パフォーマンスを左右する!? アスリートと自律神経の密接な関係

自律神経は健康の要であるだけでなく、アスリートのパフォーマンスとも大きく関わっている。運動時に筋肉、脳、メンタルにどのように作用するのかを多角的に分析。自らのトレーニングにも活かしてほしい。

取材・文/井上健二 イラストレーション/3rdeye 監修/和氣秀文(順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科教授)

初出『Tarzan』No.821・2021年10月7日発売

アスリート

血液再分配を担う自律神経

アスリートに関わる神経というと、真っ先に思い浮かぶのは、運動神経。運動の主役である筋肉(骨格筋)は、脳から延びる運動神経でコントロールされているからだ。でも、それだけではない。アスリートの体内では、自律神経も大活躍している。

「運動時には、活動中の筋肉に血液を多く配分する血液再分配が起こります。酸素とエネルギー源を届け、筋活動で生じた代謝産物を除去するため、より多くの血液が必要だからです。それを担うのが自律神経なのです」(順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科の和氣秀文教授)

安静時に、筋肉と皮膚を流れる血液量は全体の20%ほどだが、運動時には約80%に達するという。

この血液再配分以外にも、自律神経は運動と深く関わる。どんな場面でいかなる働きをするのか。そして、アスリートにとって自律神経はどのくらい大切な役割を果たすのか。詳しくチェックしよう。

「苦しい!」は自律神経が左右する

アスリートのように激しいトレーニングを続けていると疲れが溜まる。その昔は筋肉で生じる乳酸が疲労の犯人扱いされていたが、疲労のメカニズムはもっと複雑。そこには、自律神経も絡んでいる。

疲れて苦しい、辛いといった感情を「情動」と呼ぶ。情動は、簡単に言うと、強く急激な感情のことだ。この情動は、脳の扁桃体という場所で生じる。扁桃体には、ストレスに強く反応する神経細胞が集まる。

「扁桃体で“苦しい”“辛い”といった情動が起こると、交感神経が興奮します。交感神経が必要以上に活発になると、筋肉の血管が収縮して血流が滞り、代謝物質が蓄積されます。その情報が扁桃体に伝わると、“苦しい”“辛い”という情動がさらに強くなり、苦痛感が一層強まるという負のスパイラルに陥るのです」(和氣秀文教授)

扁桃体の動物実験グラフ

動物実験で扁桃体を刺激すると血圧が上昇。扁桃体で生じる情動が血圧を司る交感神経に作用することを示す。Ko Yamanaka.et al., J Physiol Sci(2018)68: 233-242

そもそも交感神経は血管を収縮させるが、運動で分泌されるアドレナリンというホルモンや代謝物などの働きで、筋肉の血管は拡張して血液循環が促される。こうした仕組みが働かない他の臓器では、交感神経で血管が縮むので、行き場を失う血液は筋肉に集まりやすい。

だが、きつい運動で交感神経が興奮しすぎると、筋肉の血管も拡張しにくくなり、代謝産物の除去が滞り、負のスパイラルにハマるのである。

平常心は自律神経のバランスがキモ

イザというときに最高の結果を残すためにも、アスリートは自律神経を味方につけるべき。交感神経と副交感神経のバランスが整うと、ベストパフォーマンスが出やすいからだ。

「副交感神経が活性化しすぎると、やる気や集中力が落ち、交感神経が活性化しすぎると、緊張や力みが生じます。両者が適度に働く“逆U字曲線”の頂点ゾーンが、最適な覚醒水準であり、パフォーマンスがもっとも高くなると期待できます」(和氣秀文教授)

アスリートの平常心は、自律神経のバランスがキモ

縦軸にパフォーマンス・成績、横軸に覚醒水準を取ると逆U字曲線を描く。交感神経と副交感神経が調和する逆U字曲線中央付近で最高の結果に。原図/和氣秀文

そこが、いわゆる平常心の在り処。自律神経のうち、交感神経の過度の緊張でいつもの動きができなくなることは多い。これはイップスの引き金でもある。

「交感神経は、筋肉内でその長さをモニターする筋紡錘に連絡するという報告がある。ストレスなどで交感神経が興奮しすぎると、筋紡錘が正しく作動せず、フォームや動きの乱れにつながることも考えられます」(和氣秀文教授)

ただし、例外もある。ウェイトリフティングや砲丸投げのように、瞬発的に大きな力を出すことが求められる競技では、交感神経が多少優位なくらいが成績は良くなりやすい。

いずれにしても、競技特性に応じ、普段から自律神経のベストなバランスを探り、それを本番で再現できる自分なりのウォーミングアップやルーティンを用意することが重要だ。

アスリートの平常心は、自律神経のバランスがキモ

競技やポジションにより、ベストな自律神経バランスが異なる。

頑張り続けられるのも自律神経のおかげ

アスリートが辛い状況に耐えて栄光を勝ち取るには、強いモチベーションが不可欠である。モチベーションと直接関わるのは、自律神経ではなく、脳内でドーパミンを分泌するドーパミン作動性ニューロン。ドーパミンは快楽物質で、ドーパミンが出るような行為は、「またあの快楽が欲しい!」と脳が強く望むので、意欲的になりやすい。

ドーパミン作動性ニューロンは、脳の中脳という場所から、やる気の中枢と称される側坐核などへドーパミンを分泌する。これが「報酬系」と言われる回路である。そう書くと自律神経とまるで関係なさそうだが、そうでもない。

マラソン選手は、疲労困憊でも前を走る選手を抜くと復活して、より上位を狙うモチベーションが湧く。

「うちの大学院生が、被験者にVR技術で抜いたり抜かれたりする映像を観てもらい調べたところ、血圧や心拍数が変化しました。それは自律神経が作用している証拠です」(和氣秀文教授)

疲労に耐えて頑張り続けた結果、ライバルより成績が上がるという成果を得たら、ドーパミンによる報酬系が強化される可能性がある。そして自律神経と関わる情動と報酬系がうまくリンクできたら、アスリートは苦しい状況下でも最後まで意欲を失わず、限界が超えられるのだ。

マラソンで1人抜くとさらにペースアップするのも自律神経が一因。

マラソンで1人抜くとさらにペースアップするのも自律神経が一因。

そもそも運動は自律神経にいいのか

オリ・パラのアスリートたちの躍動ぶりに刺激を受けて、運動を始めた人もいるだろう。そこで知りたいのは、運動が自律神経に与える影響。運動は、カラダ作りにもダイエットにも100%ポジティブなのはハッキリしているが、自律神経にはどんなインパクトを与えるのか。

「一般的には、運動習慣があると自律神経のバランスは整いやすくなります。運動でカラダを動かすときには交感神経がしっかり優位になる反面、安静時には副交感神経が優位になりやすく、より深くリラックスできるようになるのです」(和氣秀文教授)

では、どのような運動が、自律神経にはプラスなのだろう。

「基本的には、ランニングなどの有酸素運動です。たとえば、有酸素運動で高めの血圧が下がるというエビデンスがありますが、その理由の一つは、血管を収縮させて血圧を上げる交感神経の過度な活動が抑えられるからだと考えられています」(和氣秀文教授)

とはいえ、筋トレだってまったく無力というわけではない。運動不足で筋肉が衰えると、普段からカラダを十分支えられない。また、筋肉には、血液循環を助けるポンプ機能もあり、筋肉が減るとその働きも落ちる。

どちらも自律神経の負担を増やすから、筋トレで筋肉を適度に保つことも大事なのである。