安心安全を支える、ボランティアスタッフ。
夜明け前の朝5時。埼玉県秩父市にある羊山公園では『FunTrails Round 秩父&奥武蔵』に出場するトレイルランナーたちが集まり、ヘッドライトで手元を照らしながらいそいそと準備を進めている。
その一角、ひときわ明るい投光器の下でなにやら訓練を行う団体がいた。山岳救助の際に使用するスケッドストレッチャーとキャリングラックによる搬送の確認を手際よく行う彼らは、救護司令、エイド救護班、応急手当ランナー(FR)、機動救護員からなる本大会における救護チームである。
「『FunTrails』では昨年から、トレイルランナーのための野外救命講習としてFAMR(First Aid Mountain Runner)という資格制度をスタートしました。救護チームはそこで資格を取得した人をはじめ、看護師、医師、救命救急員などで構成されています。登録は90名ほど。今回はそのうち46名のメンバーが参加しています」(『FunTrails』救護司令・坂本元太さん)
万が一トレイル上で事故がおきた場合、最初に傷病者と会う可能性があるのはトレイルランナーだ。街とは違い、山の中では1時間以上救助が来ないこともある。そんなときに発見者が応急手当てをできたなら、救命処置をできたなら、命を救える確率は高くなる。
救護チームが迅速に動けるよう、無線管理も徹底されている。事前に無線機の圏外エリアを調査し、そのエリア内での事故をカバーできるよう人員を配置。選手の様子を見て声がけをし、場合によっては注意喚起を行うマーシャル(コース内移動スタッフ)が、レース中に必ず選手全員と接触できる設計になっている。
「舞台がトレイルである以上、大なり小なりケガは起きます。事故を減らすには選手自身の予防とセルフレスキューへの意識を高める必要がある。FAMRで知識を得たランナーが全国各地のレースに散らばり、トレイルランニングのシーンがより盛り上がればと願っています」
5〜6年前から徐々にこうした安全対策を確立してきた『FunTrails Round 秩父&奥武蔵』が、今年記念すべき10回目を迎えた。10回大会では、これまでの30Kが50Kに変更になり、100Kに加えて100MILE(約160km)のコースが新設。
100MILEにおいては、累積標高約9,722m、制限時間はわずか32時間という厳しい条件にもかかわらず139名(全コース総勢1600名)のエントリーがあったのは、運営側の安全への取り組みや、大会をサポートしたいというボランティアスタッフあってのことだろう。
まもなくスタートを迎える会場では、日本最難関クラスのレースに挑む選手たちのボルテージが高まっていた。
ランニングチームでつくり上げるエイドステーション。
「ウエスタンステイツのようなレースをつくりたいと思っていたんです」
10周年への想いを聞かれた大会主宰者の奥宮俊祐さんは、噛み締めるようにこう答えた。
世界でもっとも伝統ある100マイルトレイルランニングレースといわれるアメリカの『Western States Endurance Run(通称:ウエスタンステイツ)』は、毎年1500人ものボランティアが集まり、20箇所以上あるエイドステーションを個性豊かに盛り上げている。
仮装で選手を楽しませるお祭りのような賑わい、選手ファーストな手厚いサポート。この文化を日本に持ち帰りたいと考えた奥宮さんは、第一回目の『FunTrails Round 秩父&奥武蔵』から各地で活動するランニングチームによるエイドステーションを導入した。
本来トレイルランニングの大会では、ボランティアを募り、集まったボランティアを当日各エイドステーションに振り分けることが多い。しかし、普段から活動をともにするランニングチームであればコミュニケーションが取りやすく、特色も出しやすい。なによりスタッフも全員トレイルランナー。選手が何を必要としていて、なにを提供すべきなのか、理解し寄り添うことができる。
『FunTrails Round 秩父&奥武蔵』のエイドステーションは全部で14箇所(100Kは9箇所、50Kは4箇所)。温かいスープ、バナナ、梅干し、菓子類といったベーシックな補給食とともに、サツマイモ饅頭、おいなり、ワインゼリー、みそポテトといったご地元の名物が楽しめる。
「トレイルランニングは旅」。そう話す奥宮さんが掲げる本大会のテーマは「完走、完食」。
無事にゴールすることも選手にとってはもちろん大事だが、美味しいものをよく食べて、最後まで楽しんでゴールしてほしいという願いも込められている。
カーボローディング祭が開かれた、大会前夜。
10周年の今回は、第一回大会ぶりに「カーボローディングパーティ」と称する前夜祭も開催された。オフィシャルパートナーである〈adidas TERREX〉のテーマカラーであるオレンジに彩られた会場には、ウエアやシューズといったギアが展示されているほか、バラエティ豊かな料理がずらりと並ぶ。
長距離を走るランナーの中には、競技1週間前からエネルギーとなるグリコーゲンの消費を抑え、3日前から糖質の摂取を高めることでグリコーゲンを体内に蓄える「カーボローディング」を実践する人も少なくない。
今回のカーボローディングパーティで提供された料理には、砂糖に比べて糖の吸収スピードが5分の1と緩やかな《パラチノース®︎》が使用され、効率的にエネルギー補給ができるようになっている。
今回レースに招待されていた〈adidas TERREX〉グローバル契約選手であるコリーン・マルコム選手とエリック・リプマ選手も、《パラチノース®︎》を使用した料理を美味しいと絶賛。トークショーではレースに勝つ方法として、「エネルギーとなる炭水化物をしっかり摂り、よく眠ること。そしてレース中は景色を楽しむこと」という具体的なアドバイスを送った。
そして長旅から無事に帰る。
秩父と奥武蔵の山々をめぐるコースは、色とりどりの落ち葉の絨毯や深い緑の竹林、武甲山のまわりを囲う雲海と表情豊かだ。
100MILEと100Kの制限時間は32時間、50Kは12時間。制限時間をめいっぱいかけて走る選手とトップ選手とではゴールまでに15時間以上の時間差が出ることもあるため、ときにシングルトラックを味わう瞬間がある。そんなとき選手たちの意識は、土を踏みしめる音と自分の呼吸に集中し、ただ静かに、自然と共存する。
はじめて日本を訪れたというエリック・リプマ選手は残念ながら数週間前の怪我によりレースに出場することはできなかったが、「あっという間に過ぎ去った故郷の秋を思いだすよ」と日本の秋の山々を満喫したようだ。
14時半を過ぎると、50Kに出場したトップ選手数人が旅から戻ってきた。コリーン・マルコム選手も見事女性2位でゴール。
「雨が降ったり晴れたりで、見てのとおり泥だらけ! 最後の10kmで2回コースをロストしてしまったけどゴールできてよかった。おまんじゅうがとても美味しかった。今までで最高のエイドステーションだったわ!」
選手たちの達成感に満ちた笑顔を見ていると、大会の裏側で奮闘する救護チーム、ボランティアスタッフ、そして奥宮さんの顔が浮かんでくる。誰もが安心して楽しめる大会。きっと奥宮さんはこの光景を思い描いていたのだろう。旅はまだまだ続く。これからも選手たちの挑戦に応える、ハードでハートフルな大会であり続けてほしいと願う。