東洋医学の全体像を知り、真髄にも迫る。|極私的なカラダの名著Vol.1 漢方家・杉本格朗
もっとも身近でありながら、知り尽くせない自分のカラダ。ユニークな活動をする人々が夢中で読み、カラダの解像度を高めるヒントにした本とは? 連載の第1回は、漢方家・杉本格朗さんに東洋医学の精髄に迫るオールタイムベストと、あまりにもフッ軽な芸術家の身体性に驚いた最近の1冊について語ってもらいました。
取材・文/大和佳克
Profile
杉本格朗(すぎもと・かくろう)/1982年生まれ。漢方家。〈漢方杉本薬局〉代表。大学では染織や現代美術を学び、2008年に実家の杉本薬局に入る。漢方の伝統的な理論に触れ、現代の暮らしに合わせた活用法を研究。1950年創業の鎌倉市大船にある薬局で漢方相談を受けるほか、表参道の「eatrip soil」で日・木曜日(不定期)に出張相談所をオープン。著書に『鎌倉・大船の老舗薬局が教える こころ漢方』(山と渓谷社)があり、現在、新著の準備を進めている。
「からだを局部的に見るのではなく、つながりあう全体として捉える。漢方にはそんな巨視的な“からだの見方”があります」。そう話すのは、鎌倉市大船にある1950年創業の〈漢方杉本薬局〉で漢方を提案してきた杉本格朗さん。祖父の代には映画監督・小津安二郎も行きつけにしていたという歴史ある街の薬局と表参道の出張相談所を行き来して、日々、さまざまな心身の悩みに応えている。
オールタイムベスト
『漢方問答―東洋医学の世界』[新装版]
著 荒木正胤 2015年(たにぐち書店)3,300円
漢方や鍼灸に通底する東洋医学の“からだの見方”を紐解く。
漢方や鍼灸には「とっつきづらい」、「あやふや感がある」といったイメージもあるが、杉本さんにとっての名著『漢方問答―東洋医学の世界』を読み進めていくと、東洋医学のまわりにたちこめるモヤモヤが晴れていく。
こんなにもロジカルなのか。漢方の思想や歴史のポイントを分かりやすく総ざらいし、それでいて安易な簡略化はしない。難解な章やフレーズからは、まだまだ奥深い心身の世界があるのだと深淵がちらつく。
「これは入門書と専門書の中間にある1冊です。漢方や鍼灸、養生法など、東洋医学についてざっと知ることができるけれど核心にも迫っていて、浅くない。クロウトもビギナーにもちょうどいい本です。陰陽五行説、虚・実や気・血・水といった漢方の根幹をなす哲学にしっかり触れながら、話し言葉の説明がとても分かりやすい。とはいえ、難しい部分も確かにあります。でも、問答形式で質問ごとにトピックが切り替わるので、わからない部分は読み飛ばしたり、途中から読んでも楽しめるはずです」
著者である荒木正胤は、数多くの漢方研究家や薬剤士、鍼灸師を育てた漢方の大家。この本では、より広く、一般に対して東洋医学の思想を伝えるために問答の形式をとった。現代西洋医学の考え方との違い、漢方薬と民間薬の違い、東洋医学のキーワードである「気」とはなんなのか? 質問者はつねに素人目線で、単刀直入な質問を投げかける。
「あなたは陰陽という言葉を自由に使っていますが、現代の教育をうけた私どもには、まだしっくりきません。もう少し具体的にお話しくださいませんか」。こんなふうに、ときに粘り強くツッコミを入れ、ときには軽やかに合いの手を打って東洋医学を紐解く。
「漢方の“伝え方”も学べる本なので、ときどき読み返します。というのも、専門領域をある程度勉強すると、どうしても頭の中が“専門家的”になってしまう。でも、薬局に来た方に対して漢方用語を連発しても伝わらないでしょう。基礎がぎゅっと詰まった良書とは、奥深い思想や歴史をこうやって噛み砕いて話したらいいんだ、という話し方のヒントにもなる。フィジカルとメンタル、さらに自然環境など、全体のバランスで身体を捉えようとする漢方の哲学は、仕事や人間関係など、日常のレベルにも重ねられる普遍性と馴染みのよさがあります。なので、自分ごとにしやすいというか、腑に落ちるというか、納得感のある読書が楽しめると思います」
最近読んだカラダの本
『穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って』
著 村岡俊也 2023年 (新潮社) 3,630円
本格評伝が浮き彫りにするあまりにも軽やかな芸術家の身体と情熱。
杉本さんが、心身について改めて考えるきっかけになった最近の本として教えてくれたのは、意外にも画家の評伝。中園孔二は東京藝術大学在学時より注目され、初の個展は小山登美夫ギャラリーで開催するなど将来を嘱望されながらも25歳に他界した多作の画家。
複雑なレイヤー構造を持ち、見る人を迷路に誘い込ませ癒すような絵画を、筆だけでなく指や肘を使って描いた。その類まれなる芸術家としての思考とピュアネスを追いかけたのが、ノンフィクション・ライターの村岡俊也だ。
生前を知る両親、友人、恋人、教員やキュレーター、アルバイト先の店主といった関係者への丹念な取材と本人が書き残した150冊から読み解いた。
「村岡さんの文章から、中園さんの躍動的な人物像が思い浮かび上がってきます。学生時代はバスケに打ち込み、泳ぎもうまかった。美術を好きな人は運動が苦手というステレオタイプもあるけれど、そうではない。筆をコントロールする、イメージ通りに手を動かすというのはある種の身体能力なのか! と驚きました。もちろん、ひとつの物差しでは測れないですし、アスリート的な意味で運動神経がいいこととは違うけれど、芸術の創作にもフィジカル的な側面があることに気づかされました」
さらに、杉本さんはこの芸術家のからだを突き動かす“衝動”にも感銘を受けたという。友人たちと過ごしていて、突然、姿が見えなくなったと思えば、近所や林の中を歩き回って夜更けに戻ってくる。
制作の拠点も何度か移している。そんな中園の行動に周りの人々はハラハラさせられたかもしれないが、結果的には慕われる愛嬌も持ち合わせていた。
「こういう衝動は僕にもあるはずだ……と思うのですが、きっとブレーキをかけちゃうんだよなあと自分を振り返りました。中園さんは、パッションと行動力がずば抜けていて、好奇心のままからだを動かしていく。移動していっちゃう。移動しなければ見えてこないこと、からだを動かすことで揺さぶられる思考があることを知っていた人なんだと思います。僕は本を読んでいると、つい漢方とつなげて処方を思い浮かべてしまうのですが、心身のバランスという点でもすごく興味深い方で、こんな人だったらどんな処方を出そうか? とも考えてしまいました」
Information
漢方杉本薬局
杉本さんが日々店頭に立ち、相談を受けている〈漢方杉本薬局〉。ひとりひとりの心身の不調を、舌の状態や脈拍、問診によって診察し、漢方薬や健康食品を提案。ひとりひとりの症状や感じ方を大切にしているため、問診は特に丁寧に行う。予約は必須ではないが、事前予約で待ち時間なく診察できる。オンラインやLINE、メールでの相談も受け付ける。
〈漢方杉本薬局〉
●神奈川県鎌倉市大船1-25-37(Google Map)。
JR大船駅(笠間口・東口)から徒歩3分。10時~18時30分。
木・日曜日、祝日休。
HP:https://sugimoto-ph.com
出張相談所〈杉本漢方堂 Soil〉
●東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 4F 〈eatrip soil〉内(Google Map)。
日・木曜日開催。(※不定期のため、確認、予約はインスタグラムをチェック。)
Instagram:@sugimoto.ph_soil