六角彩子(ベースボール5)「スポーツの力を今、 改めて感じています」

女子野球の中心選手として数々の実績を残した。その彼女が、衝撃を受けて始めたのがベースボール5だ。日本では知名度が低いこの競技を広めたいと願っている。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」〈2025年7月17日発売〉より全文掲載)

取材・文/鈴木一朗 撮影/中西祐介

初出『Tarzan』No.907・2025年7月17日発売

六角彩子 ベイスボール
Profile

六角彩子(ろっかく・あやこ)/1991年生まれ。157cm、58kg。2010年、女子野球ワールドカップで優勝、首位打者、MVPに。この年、国際野球連盟が発表した年間最優秀女子選手(MVP)に選ばれる。12年、14年、16年も日本代表として出場、優勝する。19年、ベースボール5を知り、同年WBSCの公認インストラクターになる。24年、アジアカップで初優勝。野球は茨城ゴールデンゴールズに、ベースボール5では5STARsに所属。

ベースボール5を初めてやったとき、これなら勝てると思った。

ベースボール5をご存じか? キューバのストリートで生まれたこの競技は日本ではあまり知られていないが、2017年に世界野球ソフトボール連盟(WBSC)の認定を受け、今は約80か国の人々が楽しむ。

ルールは野球と似る部分が多い。違いは、ひとつにはインフィールドが公式では18m四方のスペースで行われること。打ったボールがアウトフィールドに出ると野球ならホームランだが、ベースボール5では後方のフェンスに直接当たったり、越えたりするとアウトとなる。また、ボールは自分でトスを上げて手で打つ。守備も手で捕る。さらには男女の混合でチームが編成される。

この競技で24年のアジアカップでは選手として、25年のユースのアジアカップではコーチとして、優勝したのが六角彩子である。大会前の心境はいかなるものだったのだろう。

六角彩子 ベイスボール

「決勝前夜は正直、自信に溢れていたので楽しみしかなかったです。大会前の話になると、1、2週間前ぐらいが一番緊張します。そのときにすごくイメージをするんですよ。大会はこうやって入って、お客さんが何人ぐらいいて、試合では1打席目、どんな気持ちで入るかなとかを考える。いい場面とうまくいかなかったときもシミュレートしてみる。イメージして、意識して緊張がピークになるんです。そこから準備していく。だから、もう決戦前夜になるとすべてが整っている。あとはワクワクしかないという感じでした」

22年、日本代表チームは初めてアジアカップに挑んだ。そのときは準優勝。優勝したのはチャイニーズ・タイペイだった。六角も参加していて、それだから2度の優勝はうれしさも大きかっただろうと思ったのだが、意外な答えが返ってきた。

六角彩子 ベイスボール

「イメージ通りで勝てて、めちゃくちゃ嬉しかったですし、本当にやり切れました。ただ、私たちは世界一を目指してやっているので、アジアのチャンピオンはもちろん目指していたけど、通過点という気持ちがすごく強い。多分、他の代表メンバーもそう思っているはずなんです」

ベースボール5のワールドカップは22年から始まり、2年に1回行われる。これまで2回開催されたが、いずれも優勝はキューバ。日本は2位に甘んじている。次回大会は26年。まずここに懸けているのだ。

男女の野球では、その差が大きすぎる。

実は六角、女子野球選手としては一流中の一流である。WBSC女子野球ワールドカップ7連覇中の侍ジャパンの中心選手だった。10年の同大会では首位打者でMVP、さらには国際野球連盟が発表した年間最優秀女子選手に、日本人として初めて選ばれた。そんな彼女がベースボール5に出合ったのが19年。日本にこの競技が初めて紹介された講習会でであった。「衝撃的だった」と言う。

六角彩子 ベイスボール

「中学校の野球部では女子1人で、高校から女子野球に入っていきました。世界一にもなったけど、やっぱり男性との差、力もそうだし、環境の差もすごいし、普及度ももちろん違う。結局、勝てないなというか、難しいというのをすごく感じていたんです。その中でベースボール5を知って、講習会では野球関係者などが呼ばれていたのですが、元プロ選手たちとも一緒にやった。そしたら、これなら勝てるという感触がつかめたんです。野球は男のスポーツっていうイメージだったのが、ベースボール5は男女混合じゃなきゃいけないし、同じフィールドに立って戦える。それにすごく惹かれました」

先に示したルールからわかるが、ベースボール5では力で押し切ることができない。ホームランはアウトなのだ。またインフィールドが狭いため、捕って投げるなどの動作でよりスピードが必要とされるし、戦略も多彩となる。これなら女子でも同じ土俵に立てると、六角が感じたのも十分わかる。だが、彼女は現役の女子野球選手なのだ。ベースボール5を行うことで必然的に野球に費やす時間は減ってしまうのではないか。

六角彩子 ベイスボール

「海外では冬はバスケットで夏は野球とかは、普通じゃないですか。私も外国に行く機会が多くて、いろんな文化に触れて、日本もそれでいいんじゃないかなと思っているんです。なおかつ、ベースボール5自体が野球のトレーニングになると思って。打った球は手で捕りますから、最後までしっかり見ないと捕球できないとか。2つの競技は、通ずるところがたくさんあるんですよ」

どこでも誰でもできる。この競技のために少しでも役に立ちたい。

19年、ベースボール5と出合ってすぐ、六角はキューバへ飛ぶ。この競技を広めるため、5大陸に3人ずつの公認インストラクターを作るということになったからだ。そして、キューバで講習を受け、日本で唯一のインストラクターとなる。そこからは、普及を目的として海外へも指導しに行くようになった。

「海外では野球が盛んなのはほんのわずかな国で、みんな知らないんです。だから、マレーシアの村とかに行って一から説明して(笑)。ベースボール5って簡単にできるんですよ。すぐ試合ができちゃう。野球など道具を使う競技って難しいんです。バットには当たんないし、ピッチャーがいるとストライクが入らない。ベースボール5は、自分でトスして打つので空振りとかのミスって少ない。成功体験を得やすいので、面白がる子たちは多いですね。それに、子供は男女別々に遊ぶことが多い。ミャンマーだったかな。ベースボール5を教えた後に、男の子と女の子が一緒に遊ぶようになったって聞きました。男の子と女の子が一緒に遊ぶのをよく思わない国もあったりするんですが、競技だからやらなければしょうがない。スポーツの力を改めて感じているんですよ」

六角彩子 ベイスボール

六角は今、野球では社会人硬式野球クラブチーム〈茨城ゴールデンゴールズ〉で、ベースボール5では自身が創設した〈5STARs〉でプレイしている。そして、この2つの競技が世界で躍進できるようになるために、日々活動している。

「ベースボール5はボールだけでできるし、ちょっとスペースがあれば、どこでも誰でも始められる。だから、野球を知らない国でも、この競技の強豪になっているところはあります。すでに多くの国がやっているので、オリンピック種目になる可能性もあると思っている。それに野球に関しても、ベースボール5が入り口となって、女子選手の底上げもできそうだし、うちのチームにはハンドボールとか陸上の槍投げの選手もいる。いろんな競技の人が楽しめるし、トレーニングにもなる。だから今、この競技のために少しでも役に立てればと思っているんです」