
「生活が満たされていなくても、ウケたら幸福度は上がる」笑いとウェルビーイング。かけおち・青木マッチョ(前編)
笑うことは心身の健康に良いと言われています。では、日々誰かを笑わせているお笑い芸人は、自身も健やかな状態になっているのでしょうか。芸のために筋肉を鍛えることもあれば、不摂生が爆笑を生むこともある。ウェルビーイングの形は人それぞれです。本連載では放送作家の白武ときおさんが聞き手となり、芸人一人ひとりが考える「笑いとウェルビーイング」を掘り下げます。第3回のゲストはかけおちの青木マッチョさん。『ラヴィット!』で身体を張って様々な挑戦を続ける青木さんは、どんなふうにコンディションを整えているのでしょうか。
インタビュー/白武ときお 文・編集/飯田ネオ 撮影/鳥羽田幹太
Profile
青木マッチョ(あおき・まっちょ)/1995年、愛知県生まれ。2022年、トリオ「かけおち」にてプロデビュー(現在は赤木細マッチョとコンビで活動)。デッドリフト260kgの筋力を誇り、野田クリスタル主宰の「クリスタルジム」でパーソナルトレーナーを務める。ピアノ、ドラム、カリンバの演奏が得意。現在『ラヴィット!』(TBS)にゲスト出演中。
Instagram:@aoki_no_macho
目次
早い段階で先輩から飲みの誘いを受けるように。
白武ときお(以下白武)
青木さんはウェルビーイングについて、普段からどんなふうに考えていますか?
青木マッチョ(以下青木)
もともと消防士をやっていたんですけど、楽しく生きたいなと思って芸人になったんです。なので、今はどうしたらより楽しくなるか考えてます。
白武
当初考えていた楽しさには到達してるんですか?
青木
まだです。確実に消防士の時よりは楽しいですけど、だからといって思っていたところまで行けてるかといったらちょっとわからないです。
白武
傍から見ていると、ご活躍されているし楽しそうですよ。
青木
「売れてないけど、毎日芸人仲間と飲んで楽しい」という楽しさをイメージして芸人の世界に入ってきたんですけど、思ったより早くその期間が終わってしまったというか。
白武
若手の下積みの楽しさを得られなかった?
青木
そうですね。早い段階で先輩に声をかけていただくようになったので。そう言うと語弊がありますけど、もちろん嬉しいしありがたいんです。ただ、尊敬する先輩なのでもちろん気を遣いますし、同期と飲む気楽さとはまた別の楽しさなんですよね。
白武
贅沢な悩みですね。
青木
呼んでいただけるのはめちゃくちゃありがたいです。
白武
軌道に乗っているな、という実感はありますか?
青木
そうですね。ちょくちょくテレビに出させてもらえるようになったなという感じです。
びっくりするくらいちゃんとプレッシャーに負ける。
白武
最近、心身の健やかさはどんな状態ですか?
青木
そんなに良くないですね。
白武
どういったところがよろしくないですか?
青木
番組に出させてもらうことが増えて大丈夫かな?っていう緊張が常にあるので、精神的にずっと不安なんです。明日はあの番組がある、明後日はあの番組がある、どうすれば目立てるんだろう、あの先輩に初めて会うけどどうしよう、という気持ちがずっとある状態で。
白武
直近で頭をもたげている不安はありますか?
青木
明後日に大食い番組があるので、出演者とうまく絡めるのか、完食できるのか、ずっと怖いです。
白武
マッチョさんはプレッシャーを跳ねのけて活躍するタイプなのか、余裕があった方がいいパフォーマンスが出せるタイプなのか。どちらだと思いますか?
青木
ここ数年でわかったんですけど、自分はプレッシャーにめちゃくちゃ弱いです。びっくりするくらいちゃんとプレッシャーに負けるんですよね。そこをなんとかしないとなっていう感じです。
白武
でも消防士は命の危険と隣り合わせですし、もともとプレッシャーや緊張感のある現場にいたわけですよね?
青木
はい。6年間やらせてもらっていました。
白武
ということは本番には強いんじゃないですか?
青木
消防士時代も、訓練ではできても現場でめちゃくちゃ失敗してたので、プレッシャーには弱かったです。なので辞めました。
白武
なるほど。例えば『ラヴィット!』は生放送ですが、出演するようになってだいぶ経ちますよね。まだ緊張はありますか?
青木
めちゃくちゃ緊張します。出始めて1年が過ぎたんですけど、まだ全然足が震えます。治らないんだなって感じです。スポーツ系の番組は特にしんどくて、誰かと競うのが向いてないんだと思います。
メンタルが身体の大きさに現れる。
白武
緊張する現場では、メンタルと身体、どちらに影響が出やすいですか?
青木
本番になると力が出るタイプなので身体は問題ないんですけど。メンタルが弱いですね。もっと筋肉を付けないといけないなと思います。
白武
筋肉がメンタルを補強してくれる?
青木
補強してくれるはずです。自信があればプレッシャーも軽減されると思うので。
白武
トレーニングは昔からやられてるんですよね?
青木
はい。中学1年からなのでもう18年目になります。
白武
ということは、さすがにもうメンタルは育ってるんじゃないですか?
青木
全然です。自分は珍しいほうだと思います。筋トレをすると男性ホルモンが増加して自信がつくと科学的に立証されてるんですけど、自分は正直全く変わってなくて。一回検査してほしいです。
白武
では、トレーニングしている人は自信に満ちあふれている?
青木
筋肉芸人がすぐ脱ぐのはその表れだと思うんですよ。見せたい自信があるし、普通に滑っても堂々としてる方が多いイメージがある。自分にはそのメンタルはないです。もっと筋トレしないといけないのかなと思ってます。
白武
お笑いの現場で追い込まれたときはどう対処しているんですか?
青木
対処しきれずに出番を迎えることが多いので、そもそも対処出来てない気がします。プレッシャーがめっちゃかかる企画が3つぐらい同時に来たりすると、あれもこれも準備しないとって焦りながら当日を迎えることが多くて。結局余裕がないんです。正月に(安藤)なつさんと初詣に行って、「キャパを広げて、準備をしっかりして、一つひとつの笑いを納得いく形で進めていきます」って話をして、「もっと心に余裕を持つこと」という今年の目標も決めたんです。でも今のところ全然無理です。もう無理かもしれないです。
白武
いや、下半期まだあるので。
青木
盛り上げたいですけどね。自分はもともと余裕が少ないんだろうなと思います。
白武
なんとか乗り切っている?
青木
ごく稀に何かいい方向に転がることもあります。けど、ごく稀です。
白武
「うまくいかなかったな」と感じたときは、落ち込むのか、それともトレーニングで発散するのか。
青木
落ち込みます、めちゃくちゃ。トレーニングできないぐらい落ち込むので、何もできないです。なのでメンタルの状態が身体の大きさに現れます。
白武
じゃあ青木さんの身体を見て大きくなっていたら……。
青木
調子いいなって思ってください。
脚を鍛えるのを捨てて、あえて細くした。
白武
(笑)。心身ともに調子を整えるためのルーティンや習慣はありますか?
青木
初歩的な話なんですけど、睡眠なんじゃないかって思います。めっちゃ落ち込んだり病んだりしても、寝てる時間は何も考えなくていいんで、その時間をちょっと増やす。ここ数年でそう思うようになりました。
白武
最近は睡眠は?
青木
ぼちぼちですね……。去年はありがたいことに『ラヴィット!』に結構出させていだだいたので、そうなると4時起きか4時半起きが週に3〜4回。夜も先輩に飲み会に誘われるから、1〜2時まで飲んで家に帰って2時間寝て、また『ラヴィット!』に行く。そのサイクルが2日にいっぺんぐらいあってしんどかったですけど、今は悲しいことに呼ばれる機会も週1回くらいに収まってきましたので、寝られているほうだと思います。 ただ、睡眠時間を削ってでもジムには行った方がいいとも思っています。睡眠を1時間減らしたらいけたなあと思うと、めっちゃ後悔するんで。今は結構行けてますね。
白武
睡眠を取るかジムを取るか。どちらも健やかさに繋がるから難しいですね。
青木
はい。そこで毎回悩みます。ただ悩んでいるとジムに行けないまま時間が過ぎてしまうんで、悩む前に向かうことが大切です。ジムに行くのは当たり前のことだと自分に言い聞かせて、睡眠時間を削っているなんて感覚をなくすことですね。
白武
腕だけを鍛え過ぎているのは、何かこだわりがあるんですか?
青木
もともとは全身隈なくトレーニングしていたんですよ。脚も太くて、体重も110キロぐらいあって。でも芸人になったときに、ただマッチョなだけだと怖いなと思って、足を細くしたら面白体型になるかなっていうので、脚を鍛えるのを捨てて細くしたんです。肩と腕は見えやすいので集中的に鍛えました。背中は維持程度ぐらいに。
白武
でも一般的には脚の筋肉がいちばん大きいと言われてますよね?
青木
そうです。脚を鍛えていないので体重も増えづらいですし、代謝も上がらないんです。しかもジムでは脚が細い人って「チキンレッグ」ってあだ名がつけられて、カースト的にいちばん下なんですよ。とにかくいちばん最悪の身体をしているので、ジムでは恥を忍んでます。でもやっぱり仕事としては今の身体のほうがシルエットはいいんじゃないかと思うんです。
白武
脚を鍛えないことが自信の無さにも繋がっているのかもしれないですね。
青木
絶対ありますね。でも仕方ないです。
白武
人生のボリュームは、仕事が占める割合が大きいですか?
青木
はい。それでいいと思っているので全然問題ないんですけど、プライベートで楽しいとかはほぼほぼないです。
白武
プライベートの時間も作っていきたいですか?
青木
難しいですね。もっと世に出て「さすがにもう売れてるな」と思うぐらいまで行けばプライベートも作れるなと思いますけど、今が頑張り時なんじゃないかとも思うので、とにかく仕事仕事でいいのかなと思っちゃってます。
体調が悪いくらいのほうが結果が出せている。
白武
青木さんはずっと余裕や幸福感がある状態でいたいですか? それともなるべく自分を追い込んで、その姿を笑ってもらうのがいい?
青木
笑いに関してはまだ歴が浅いですけど、追い込まれているときのほうがウケやすい気がします。自分が幸せになるとハングリー精神がなくなってしまう。もともとが面白い人間ではないし、こっちから仕掛けないとダメだから、不幸でいた方がいいんだろうなっていう気持ちはあります。忙しくて彼女が作れない、部屋も狭くて駅から遠い、そういう状態を維持しないとダメなんだろうなと思ってます。
白武
彼女がいないだけじゃなく、家も狭くて駅から遠いところじゃないとダメなんですね。
青木
はい。体調も悪いくらいのほうがいいです。今までの結果を見ると、そっちのほうが良くて。『ラヴィット!』に出る前の年がやけに忙しくて、クリスタルジムでパーソナルトレーナーの仕事をして、劇場にも出番があって、ゲーム配信を毎月40時間やるってノルマがあって、お金がないから夜勤して。週に3日くらいろくに寝れない日があるのに、給料が10万円いかない。知り合いに呼ばれて飲み会に行ったら港区女子に「面白いことやって」と言われるし、バイト先でも大学生に「童貞じゃねえの」とかバカにされてずっとムカついてました。童貞じゃないのに。
白武
怒りのボルテージは今もその頃のままですか?
青木
さすがにちょっと減ってきちゃいました。もっとあの頃に近づけたい。
白武
でも、そうすると幸福度は下がりませんか?
青木
普段の生活が充実していてウケないよりは、満たされてなくてもウケたほうが全体的な幸福度は上がる気がします。
白武
それはどういう状態ですか? 笑いを浴びると何か出るんですか?
青木
何よりも嬉しいです。カッコいいとか、かわいいとか、すごいとかより、ウケたときが段違いに嬉しい。その代わりウケなかった時のダメージが段違いに重いです。それこそ今日『ラヴィット!』で歌詞を聞いて曲を当てるクイズがあって、結構答えられたんですよ。最終問題も答えて逆転して、クイズ的にはめちゃくちゃいい活躍ができたんです。でも別にウケたわけじゃないから、めっちゃモヤモヤして。ひとつもボケてないなっていうしんどさがありました。
白武
そういうときはどんな感情を持ち帰るんですか?
青木
難しい〜!と思って終わります。どうすりゃいいんだろうって。
白武
テレビじゃなく、劇場でネタがウケなかったときはどうですか?
青木
それは全然。去年の10月にトリオからコンビになったんですけど、抜けた相方が今までネタを全部書いていてかつツッコミだったんで、ネタを書けないボケが二人残っちゃった状態なんです。だから、まあウケないんですよ。
白武
今はどうしていこうという状態なんですか?
青木
今までネタを書いたことないやつがやってるからしゃあないよなっていう。ただ知名度がちょっとだけ上がっちゃったからお客さんも来てくれるので、いろんな人に今のネタを見せて、もらったアドバイスを組み込んでっていう感じですね。自分の脳にはそんなに期待してないです。
