外側に大きく開く。まるで弓矢を引いたような状態になっています。
おそらく最大限のパワーをバットに伝えられ、内外角の球に対応できるということであのフォームになったと思うのですが、普通の人があの構えをしてもバットの出が遅れるのでまともに打てないでしょう。素振りだけでもしんどいはずです。
ではなぜ彼があれだけ打てるかというと、肩甲骨の柔軟性と可動域の広さも大きな要因だと思います。
以前から大谷選手が腰に手を当て、肩甲骨を内旋させて両肘を前に持っていくストレッチが話題でしたが、それだけ広範囲に動かすことができ、周囲の筋肉も含めて非常に柔らかく使えるからこそ、あのトップの位置からでも速くしなやかに腕が振れ、速いスイングが生まれる。さらには、カラダも鋭く回転できるわけです。
また、腕の振りとカラダの回転のタイミングを合わせて強い打球を打つには、股関節もうまく使う必要がある。彼はコマの軸のように骨盤から動き出し、股関節に重心が乗って回転するので軸がブレず、力が逃げない。
やはり肩甲骨と股関節、両方の使い方がうまいのだと感じます。
全身を連動させたベースランニング
彼の走りは、足を強く蹴り上げないのにすごく速い。実はこれ、速く走るのに理想的なカラダの使い方なんです。
短距離走でも足を蹴りすぎると切り返しが難しくなり、回転も上がらないので細かい足さばきで走るよう意識するのですが、大谷選手はあの長い脚でそれが自然にできる。脚を振り回すのではなく、カラダの中心から脚に力を伝えられるのは、股関節をうまく使えている証拠です。
腕も小刻みに振っていますね。腕を大きく振り続けると逆に推進力の妨げになることがあるんです。
思い切り腕を振ると肩甲骨と股関節の速い動きの連動が取りづらいので、安定させることで体幹からパワーを生み出すことができる。天性の素質に加え、そうしたカラダの使い方も指導されているのではないでしょうか。
彼の走りは、下半身と腰、上半身が連動してカラダ全体がスーッと移動する。一種の古武術的なものを感じます。タイプは違いますが、長身のウサイン・ボルトもカラダの使い方がうまいから速かった。速さは筋力と連動性から生まれるんです。