二日酔い解消から腸内環境改善まで。漢方薬界の”ビッグ10”に注目!
100を超える漢方薬の中から、とくに秀でた能力を有す最強メンバーを選出! 漢方薬界のビッグ10を名前の由来とともに紹介。
取材・文/井上健二 取材協力/今津嘉宏(芝大門いまづクリニック院長)
初出『Tarzan』No.895・2024年1月23日発売

目次
おさえておきたい漢方薬10選。
日本で健康保険が使える漢方薬は全部で148種類ある。一人ひとりの病状や体質を表す「証」に応じて処方されるため、これだけ多くの種類が必要なのである。
トレーニング界にスクワット、デッドリフト、ベンチプレスの“ビッグ3”が存在するように、漢方薬にもとくに優れた効能を示すスターが存在している。
148から3つに絞るのはさすがに難しいから、ここでは選りすぐりの10種の漢方薬を紹介。いわば、漢方薬界のビッグ10だ。名前の由来もなかなか興味深い。セレクトしてくれたのは、年間延べ1万人以上の患者にベストな漢方薬を処方する、〈芝大門いまづクリニック〉の今津嘉宏院長。
「なかには1000年以上前に登場した処方もありますが、科学的に再検討してみると、ホルモン、腸内環境、神経伝達物質、遺伝子などに働きかけながら薬効を発揮していると分かってきました」
日本のドクターの約80%は、何らかの漢方薬を処方した経験があるとか。このビッグ10の効果・効能を頭に入れたら、病院を受診した際に「この漢方薬、僕の不調の緩和に使えませんか?」などと医師の意見を聞いてみよう。自らの治療の選択肢を広げることにもつながるはずだ。
大建中湯|腸管を元気にする処方。
30年くらい前まではあまり使われていなかったが、現在は日本でもっとも用いられている人気の漢方。
「お腹を開ける外科手術の後、腸閉塞(イレウス)が起こることがある。その予防薬として盛んに飲まれています。過敏性腸症候群にも処方されます」
大建中湯がなぜ効くかは長年謎だったが、最近になり、含有する生薬のうち、山椒に含まれるサンショオールや乾姜のショウガオールが、腸管で温感や触覚のセンサーである「TRP(トリップ)チャネル」に作用すると判明。それにより腸管を温め、アクティブな動きを引き出すのだ。TRPチャネルの発見に関しては、2021年のノーベル生理学・医学賞が贈られた。
早い人では効果は摂って5分以内に表れる。乾姜がブレンドされているため、低濃度でも効くのが特徴。生薬の膠飴は、米・小麦を煮詰め、麦芽を加えて糖化させた飴を粉末状に加工したもので、飲みやすくなる。
【生薬成分】
山椒、人参、乾姜、膠飴
【効能・効果】
冷え、腹痛、腹部膨満感
六君子湯|食欲ホルモンを活性化。寿命を延ばす作用も?
気虚(生体エネルギー不足)に用いる四君子湯と、水分の停滞に効く二陳湯を合体させたもの。生薬は全部で8種だが、「君子と呼びたい6つの生薬を含む」という名前の由来通り、最初から6番目までが主薬だ。食欲亢進作用で知られるが、そこには空腹時に胃で分泌されて食欲を高める消化管ホルモン「グレリン」が関わる。
「六君子湯はグレリンを増やすだけではなく、グレリンをキャッチする受容体の感受性を上げる“デュアルアクション”で、食欲不振を打開してくれます」
カロリー制限をすると寿命が延びることが分かっているが、そこでも六君子湯は一役買う。老化が早いマウスでは、カロリー制限による空腹でグレリンが分泌されているのに、それがうまく伝わらないグレリン抵抗性が見受けられる。六君子湯がグレリン受容体を活性化すると抵抗性がオフになり、長寿遺伝子サーチュイン1がスイッチオン。寿命延長メカニズムが作動する。
【生薬成分】
人参、白朮(蒼朮)、茯苓、半夏、陳皮、甘草、大棗、生姜
【効能・効果】
消化吸収機能を高め、食欲不振を改善して栄養状態と体力を回復させる。
補中益気湯|お腹から免疫力アップ。男性更年期にも効く。
「名称を漢文で読み下すと、“気力や元気がなくなった際、お腹の中から補う薬”という意味。その通りに効きます」
“気”の不足を補う「補気剤」の代表格で、広範な効き目から“医王湯”という別名もある。消化機能の衰えや倦怠感の改善によく効くけれど、その後の研究で明らかになったのは免疫への意外な影響。補中益気湯を服用すると、生薬のうち、甘草のグリチルリチンや人参のギンセノシドといった成分が、小腸にある「パイエル板」という免疫システムの要に働きかける。
生薬でパイエル板のスイッチが入ると、T細胞やマクロファージなどの免疫担当細胞の働きがパワーアップ。免疫力が高まるのだ。実際、新型コロナの流行時にも、補中益気湯がその予防や後遺症の軽減に役立ったという報告が相次いだ。がんの再発・転移予防にも使われる。この他、臨床では男性更年期対策や妊活にも用いられる。
【生薬成分】
人参、白朮(蒼朮)、 黄耆、当帰、陳皮、 大棗、柴胡、甘草、 生姜、升麻
【効能・効果】
体力虚弱で元気がなく、胃腸の働きが衰えて疲れやすいタイプの虚弱体質、倦怠感、衰弱、食欲不振
五苓散|水分代謝を細胞レベルでコントロールしてくれる。
漢方が重視する「気血水」のうち、血液以外の水分である“水”と深く関わるのが五苓散。カラダの60〜70%は水分だから、その配分が乱れると不調に見舞われるのは当然。五苓散は、水分の流れが滞った「水毒」をリセットする漢方薬。喉の渇きや尿量の減少を伴う脱水症状、むくみ、めまい、二日酔いなどに威力を示す。
五苓散の詳しい作用機序は次の通り。体内の水分バランスは従来、おもにナトリウムやカリウムといったイオンの行き来を介して説明されてきた。しかし、細胞膜には「アクアポリン」というタンパク質があると判明。アクアポリンが細胞内外の水の出入りを調節するうえで重要な役目を果たしていると分かった。
「アクアポリンは脳、心臓、肝臓、腎臓、大腸、筋肉とあらゆる場所に点在します。五苓散はアクアポリンの機能を正して、体内の水分バランスを整えてくれると考えられています」
【生薬成分】
沢瀉、猪苓、茯苓、蒼朮(白朮)、桂皮
【効能・効果】
喉の渇き、尿量が少ない、むくみ、めまい、二日酔い、悪寒、頭痛、腹痛
牛車腎気丸|アンチエイジング番長。筋肉も保ち、痛みを軽減。
1800年前の医学書にも登場する八味地黄丸は、別名「腎気丸」。五臓のうち“腎”を補う。そこへ牛膝、車前子という生薬を加えた処方なので、この名がある。効果は多様だが、なかでも加齢に伴う変化に強い。
腎が蓄える“腎気”は、両親から受け継ぐ生命力。加齢で衰える宿命にある。その腎気を補う牛車腎気丸は、アンチエイジング全般に有効。ことに加齢で筋肉が減少するサルコペニア(筋肉減少症)、それによるフレイル(虚弱)の回避に役立つ。牛車腎気丸は筋分解を促すTNF-αを抑え、筋合成を促すIGF-1の発現を増やすからだ。
加えて牛車腎気丸は、痛みやしびれも抑える。含有する生薬のうち、附子の成分メサコニチンなどが、脳に痛みやしびれの信号を伝える神経の過剰な働きをセーブ。鎮痛パワーを発揮するのだ。ちなみに附子とは、植物界No.1の猛毒で知られるトリカブトの根を加熱・乾燥させて無毒化したもの。
【生薬成分】
地黄、山茱萸、 山薬、沢瀉、茯苓、牡丹皮、桂皮、 附子、牛膝、 車前子
【効能・効果】
下半身の冷えやしびれ、足腰の痛み、むくみ
半夏瀉心湯|旅を愛する人の守り神。抗がん剤の副作用も抑制。
咳や痰を抑える半夏、抗炎症の黄芩、抗菌の黄連といった頼れる7種の生薬をブレンドしたもの。ストレスによる胃腸の不調によく処方される。
「ひと言で言うと、口から肛門まで続く消化管の機能を回復させます。ですから、口内炎、嘔吐、胸のつかえ、胸焼け、下痢・軟便など、幅広い効き目を示すのです。旅先で水が合わないとお腹を壊すとよく言いますから、お腹が弱く海外旅行中の胃腸トラブルを心配する患者さんには必ず処方します」
目を向けたいのは、抗がん剤の副作用を和らげる働き。たとえば、代表的な抗がん剤である塩酸イリノテカンは、副作用として下痢などの深刻な消化器症状を伴う。それを軽減する目的で、半夏瀉心湯が処方されることも多い。
この他、多くの抗がん剤で多発する口内炎の治療にも用いられている。半夏瀉心湯の生薬成分が、口内炎を悪化させる炎症や酸化を抑えるからだ。
【生薬成分】
半夏、黄芩、乾姜、人参、甘草、大棗、
【効能・効果】
胸のつかえ、腹鳴(お腹が鳴る)、下痢・軟便、口内炎、嘔吐、胸焼け
黄連解毒湯|イライラや不眠を解消。アルコール代謝も促す。
その名の通り、古くから解毒に薬効アリとされる。
「毒のように余計なものが入ると、自律神経のうち交感神経が優位になり、イライラしたりカッカしたりしがち。それで眠れなかったり、顔が赤くなったり、血圧が高くなったりします。こうした症状を鎮めるのです」
今津先生が臨床でいちばん効果を感じるのは、飲酒に関して。お酒に含まれるアルコールもカラダには毒のようなもの。黄連解毒湯は飲みすぎによる二日酔いや悪酔いに効く。ある研究では、飲酒前に服用すると、呼気中のアルコール濃度のピークが下がり、またその減少も早まったという。アルコール代謝を促し、その吸収を抑える可能性がありそう。
「飲みすぎは決してよくありませんが、二日酔い・悪酔い対策として飲み会前に黄連解毒湯を服用しておくと、翌日の体調悪化が避けられるでしょう」
暴飲暴食によるむくみには、前述の五苓散もいい。
【生薬成分】
黄連、黄芩、黄柏、山梔子
【効能・効果】
イライラ、不眠症、二日酔い、顔面紅潮、皮膚のかゆみ、高血圧
芍薬甘草湯|こむら返りの特効薬。即効性が極めて高い。
芍薬甘草湯は、筋肉の痙攣や痛みに優れた薬効を示す。とくにこむら返りの特効薬として著名。こむら返りは、ふくらはぎなど下半身で起こりやすい。健康な人でも、激しい運動後や脱水時に生じやすく、肝硬変などの慢性肝炎、血液透析、糖尿病などの患者でも起こる。
西洋医学の薬ではこむら返りに十分対処できないが、芍薬甘草湯の効き目は漢方薬に否定的なドクターも認めるほど。筋肉の収縮にはカルシウムとカリウムが関わる。芍薬のペオニフロリンがカルシウムイオンの流入を抑え、甘草のグリチルリチン酸がカリウムイオンの放出を促すことで、筋肉を弛緩させるのだ。
「漢方薬は生薬成分が少ないほど即効性も高い。芍薬甘草湯は芍薬と甘草という2種の生薬で構成されるため、服用して数分で効果が得られます」
そのスピーディな効き目を活用し、救急の現場では尿路結石などによる激痛緩和にも用いられている。
【生薬成分】
芍薬、甘草
【効能・効果】
こむら返り、筋肉痛、関節痛、胃痙攣
抑肝散|心優しい総合メンタル薬。認知症の症状も鎮める。
“肝”は肝臓ではなく、五臓で感情や自律神経などを司る中枢。“抑”は抑えるという意味でなく、適切に調整すること。抑肝散は現代風に言うなら、総合メンタル薬。脳内でセロトニン、グルタミン酸といった神経伝達物質の働きを正常化し、情動(感情)を落ち着かせる。
「以前、手術後の不安感を和らげるために抑肝散を服用してもらったら、睡眠薬より効果的でした。うちのクリニックでは本番前の緊張に弱い音楽家、受験生、アスリートなどにも処方しており、平常心で実力が出せると好評です」
いま世界的に耳目を集めるのは、高齢者などの認知症に伴うBPSD(行動・心理症状)を抑える働き。認知症になると、記憶や判断力の障害以外にも、不安、妄想、抑うつ、暴力、徘徊、多動などを伴うことがある。そんなBPSDの沈静化に抑肝散が有効という嬉しいリポートが増えているのだ。
【生薬成分】
当帰、釣藤鈎、川芎、白朮(蒼朮)、茯苓、柴胡、甘草
【効能・効果】
神経の高ぶり、イライラ、不眠、子どもの夜泣き
防風通聖散|ダイエッターの助っ人。代謝、腸内環境に効く。
評判の「痩せ薬」。痩せるメカニズムは2つある。
1つ目は代謝アップ。麻黄のエフェドリンは交感神経に働き、ノルアドレナリンの分泌を促す。このノルアドレナリンは脂肪細胞で脂肪分解を進める。同時に、ノルアドレナリンは褐色脂肪細胞にも働いて、分解した脂肪を燃焼する。また、甘草などが含む成分は、脂肪細胞がノルアドレナリンをキャッチする受容体を活性化する。
もう一つは腸内環境の改善。慢性的な炎症は肥満の元であり、炎症の背景には腸管のバリア機能が破綻し、侵入した異物の刺激で炎症が長引くことが挙げられる。防風通聖散は腸管のバリア機能を高め、炎症を抑えて太りにくい体質へ導く。
「さらに、この薬はアッカーマンシア・ムシニフィラという善玉菌を増やし、この善玉菌が代謝を上げる短鎖脂肪酸を作り、肥満解消を後押しします」
効き目が鮮やかなだけに乱用は禁物。
【生薬成分】
当帰、芍薬、川芎、山梔子、連翹、 薄荷、生姜、荊芥、防風、麻黄、大黄、芒硝、白朮、桔梗、黄芩、甘草、石膏、滑石
【効能・効果】
肥満、便秘