格闘技ファンを唸らす“武道”番組『明鏡止水』を知っていますか?

ケンドーコバヤシさんと岡田准一さんをMCに迎え、一流の武術家たちが集結。知られざる技を披露するNHK総合テレビの『明鏡止水』。格闘マニアたちを唸らせた番組の名場面を、番組統括プロデューサーが振り返る!

取材・文/井上健二 撮影/志村 颯

初出『Tarzan』No.899・2025年3月19日発売

武道家によるトーク番組 明鏡止水
教えてくれた人

森脇雅人(もりわき・まさと)/自らも武道を嗜み、そこで地道に築き上げた人脈を番組作りにも生かしている。武蔵の回に出演してくれた冨永彰三氏とは初任地で出会い、杖道を教わった経緯も。現在、次作に向けて鋭意準備中だ。

世界に誇る日本文化・古武術の魅力を再発見! 

アニメや和食に劣らず、海外で人気沸騰の日本文化、それが古武術。江戸時代以前の武術だ。そんな古武術を中心に武道の神髄に迫るのがNHK『明鏡止水〜武のKAMIWAZA〜』。

「僕は長年国際放送で番組制作に携わり、古武術を紹介する番組が海外で非常にウケていると肌で感じていました。一方日本では、スポーツとしては柔道や剣道に馴染みがあり、時代劇でチャンバラを見る機会はあっても、古武術に縁のない人が大半。そんな人たちに古武術の価値を再発見してもらうエンターテインメント教養番組です」

そう語るのは、番組統括プロデューサーの森脇雅人さん。これまでのアーカイブから、森脇Pが選ぶ神回を厳選。古武術の深淵なる世界に刮目せよ!

『明鏡止水〜武のKAMIWAZA〜』

一流の武術家が集結。熱いトークを展開し、秘伝の技を実演する。MCは古武術にも現代格闘技にも精通する岡田准一さんと、プロレス好きで知られるケンドーコバヤシさん。『NHKオンデマンド』で過去作数本が視聴可能。WEBサイト

一の巻 香取神道流 2021.1.8|門外不出の裏の形をテレビで初公開。

武道家によるトーク番組 明鏡止水

第1回に登場したのは現存最古の武術流派・香取神道流。日本で初めて「形」の体系を作ったといわれる。

開祖・飯篠家直は「兵法」ではなく「平法」という言葉を使い、勝つための武術ではなく平和のため、人を殺すためではなく人を活かすための後の「活人剣」の原点とも言える偉人だ。

この流派は入門時に「技を他人に見せない」「戦わない」という誓いを立てて血判を押さねばならない。その門外不出の「形」を、番組では飯篠宗家から免許皆伝をもらった達人・大竹利典らが実演してくれた。

武道家によるトーク番組 明鏡止水

香取神道流は跳躍しながらの居合で有名。スタジオには合気道、護道、天道流薙刀術の手練れも集結。

「形には表と裏があり、裏にこそ表では見せない神髄がある。実はMCの岡田さんは映画のために大竹先生の指導を受けたことがあり、香取神道流の形には表面的には誰も見抜けない裏の狙いが隠されていることを見事にひもといてくれました」

その形は洗練され、剛柔自在で、時には優しく撫でるような意外な太刀筋だった。だが!

「その狙いは首筋、脇、小手の裏など、甲冑の隙間から急所を斬り、相手の戦闘能力を奪うこと。視聴者からも驚きの声が多数寄せられました」

二の段 武蔵の剣 2022.4.16|因縁対決をリプレイ。武芸者の本能を垣間見た。

武道家によるトーク番組 明鏡止水

二刀を構える赤羽根氏と冨永氏。この回では合気道の開祖・植芝盛平のひ孫も出演した。

誰もが知る元祖二刀流の剣豪・宮本武蔵。生涯無敗といわれた武蔵を唯一破ったとも伝わる神道夢想流杖術を取り上げた。

流祖・夢想権之助は一度武蔵に敗れたのち「丸木をもって水月を知れ」という神託を受け、日本刀より約30cm長い130cm弱の樫の丸木で作った杖を使いこなす技術を磨き、ついに武蔵を破ったとの説もある。

そんな武蔵の剣と杖術のバトルを再現。武蔵が創流した円明流から赤羽根大介氏、杖術から冨永彰三氏が出演して手合わせを行った。リハーサルでは、二刀を構える赤羽根氏の小刀を、冨永氏が杖で叩き落とし、大刀を杖で払って胸を打つ「形」を確認。あくまでも「形」の中では、胸の急所を軽く打つ杖が勝つストーリーになっている。

武道家によるトーク番組 明鏡止水

「しかし本番では、冨永先生がリハ通りに杖で小刀を打ったのに、赤羽根先生が武芸者の本能で咄嗟に小刀の持ち手を締めて落とさなかった。冨永先生は極めの打ちが微妙に浅くなり、両者が緊張感を持って対峙して決着しました」

真剣勝負ゆえのハプニングだが、手合わせ後は両者が互いの実力をリスペクト。達人同士の心の交流が垣間見られた神回。

三の段 柔術温故知新 2022.11.5&武の五輪 「極めるを極める」2024.5.29|MC岡田と野獣・松本が伝説の熱戦を展開する。

武道家によるトーク番組 明鏡止水

武術の使い手・岡田さんと、女子柔道57kg級ロンドンオリンピックで金、リオ五輪で銅メダルの松本さんが「ガチ」対決した神回。

ゲストに女子柔道・金メダリストの松本薫さんが参戦したこの回。柔術でも柔道でも勝敗を決する組み手あらそいで、岡田さんと松本さんが対戦し、松本さんが足技まで繰り出す熱戦に。

「松本さんが“道着の縫い目に沿って持てば(組み手を)切られない”と言ったのに、岡田さんがあっさり切ってしまって。松本さんが“もう一回!”とおねだりして再度挑戦し、松本さんが“強い! くそ〜やってもいいですか”とムキになり、ケンコバさんが“だめです! 野獣目覚めちゃだめですよ”と割って入って収拾しました(笑)」

2年後、固め技の回で第二次岡田vs松本戦が勃発!

「岡田さんがブラジリアン柔術の技を出したら、松本さんも柔軟な動きで応戦。前回同様ヒートアップして、またしてもケンコバさんが止めてくれました」

武の五輪「二足歩行を極める」2024.5.22&武の五輪「重力を制する」2024.7.24|現代スポーツと古武術に意外な共通点アリ。

最後は、24年のパリ五輪に合わせて制作された8本シリーズから2本をピックアップ。

1本目のテーマは「歩く」。武蔵の回にも出演した赤羽根氏が、下腹に力を入れて前重心になり、膝を柔らかく緩める二刀流の立ち方を実演。武蔵の肖像画と瓜二つだった。そして名高い真田忍軍の伝統を受け継ぐ伊与久松凬氏が、武田氏配下のくノ一集団「歩き巫女」の舞うような歩きを披露した。

最終8本目は、五輪新種目のブレイキンとスポーツクライミングを解剖。跳躍系と登攀系で関連なさそうだが、ともに大事なのは動く前に完成形をイメージする能力だった。

「イメージ=心と気の働きで技を生み出す武術の奥義に通じる。考えていたらもう遅い。心→気→体を無意識に働かせる大切さは超絶技巧の現代スポーツでも古武術でも同じだったのです」

武道家によるトーク番組 明鏡止水

写真はいずれも「重力を制する」から。重力を超越する現代忍者・斉藤きよし氏。

武道家によるトーク番組 明鏡止水

重力の伝え方を伝授する日野晃氏。

武道家によるトーク番組 明鏡止水

アクロバティックで変幻自在の地躺拳。

【ケンコバ’s Best3】神業に心震え、思わず背すじが伸びるこの3本。

MC ケンコバ

番組MCのケンドーコバヤシさんは「観ているだけで姿勢が正されるような番組なので、生活習慣病とかが治る可能性すら秘めています」と、独特の表現で番組の魅力を語る。

初回からもっとも近くで達人たちを観てきた彼が選んだ傑作回はこれだ! 

●武の五輪「拳を打ち抜け」2024.6.12

「ボクシング・バンタム級、中谷潤人さん出演。日本の土壌では育ちにくいテクニックを生で観られてよかった」

●武の五輪「蹴って蹴って蹴りまくる」2024.6.5

「極真空手世界王者、八巻建志さんの出演回。渡米時のストリートファイトエピソードにゾッとしました」

「五の巻 弓馬の道・居合」2022.1.2

「めったに味わえない日本刀のすごみ、冷たさ、美しさを目の当たりにして思わず震えました」