

Profile
星穣(ほし・みのり)/フレンチとイタリアンのシェフとして経験を積んだ後、独立。フリーランスの料理人として、さまざまな飲食店のプロデュースに携わる。2024年2月、初の自身の店〈HOBO TACOS〉をオープン。イベント出店をはじめ、現在はメキシコ料理の普及に向けて幅広く活動している。
タコス店〈HOBO TACOS〉のオーナー、星穣さんの移動手段はいつも自転車。毎日同じ仕事場へ向かうのに、通勤ルートは決まっていない。天気のいい日は木々の香る和田堀公園を抜け、買い物があれば別の道へ。気分や天候、予定に合わせて選んでいる。
「なるべく車には乗らない人生を過ごしたいですね。車が嫌いなわけじゃなくて、守らなきゃいけないルールを増やしたくなくて。自転車のスピード感と、いつでも立ち止まれる便利さが、僕には合ってるのかな」
現在、7台もの自転車を保有しているという星さんが、その魅力に目覚めたのは小学校4年生のとき。きっかけは、井の頭通り沿いにあった自転車店で〈PEUGEOT〉のロードバイクを見たことだった。
「いつも指をくわえながら、『いいなー、大人になったら買えるのかな』と眺めていたことを、今でも鮮明に覚えています。普段、親に何かをねだることってほとんどなかったのですが、その自転車は買ってもらうことができました。それからずっと、自転車のある生活が続いていますね」
本格的に乗るようになったのは、仕事を始めてから。その職種が影響しているという。
「飲食店で働くと、帰りが終電に間に合わないことが多いんです。だったら自転車の方がいいと思ってBMXで通い始めたのですが、長距離には向かなくて。そこで〈Surly〉のクロスチェックを購入し、毎日乗るようになりました」
和田堀公園から星さんの店〈HOBO TACOS〉までは、自転車で約15分。営業は夜のみのため、すぐ近くにあるタコス仲間のタジマユウスケさんが営む〈TAJIMA TACOS〉に立ち寄り、ランチを兼ねて情報交換をすることもある。
「ここでは、よくタコスパイを頼みます。寒い時期はチャイもいいですね。この甘さが最高。タジマさんには、以前イベントで出店したときに手伝ってもらったこともあるんですよ。うちの店にもよく遊びに来てくれます」

タコスパイをはじめ、食事としてしっかり楽しめる屋台スタイルで、お腹いっぱいになるボリューム感が自慢。

飲み物メニューは季節ごとに変わる。寒い冬には甘くて温かいホットチャイが、心の奥までじんわり沁みる。
TAJIMA TACOS
●東京都杉並区和田3-50-9(Google Map)。TEL 090-2522-2798。水〜金曜日12時〜21時、土曜日11時30分〜20時、日曜日11時30分〜18時。月・火曜日休。@tajimatacos tajitacosmachine@gmail.com
腹ごしらえを済ませたら、自身の店へ。店の脇には、自転車が20台ほど停められるスペースがある。
「店の場所を決めるとき、ロードサイドは絶対条件でした。自転車好きが集まることを考えて、ある程度置けるスペースが欲しかったんです。昨年末は、中野にある自転車店〈CRUMB WORKS〉が忘年会のために貸し切りで使ってくれました」

店内には、星さんがメキシコで見つけたかわいい雑貨や、自転車や料理にまつわる本が置かれている。

メキシコ原産の蒸留酒、メスカルは40種類以上を取り揃えている。

メスカルの原料であるアガベも並ぶ。もともと植物が好きだった星さんは、その興味が高じてメスカルの世界に辿り着いた。
凝り性の星さんは、もちろん本業の料理研究にも余念がない。フレンチやイタリアンで長年キャリアを積んだ後、南米料理の魅力に引き込まれ、昨年2月に〈HOBO TACOS〉をオープン。多彩な知見を生かしたタコスは、メキシコのオリジナリティを尊重しつつも、唯一無二のメニューを展開する。
「今日のタコスは、フリホーレス(黒インゲン豆)、椎茸、カルニタス(ポーク)。メキシコの国旗をイメージして、赤・白・緑の色合いに。本国と同じ素材が手に入らないこともあるけど、僕は絶対音感みたいな感覚が舌にあって、味を再現するのが得意なんです。たとえば、カルニタスにかけたソースにはきゅうりを使っているけど、メキシコ人すら騙せるほどの仕上がりですよ」

タコスのメニューは常時8種類ほどあり、1種¥500〜。「本日のおまかせTACOS3種」は¥1,400。

北海道産のトウモロコシを使い、毎日煮るところからトルティーヤを手作りしている。

トルティーヤのプレス機は、メキシコのメルカド(市場)で買い付けたもの。

仕入れたトウモロコシは乾燥した状態。煮て、挽いて、焼けばトルティーヤに。揚げればチップスに。
毎日、25時に店を閉め、帰宅の途につくのは夜が深くなってから。遅くまで働く星さんの生活を支える一台は、大きな買い物カゴを付けた、〈GT〉のオールドマウンテンバイクだ。90年代らしいビビッドな色に一目惚れして購入したフレームを、〈Alt Cycles〉店長の羽井佐一さんに組み上げてもらった。


「〈GT〉のフレームと、荷物をたくさん運べるカーゴフォーク、それに手持ちのパーツを渡して、あとは羽井佐さんにお任せで組んでもらいました。彼がチェーンリング(チェーンを掛けるパーツ)に、ブロンズカラーを入れてくれたんですが、それを見た瞬間、〈Dark Realm〉のフロントバッグと色を合わせてくれたのがわかって、すごくうれしかったんです。自分では選ばないようなパーツを探し出してくれるから、任せる楽しさがあるんですよね」

羽井佐さんが選んだチェーンリングは、静岡の自転車店〈TOXIC WORKS〉と共同開発したナローワイド。ブロンズは〈Alt Cycles〉限定カラー。

カーゴフォークに大きなカゴを取り付け、食材の仕入れなどの買い物時に大活躍。〈Dark Realm〉のバッグは、底にパッドが挟まれており、荷物を衝撃から守ってくれる。環境に配慮したECOPAKナイロンを使用しながら、防水性が高いのもうれしいポイント。

本来は多段ギアの自転車だが、ディレイラーハンガーを破損し変速機が取り付けられなくなったため、〈White Industries〉のエキセントリックハブを使い、シングルギア化している。

フォークには、LAで出張自転車ヴィーガンタコス店〈100 Tacos〉を営むMick Weldonが、〈Salsa Cycles〉へのオマージュとしてデザインした「Tacos」のステッカーが貼られている。
〈Alt Cycles〉は中古自転車を得意とし、レストアからペイントまで幅広く対応できるオールマイティな店だ。他店では受けてもらえなかったカスタムの駆け込み寺として訪れる客が多いという。完成車も並んでいるので、専門知識がなくても安心して買い物ができる。
ALT CYCLES
●東京都杉並区本天沼2-46-8 本天沼グリーンデッキ1F(Google Map)。TEL 070-9017-6298。10時30分〜19時30分。不定休。@alt.cycles info@alt-cycles.com
数々の自転車と暮らしてきた星さんだが、新しく買い足すことは、もうあまり考えていないという。
「でも、次にリサーチのためメキシコへ行くときは、折りたたみ自転車の〈Bike Friday〉を組もうかなと考えています。向こうでは高速バスに載せて移動できるはずだから、それをうまく活用しながら旅をしたくて。あと、2年前に〈RETROTEC〉のフレームを購入して、組み立てないままずっと自転車店の店頭に吊るしてあるんですよね(笑)」
きっとこれからも、星さんの生活には自転車が欠かせない。
〈BICYCLE SPECIFICATIONS〉
フレーム:GT – Bravado
フォーク:Crust Bikes – Clydesdale Cargo Fork
ホイール:Velocity – Dyad
ヘッドセット:Chris King
ハンドル:Velo Orange – Klunker Bar
クランク:Suntour – Sakae XCE
チェーンリング:Toxic Works × Alt Cycles – Toxic NW Chainring
ハブ:(rear) White Industries – Eno Eccentric Hub
サドル:Avocet – O2 40R Air Titanium
ペダル:MKS × Blue Lug – Pambda BL Special Pedal
タイヤ:Schwalbe – (front) Big Apple, (rear) Marathon
バスケット:Wald – 139 basket