新横綱・大の里の朝稽古に潜入。強さの秘訣は「足首の柔軟性」。

横綱昇進がかかった5月場所初日の2日前。二所ノ関部屋の朝稽古に潜入。カラダの隅々まで意識を張り巡らせ、念入りに動きや柔軟性を確認する大の里の様子を捉えました。力士やアスリートに限らず、万人にとって大切な柔軟性。こと相撲競技におけるしなやかさの重要性を探りに、綱取りに向けて快進撃を続ける大の里を直撃。「柔よく剛を制す」とは、柔道だけにあらず。類いまれな強さの秘密は、カラダの柔軟性にあり!?

取材・文/西野入智沙 撮影/深水敬介

初出『Tarzan』No.904・2025年6月5日発売

大の里
Profile

大の里泰輝(おおのさと・だいき)/2000年6月7日、石川県河北郡津幡町生まれ。アマチュア時代より輝かしい成績を残し、2023年に大相撲入り。トマトが大好きで、A判定の血糖値、尿酸値が密かな自慢。

五月場所開幕直前、二所ノ関部屋の朝稽古にて。

午前9時。ひんやりと少し肌寒い稽古場に、バチンバチンと四股を踏む音が響く。二所ノ関親方率いる二所ノ関部屋には、現在21名の力士が所属。大関・大の里を筆頭に2名の関取と幕下勢、まだ髷の結えないザンバラ頭も交ざるフレッシュな顔ぶれだ。

「力士が待ち時間なく効率的に稽古ができる環境を」と、稽古場には土俵が2面用意されている。身長192cmに長い手足、ひときわ背の高い大の里が稽古場に現れると、一瞬にして空気がピリリと締まる。

肩甲骨から背中を意識するように肩をぐるぐると回し、下半身の緊張を緩めるように腰を左右にくねらせ、股関節、足首と入念にストレッチを繰り返す大の里。四股を踏むたびに足首の角度を確認し、すり足では重心を低く保ち、目の前の敵に狙いを定めるように視線はただ一点を見つめている。立ち合いのイメージを固めているのだろうか、一つ一つの動作を丁寧に確かめながらじっくりカラダを動かしていく。

隅に立つ鉄砲柱に向かい下から大きく突き上げるように突っ張りを繰り返し、黙々と自身の課題と向き合っているようだ。と同時に、土俵でのぶつかり稽古が始まると、全体をよく観察し力士たちに声をかける場面も。

気づけば、稽古場は熱気に満ちていた。“ガツン”と力士と力士が激しくぶつかる音が響き渡り、荒々しい息遣い、言葉にならない呻き声が稽古場に充満し、まるで部屋全体が息衝いているように躍動している。そんななか、大の里は常に冷静な面持ち。左四つの形を確認する相撲の稽古を繰り返し、爽やかな汗を流すと、1時間半ほどの朝稽古を終えた。

大の里

稽古序盤、鮮やかな締め込み姿で現れ入念に四股を踏む。

稽古場の隅で、黙々と「てっぽう」に励む。

足首の柔らかさには自信あり。

「自分はカラダが硬い方だと思うんですよね。実は股割りも苦手で……」と、撮影中に、はにかんだ笑顔を見せる大の里。とはいえ、両脚を大きく開脚し、両手をついてペタンと座ってみせる姿は、凡人がやすやすとできるものではない。四股を踏むたびに隆々と浮かび上がる臀部やふくらはぎの筋肉を見ると、191kgという巨体がいかに上質な筋肉に支えられているかが見て取れる。

7歳から相撲を始め、ひたすら厳しい修練を積んできた大の里にとって、もはやその柔軟性が先天的なものであるかは確かめようがない。けれど自身の柔軟性を振り返り、意外な見解を明かしてくれた。

「小さい頃は和式のトイレが好きだったんですよね。小学校も相撲教室も古い建物だったので、ともにトイレが和式だったんです。今ではカラダがデカくなったのでさすがにもう使うことはないですが、小さい頃はずっと和式スタイル。股関節の柔軟性はそこそこだと思いますが、そのおかげか足首の柔らかさには自信があります。カラダが大きいと腰痛持ちの人も多いようですが、自分は腰痛や足首が痛くなることはほとんどないですね」

土俵際をすり足で回る大の里。

爪先を外側に向けて膝を曲げて腰を落とす「腰割り」。相撲の基本動作であり、股関節の柔軟性を向上させる重要な基本姿勢となる。

朝稽古の様子では、カラダの動き一つ一つを確認するように、入念にストレッチを繰り返す姿が印象的だった。

「壁があればカラダを伸ばしたり、意識的というより、ストレッチはもはやクセですね。特に場所中は疲労回復に注力して、ストレッチポールなどを使って背中の可動域を広げます。特に下半身に疲れが溜まるので、股関節は徹底して広げて疲労を残さないようにしています」

親方からの教え「つまらんことをどれだけ大事にできるか」。

裸と裸で激しくぶつかり合う力士たち。その肉体は脂肪ではなく筋肉の塊と表現されるほどだが、「胸の筋肉はあまりつけてはダメ」だとも。

「相撲は相手の懐に入り差し合う競技でもあるので、胸筋が張りすぎると脇が締まらなくなってしまう。その分、肩や肩甲骨の可動域は重要」なのだそう。

実は筋トレが大好きで、学生時代はウェイトトレーニングにハマっていたという大の里。しかし部屋入りを機に、それらはやめたという。

「力士も筋トレはしますが、ボディビルダーなどと違って、いくら200kgのベンチプレスを上げようが、スクワットを300回やろうが、相撲に通用するものでもない。一番大事なのは土俵の中の稽古です。相撲は何百年も前からある競技なので、先人たちが残してきたものにはやはり意味がある。親方がよく言うのは、“つまらんことをどれだけ大事にできるか”。退屈と思える日々の稽古をどれだけ丁寧に、楽しくできるかが強くなるための一番の近道。正直、つっぱりもあまり好きではないのですが、すり足、四股、てっぽうなど、地味に見える稽古こそ、一番意味がある。今は土俵の上が仕事場です。土俵での稽古でどれだけ消費し、考えられるかが大事だと気づいたんです。そして相撲をやっていて改めて思うのは、体重が重く、ただデカいだけでは勝てないということ。そのためにも、柔らかさが必要不可欠になってきます」

自身も汗を流しながら、他の力士たちの稽古もよく観察し、声をかけていた。

また相撲で重要なのは“下から上”への意識だという。

「仕切る時も、股関節を意識して膝を曲げて下に沈み込んでから上へ! という感覚ですね。そのためにも下半身の柔軟性が大事です。股関節が硬くて膝が曲げられないと、力の方向が上から下になってしまい、当たりの重さも軽減してしまう。常に下から上の意識を持って関節の可動域を大切にしています。何も考えずに四股を踏むだけだったら、何千回、何万回でもできます。ですが、一つ一つの動きを意識して向き合うことが大事だと思います。稽古は毎日同じことの繰り返しです。それこそ相撲は裸の競技なので、鏡を見ながら自分のカラダと向き合って、ちょっと張ってきたなとか、今日はどこが悪いか、どこがいいかを常に確認し、意識します」

自分のペースでやるべきことを。

大の里といえば、強烈な立ち合いからのつっぱり、体勢を崩すことなく相手の力をいなし、ぐっと腰を下ろした土俵際。パワーを引き出す柔軟性で力強い相撲を見せつける。

一方で、土俵の外では柔和な表情が印象的だ。「昔から散歩が大好き」で、気づくと2時間も歩いていることもある、と終始にこやかに話す姿は等身大の24歳(6月7日で25歳)の青年そのもの。

綱取りがかかった五月場所の直前にもかかわらず快く取材を受けてくれたが、否応なく世間の重圧を感じているのではないだろうか。

「周囲からはそういう声もたくさん聞きますが、深く考えることなく、自分のペースで自分のやるべきことをやるだけです。先のことは考えずに目の前の一番一番に集中して頑張りたいと思います。気負いはないですし、まったく昂ってもいないです。まずは最初の5日ですね。序盤がいい時は結果もついてくるので」と、実に冷静な答えが返ってきた。

「自分を過信したら絶対にダメだと思っています。常に謙虚であることを大事にしています」と、まっすぐな眼差しで語ってくれた大の里。

令和の角界を背負って立つ若き力士の活躍に、いやが上にも期待が高まる。

大の里

大の里綱取りへの道のり。

2000年

6月7日、石川県河北郡津幡町生まれ。

2007年

7歳から津幡町少年相撲教室で相撲を始める。

2013年

糸魚川市立能生中学校に相撲留学。

2019年

新潟県立海洋高等学校を経て、日本体育大学スポーツ文化学部武道教育学科に進学。

10月、大学1年時に第74回国民体育大会相撲競技成年の部で個人戦優勝。

11月、第97回全国学生相撲選手権大会で学生横綱となる。

2021年

12月、第70回全日本相撲選手権で近畿大学の神崎大河を寄り切り優勝。アマチュア横綱に。

2022年

大学4年時の7月に第11回ワールドゲームズ無差別級で金メダル、重量級で銀メダルを獲得。

10月に第77回国民体育大会相撲競技成年の部、個人戦で前回大会に続いて2連覇を達成。アマチュア横綱と合わせて大相撲の幕下10枚目格付出資格を取得。

11月、第100回全国学生相撲選手権大会個人戦で準優勝。

12月に第71回全日本相撲選手権決勝戦で日体大職員の松園大成をはたき込んで優勝。アマチュア横綱2連覇。

2023年

大相撲入りの意思を表明し、3月30日、幕下10枚目格付出で二所ノ関部屋に入門。
五月場所で初土俵。初日は大学の先輩である石崎(後の朝紅龍)に敗れるも、その後連勝して6勝1敗で初土俵場所を終える。
九月場所で新十両に昇進。初日から9連勝。

2024年

一月場所で新入幕。11勝4敗で敢闘賞の活躍。三月場所で自己最高位西前頭5枚目まで昇進。優勝争いに絡む活躍を見せ、敢闘賞と技能賞を同時に受賞。

五月場所で西小結に昇進。初日の照ノ富士戦ですくい投げにより勝利し、横綱戦初白星を獲得。さらに、千秋楽で阿炎を破り12勝目を挙げ初優勝。初の殊勲賞、2回目の技能賞の両賞を受賞。初土俵から7場所目の優勝は史上最速。

七月場所では新入幕から4場所連続での三賞受賞という数多くの快挙を成し遂げ新関脇に昇進。

九月場所、初日から11連勝の快進撃を見せ2度目の優勝。昭和以降最速となる初土俵から所要9場所での大関昇進を確実にする。

十一月場所、大関昇進を全会一致で承認し、 新大関に昇進。出世の早さに髪の伸びが追いつかず、「大銀杏の結えない、大相撲史上初とみられる“ちょんまげ大関”」が誕生。

2025年

三月場所、12勝3敗で髙安との優勝決定戦を制し、3度目の優勝を達成。