メンテナンスという日常的実践|極私的なカラダの名著 vol.3ライター/シェフ 工藤キキ

もっとも身近でありながら、知り尽くせない自分のカラダ。ユニークな活動をする人々が夢中で読み、カラダの解像度を高めるヒントにした本とは? 連載の第3回で話を聞いたのは、ライター、シェフ、ミュージックプロデューサーの工藤キキさん。なんとインタビュー時は、コネチカットからロサンゼルスへ、マイカーでのアメリカ横断中! 期間限定のお引越しをするのだそう。病院での治療代が割高のアメリカでも役立った、自然療法の知恵が詰まった一冊と、人里離れた生活を綴る日記文学の名著について語ってもらった。

取材・文/大和佳克

Profile

工藤 キキ(くどう・きき)/ライター、シェフ、ミュージックプロデューサー。カルチャー誌でファッションやアート、サブカルチャーに関する寄稿や小説を執筆。著書に小説『姉妹7(セヴン)センセイション』、アート批評集『post no future』(すべて河出書房新社)などがある。2011年にニューヨークに拠点を移し、コロナ禍でコネチカットへ引越した。レストランへのレシピ提供や、イベント企画などで活動。2024年には料理本『KIKIのニューヨーク・ベジタリアン入門』を上梓。
Instagram:@chisonyc

頭痛がしたり、お腹の調子が悪かったり。今の季節、花粉症のアレルギー症状で鼻がぐずぐずしたり、目が痒くなったり。生きていると不本意にも起きてしまう不調は誰にでもある。そんなとき、すぐに病院で診察を受けて薬をもらう派と、ちょっとしたマイ・対処法で体のメンテナンスをする派もいるだろう。

2011年にニューヨークへ拠点を移した工藤キキさんは、アメリカに住む友人たちが、日常の不調にたいし、自分なりの自然療法的な対処法を持っていることに驚いたという。アメリカでは、病院に行くと高額の治療費がかかるため、医者の世話になる前に身近な食材を使って対処するのがスタンダードなのだとか。

オールタイムベスト

『家庭でできる 自然療法(改訂版)』
著 東城百合子 1978年(あなたと健康社)2,420円

『家庭でできる 自然療法(改訂版)』

ハードコアだけど腑に落ちる自然療法の数々。

「正直、すぐに取り入れられるかといえばそうではない項目もあるけれど、すぎなとか、桑の葉とか、昔からある植物がこう効きます、というのを読んでいると自然と頷けるというか、そうだろうなあ、と納得してしまうのがなんだか面白くて。アメリカでの生活を始めて日本語の本を読むことは減りましたが、この本は手元にあるんです。昔から読まれている有名な本ですが、かなりハードコアですよ」

著者である東城百合子は、家庭でも使える食事や手当法として「自然療法」を伝えた先駆者のような存在。自身が結核を患い、当時の化学療法では改善が見込めないどころか副作用に苦しんだ経験から、玄米を中心とした食事をスタートして治療。その効能を、料理教室や書籍を通じて草の根的に伝える栄養士となった。師事をしたのは、現代も続く「栄養士」の制度の土台を築いた栄養学者、医学博士の佐伯 矩。

さて、現代において、自然療法、植物療法、アーユルヴェーダなど、出自の違いによって呼び方は細分化しているけれど、これらに共通するのは、体と同じく自然のものを活かして体をメンテナンスをしよう、という考え方。アメリカに暮らし、ベジタリアンの食生活をする工藤さんは、ヘルスコンシャスな人々と出会う機会も多いが、自然療法は現代においても人々の日常を支えているらしい。

「年齢もあって、体の変化に注意を向ける機会がさらに増えてきました。毎日のお通じとか、女性であれば生理とか、体調の変動ってありますよね。本格的にマズイぞってときは病院に行かなきゃだけれど、そこに頼るのではなくて、体にあらわれる初期症状をしっかりと聞き取れることが、なによりも大事かなって思います。口腔環境のケアをするためにココナッツオイルプリングといったうがいをしたり、食べ過ぎとか胃の調子が優れないときはアップルサイダービネガーをくいっと飲んだり、風邪の初期にはオレガノオイルに擦りおりしたジンジャー、ライムジュースを混ぜたショットを飲んだりもします

最近読んだカラダの本

『富士日記(上)』『富士日記(中)』『富士日記(下)』
著 武田百合子 1982年(中央公論新社)940円

『富士日記(上)』『富士日記(中)』『富士日記(下)』

人里離れた暮らしの記録

夫で小説家の武田泰淳と過ごした富士山麓での生活を綴った13年間の日記は、夫の死後に刊行されたもの。

武田百合子は、今もなお、その数々の名エッセイで多くの読者の心を惹きつけているが、「小説家の妻」としてではなく、随筆家としてその名が世間に知られたのは、この『富士日記』がきっかけ。淡々と、飾りのない文章で、景色や食事、山荘を訪れる人々との交流が書かれている。

工藤さんは、世界がパンデミックに見舞われた頃に「誰もいない場所に行こう」と、夫と一緒にニューヨークからコネチカットの農村地帯へ引っ越した。周辺にこれといったレストランはないが、ローカルのファームストアの食材はとびきり美味しく、さらに自身でも菜園を始めたり、よりいっそう料理を作る機会が増えた。

「富士日記は、人里離れて暮らす自分の生活と重なる本でした。人肌恋しい感じとか、そういうことも含めて。食事のことも出てくるけれど、武田百合子さんは派手なものではなく、あっさりとした、ベーシックにおいしいものを食べている感じのひと。私は、37歳でニューヨークへ大きな引っ越しをしたけど、その当時は、身の回りのすべてのことに無関心になってしまっていて、フリーランスで自由の身だし行ってみようと場所を変えたら、いろいろなことがすっきりとしたんです。もしかしたら、その大きな引っ越しこそが、自分の体の状態を、いい方向に持っていくことだったのかもしれません」

工藤キキさんが住む、コネチカットの自宅周辺。