ラッパー・BIMの原点にある、川崎生まれのピストバイク。

自転車のある暮らしは楽しい。歩くよりも早くて、自動車よりも小回りが効く。有酸素運動にもなるし、街を見る視点も増える。こだわりの愛車との生活をドキュメントする連載がスタート。​第4回はラッパーとして活躍するBIMさん。

取材・文/山田さとみ 撮影/森 健人 ヘア&メイク/kika

Profile

BIM(びむ)/ 1993年生まれ、東京・神奈川の間出身。〈THE OTOGIBANASHI’S〉、〈CreativeDrugStore〉の中心メンバー。2017年から本格的にソロ活動開始。木村カエラなど多彩なアーティストの作品や、ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』の主題歌にも参加。2024年にはミニアルバム『busy』をリリースし、ワンマンライブを開催。
HP:https://www.summit2011.net/artists/bim/
Instagram:@bim_otg

鋭くユーモラスなリリックと、温度感のあるトラック。日常をすくい取るそのセンスで、ジャンルを越境する柔軟な音楽が多くの支持を集める“ラッパーBIM”の誕生前夜には、一台の自転車の存在がある。彼の原点とも言える〈THE OTOGIBANASHI’S〉の楽曲『Pool』のMVに登場する、あの一台だ。

「高3でアメフト部を引退して、in-dたちとラップグループ〈THE OTOGIBANASHI’S〉を始めたころ、アルバイトしてお金を貯めて、この一台を買いました。それからは、自転車に乗りながらラップを考えたりしてて。その流れで、最初の作品『Pool』のMVにも出てくるんです。撮影場所には〈Above Bike Store〉のお店も使わせてもらいました」

そもそも、自転車に興味を持ったきっかけはなんだったのだろうか。

「よく行ってた洋服店の店員さんに、〈MASH SF〉を教えてもらったんです。初めて彼らの動画を観たとき、音楽がめちゃくちゃカッコよくて」

〈MASH SF〉は、サンフランシスコを拠点に活動するピストバイククルーだ。彼らが2007年に発表した映像作品は世界中に衝撃を与え、ストリートバイクシーンの価値観を一変させた。後年、BIMにもその影響が及んでいた。

「部活でちょっとしたトラブルがあって、気持ちが離れてしまい、引退を決めたんです。そのとき、音楽がいちばん好きだったけど、どうやったら専念できるかまだわからなかった。だから、サンフランシスコに自転車で走りに行きたいと本気で考えた時期もありました。ちょうど、メッセンジャーを始めた先輩や友だちがいて、僕も体力が有り余っていたので」

スポーツから音楽へ。BIMの中で、次のステップへと向かう移行期に、自転車の存在があったのだ。

「それで、〈MASH SF〉の動画をきっかけにスキッド(ピストバイクでタイヤを滑らせて止まるテクニック)ができる自転車が欲しくなって調べたら、〈Above Bike Store〉のお店が出てきて、この『Steel Era』に出会いました」

2007年に発表された映像『MASH 2007』は、サンフランシスコの急坂をノーブレーキのピストバイクで駆け抜けるライダーたちを捉えた作品。BMXやスケートボードさながらのダイナミックな表現で、都市を舞台にした自由なライディングスタイルを提示し、2000年代後半のピストバイクブームを世界的に加速させた。日本では、渋谷の自転車店〈W-BASE〉が紹介役を担い、その存在を広く知らしめた。

「Steel Era」は、〈Above Bike Store〉のオーナー・須崎真也さんが、長年の研究を経て作り上げた、こだわりのオリジナルフレーム。高校生には手が届きにくい本格的なピストバイクだが、そのときの様子を、須崎さんはこう振り返る。

「本当に、毎日のようにお店に来てましたね。どのパーツをつけるとどうなるかっていう話を、毎日コッテリやられるんですよ(笑)。展示車の前でずっとニヤニヤしてるから、その前に椅子を置いて、“お好きなだけどうぞ”って言ったこともありました。初めて会ったときから、この子には自転車の本質がちゃんと伝わるなって感じましたね」

〈Above Bike Store〉のオーナー・須崎真也さん。この日の取材は、久しぶりに乗る自転車のメンテナンスからスタート。

〈Above Bike Store〉は自転車カルチャーの発信拠点として、初心者から旅やシクロクロスを楽しむ本格派ライダーまで、実用性とスタイルのある自転車を提案している。

店内には、フレームの塗装やカスタムペイントを手がける工房〈Swamp〉を併設。熟練のペイント技術が、自転車のスタイルに新たな個性と多様性をもたらしている。

〈Surly〉、〈All-City〉、〈Ritchey〉、〈Salsa Cycles〉など、スチールフレームを中心に国内外のブランドを幅広く取り扱う。自社製ハンドメイドフレーム〈Svecluck〉、〈Mudman〉の展開もあり、用途やスタイルに応じた提案が魅力。

地元の先輩後輩でもある2人は、まるで親子みたいに自然で飾らない関係。以前、お店の忘年会で、BIMがDJとしてプレイしたこともある。

どこにお金をかけるべきか、どのパーツはあとからでも替えられるか。そんなことを毎日2人で話し合いながら、フレームサイズからオーダーした、自分だけの一台を組み上げていった。

「組んだときはホイールにこだわって、〈H PLUS SON〉のディープリム(高さがあるタイプのリム)を選びました。クランク(ペダルの回転軸)はあとで替えればいいからって、須崎さんが持っているものを譲ってくれたり。このトゥークリップ(足をペダルに固定するパーツ)もいただいたものです」

無骨なカラーリングは、磨き上げられた軽量クロモリ鋼と、精緻に施された溶接痕のコントラストを活かした、「ロウフィニッシュ」と呼ばれるクリアペイント仕上げによるもの。「この溶接の雰囲気が、川崎という町によく合うんですよね」と、BIMはいう。

〈Above Bike Store〉オリジナルの〈Starfuckers〉クランクセットは、軽量かつ高剛性、そしてシンプルで美しいデザインが特徴。シングルスピードやトラックバイク向けに設計され、無駄のないスタイルが支持されている。

組み付けのとき、当時まもなく廃盤になりそうだった〈Fujitoshi〉のストラップも、須崎さんから譲り受けた。

ブランドのアイデンティティを象徴するヘッドバッジが欠けたままだったが、この日、それを取り付け、新たな命が吹き込まれた。

Above Bike Store

●東京都町田市小川2-28-21|地図。TEL 042-850-6050。12時〜18時。水曜日休。@abovebike info@abovebike.com

※2025年4月19日に記載の現住所へ移転。掲載写真はすべて移転前の店舗。

納車された直後には、遠出をしたくて、仲間とロングツーリングに出かけたという。

「最初は、後に映像ディレクターになるHeiyuuも含めた、部活の友だちと鎌倉に行ったんです。ママチャリのやつもいたから、僕がダントツで速かったですね(笑)。日帰りで往復して、そのまま〈ラーメン二郎〉に行ったんですけど、大盛りを頼んだのに、疲れ過ぎて2口目からお腹がキツくなった(笑)」

それからしばらく、自転車はすっかり生活の一部となった。

「学校へチャリ通もしてたし、渋谷とかクラブへ行くのもぜんぶこの自転車でしたね」

作品ごとに評価を高め、いまやシーンを語るうえで欠かせない存在となったBIM。2020年にリリースした『Be feat. BOSE』のMVでは、『Pool』をセルフオマージュし、あの頃と同じ一台に再びまたがる姿を見せている。

「車を買ってから、自転車に乗る機会は減ったけど、これからも絶対に手放さないですね」

2020年リリースのミニアルバム『NOT BUSY』に収録された「Be feat. Bose」では、スチャダラパーのBoseを迎え、BIMが自身のルーツやカルチャーへのリスペクトを表現。MVの監督は、ともに自転車で鎌倉へ旅した盟友Heiyuuと、スチャダラパー作品を多く手がけてきたTakeiGoodmanが務め、〈OTOGIBANASHI’S〉の『Pool』やスチャダラパーの過去作へのオマージュが随所に散りばめられている。

〈BICYCLE SPECIFICATIONS〉

フレーム:Steel Era (Raw Finish Color)
ホイール:Mavic – Open Pro
ヘッドセット:Tange 250
ステム:Nitto – Technomic Stem
ハンドル:Nitto
グリップ:Wolf Tooth – Fat Paw Grips
ブレーキ:Dia-Compe
ブレーキレバー:Dia-Compe
クランクセット:Starfuckers – Original crank arm
サドル:Selle Italia – Flite 1990
ペダル:MKS – Sylvan Touring
トゥーストラップ:Fujitoshi
タイヤ:Continental – Gatorskin 700×23C