「世界を知るために走る、アーティストのピストバイク」YUKI(アーティスト)

自転車のある暮らしは楽しい。歩くよりも早くて、自動車よりも小回りが効く。有酸素運動にもなるし、街を見る視点も増える。こだわりの愛車との生活をドキュメントする連載。​​第3回は、アーティストのYUKIさん。

取材・文/山田さとみ 撮影/山本 仁

Profile

YUKI(ゆき)/武蔵野美術大学卒業後、グラフィックデザイナーを経て、2005年にメッセンジャーの道へ。世界各国のメッセンジャーレースで活躍し、上位入賞を重ねる。現在はYUKHINX名義で、自転車を通して見てきた景色をアート作品として表現し続けている。

全国各地で作品を展示し、国内外のアートブックフェアに出展するなど、アーティストとして精力的に活動するYUKIさん。かつては「日本一速い女性メッセンジャー」としてその名を馳せ、数々の世界大会で上位入賞を果たしてきた。

中学・高校時代はテクノミュージックにのめり込み、メディアアートを学ぶため、武蔵野美術大学へ進学。しかし、デジタルな作品づくりだけではこの世界を深く理解できないと感じ、卒業後はデザイナーとして就職するも、身体を使う仕事を求めてメッセンジャーへと転身した。

「どちらかというとオタク気質というか、学生時代は運動とは無縁で、打ち込みの音楽に夢中でした。でも、大学で卒業制作を終えたとき、ものづくりを続けていくには、もっと身体を動かして世界を知る必要があると感じたんです。高校時代によく聴いていたクラフトワークは、ロードバイクでスタジオに通い、壁に電飾を巻いた自転車を飾っていたというし、『Tour de France』というアルバムも出しています。テクノにも自転車にもミニマルな世界観があって、同じ動作を繰り返すことで没入していく感覚に共通するものがあるんだと思います」

現在のYUKIさんはレースから退き、知人の依頼に限りメッセンジャーの仕事を続けている。そして、自転車を通して見てきた風景や体験を、アート作品へと昇華させることに力を注いでいる。

作品制作のために、彼女がよく足を運ぶのが〈フォートウエノ〉。1971年に創業し、デジタル全盛のいまもプロ・アマ問わず多くの人に愛され続けている、老舗の写真現像所だ。

〈フォートウエノ〉の店主・上野利之さんいわく、自転車で訪れるお客さんも多いという。

「『その自転車いいですね』なんて、お客さん同士が話していることもありますよ。単なる写真現像所ではなく、お客さん同士が出会える場になれたらいいなと思っているんです」と、上野さん。

「写真を用いて作品をつくるときは、必ずここへ来ています。これまでカメラを何台ダメにしたかわからないし、フィルムを現像したらなにも写っていなかったなんてこともあって……(笑)。でも、そのたびに『なにが原因だったんだろう?』と親身になって一緒に考えてくれるんです。作品展を開くと、わざわざ見に来てくださるんですよ」

背中には、愛犬のモウくん(ミニチュアシュナウザー・10歳)。自転車でのおでかけが大好きで、YUKIさんがこのリュックを準備し始めると、自ら中に入って「早く行こう!」とねだる。

フォートウエノ

●東京都渋谷区東2-23-7 ヤマダビル1F|地図。TEL 03-3407-1202。平日10時〜20時、土曜日、祝日12​時~20時。日曜日休。@photoueno photo-ueno@alpha.ocn.ne.jp

作品づくりの合間に、息抜きとして訪れるのは〈Sniite〉。クリーンカップに定評のあるカフェで、駅からは少し離れているものの、なんと自転車ごと店内に入ることができる。

そんなカフェを営む神戸渉さんとYUKIさんを繋いだきっかけにも、自転車とアートの存在があった。

大きなガラスの引戸は、自転車での出入りも楽にできる。

神戸さんもかつてメッセンジャーをしており、現在も自転車で通勤し、店内に置いている。

「メッセンジャーの仕事でよく出入りしていたビルに〈ONIBUS COFFEE〉があって、スタッフの子たちと仲良くなったんです。彼らに系列店の〈ABOUT LIFE COFFEE BREWERS〉を勧められて行ってみたら、当時、神戸さんが働いていました。そこで作品の展示を2回ほどさせてもらったんです。神戸さんが〈Sniite〉をオープンさせてからは、こっちの方が家から近いし、自転車も入れるのでよく来ています。犬も連れてこられるので助かっていますね」

左/生豆の選定から、焙煎、商品パッケージ、店内の内装までとことんこだわりつつも、コーヒーは一杯500円から楽しめる。右/モウくんも、大きなソファでひと休み。

Sniite

●東京都世田谷区下馬1-56-13|地図。8時〜17時。火曜日休、不定休。@sniite_ info@sniite.com

仕事も創作も、どんなときも自転車とともに暮らすYUKIさんは、現在3台ほど所有しており、そのいずれもピストバイクだ。

「今日は、〈W-BASE〉のオリジナルブランド〈DURCUS ONE〉の《MASTER》。スピード重視のレース仕様ではなく、ストリート向けに設計されているから、街乗りには最適ですね。​​ボトムブラケットの位置が高い(地面からペダルまでの距離が長い)ので、縁石に引っかかりにくいんです。タイヤは25Cと太めを履いているから、安定感もあります」

ニューヨークを拠点に、サイクリングウェアやアクセサリーを展開する〈God & Famous〉のブランドアイコンが刻印された、チタン製ステムキャップ。

〈SWISS STOP〉のブレーキシューは、制動力だけでなくコントロール性にも優れる。雨の日も自転車で移動するYUKIさんにとって、どの愛車にも欠かせないパーツ。​​

ホイールは、メッセンジャーに定番の〈MAVIC〉《OPEN PRO》にカスタマイズ。軽量でありながら高い強度を誇り、スピードを重視するメッセンジャーに最適な仕様となっている。

ブレーキレバーは、〈KCNC〉のV6に。CNC機械加工によって精密に作られているため、超軽量でありながら耐久性が高い。頻繁にストップアンドゴーが求められる街乗りでも、その優れた性能が活きる。

〈W-BASE〉は2003年に渋谷で創業し、ストリート向けのピストバイクやBMXがまだ一般的でなかった時代から、日本のシーンを牽引してきたショップのひとつだ。ライダーのコミュニティを支え、オリジナルブランドを立ち上げるなど、独自のスタイルを築いてきた。

「2010年に〈DURCUS ONE〉が完成したとき、メッセンジャーの先輩から『〈W-BASE〉がライダーを探してるからやらないか』と声をかけられました。それまで、ピストバイクの完成車はまだ少なく、レースに出るためには競輪選手のおさがりのフレームを手に入れて、自分で組むしかなかったんです。それが大変だったから、話をいただいたときはありがたく引き受けました。それからは、レースへ行くときのサポートもしてもらっていました」

オーナーの田中元章さんは、日本人BMXライダーのパイオニアとして第一線で活躍してきた。

〈W-BASE〉では、ストリート向けのピストバイクと、BMXクルーザーが人気の二大定番。

〈ALIVE INDUSTRY〉のKenzo De Witteが手掛ける「CE」とのコラボで、ライダー比嘉ヨシヒロのシグネチャーステムが登場。各13,750円〜14,850円。

〈SDG〉のアイコンである《BEL-AIR RL》の〈W-BASE〉別注モデル。快適性とコントロール性を兼ね備える。17,600円

レジカウンターの上には中古フレームが吊るされており、少数のみ販売されている。

左:競輪車両にインスパイアされたシングルスピードバイク〈HOW I ROLL〉の《CHAMP》は、ドロップバーまたはフラットハンドルを選べる。96,800円。右:1980年代初頭の26インチBMXを受け継ぐ〈HOW I ROLL〉の《KICK IT》。オールドスクールなデザインが魅力のシンプルでリラックスしたクルーザーバイク。96,800円

W-BASE

●東京都渋谷区神宮前6-23-11 J-SIXビル1F, 2F|地図。TEL 03-5485-3235。11時〜20時。水曜日休。@wbasebicyclegarage info@w-base.com

自転車に乗り、世界の光も影も、目を逸らさずに見つめてきたYUKIさん。女性が圧倒的に少ないメッセンジャー業界で、違和感を抱くことも少なくなかったという。そうした想いを、これからもアートを通して伝えていきたいと話す。

「わたしは男になりたいわけではなく、世界がもっとジェンダーの枠にとらわれず、フラットになればいいと思っています。自転車は、言葉を交わさなくても、一緒に乗るだけで仲良くなれるコミュニケーションツール。世界大会ではレースを走り、その後みんなでビールを飲むだけで、すぐに友だちになれるんです。いまは、ZINEを作ることで、そんな場をつくれたらと考えています。これまでに国籍・人種・ジェンダーの異なる11名を紹介するZINEを2冊制作しました。本の中で、グループライドをしているような感覚を表現したくて。そうやって、アーティストとして新しい概念を提案し続け、メッセンジャーとして世界中の人に届けていきたいなと思っています」

〈BICYCLE SPECIFICATIONS〉

​​フレーム:Durcus One – Master
フォーク:Original Full Carbon
ホイール:Mavic – Open Pro
ステム:Brooklyn Machine Works – Flat Rat Stem (Hi-Polish)
ハンドル:Truvativ – Stylo
ペダル:Salt
タイヤ:Continental – Grand Prix 4000

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