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タンパク質と、何が同じで、どう違う?ジェーン・スーと〈味の素(株)〉社員が語るアミノ酸のこと。
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あなたの胸に隣り合わせて収まるのが、心臓と肺。その働きは生きるうえで必要不可欠であり、両者が活動を終える「心肺停止」は、高い確率で死を意味する。大切な生命維持装置である心臓と肺を深く知り、養生術を学ぶことこそ健康寿命を延ばす最善手だ。幸いなことに心臓も肺も、不調を知らせるサインをちゃんと出している。血圧や血糖値がちょっと高い、息が切れる、咳が止まらないといった症状は心臓、肺からのSOSかも。心臓と肺を守るヒントは、日々の小さな生活習慣にある。専門家に学び、心臓と肺の異変を捉え、正しく対処する知恵を身につけよう。今回は「心臓」にまつわる知識を紹介する。
大島一太(おおしま・かずたか)/心臓専門医・心臓病上級臨床医。大島医院院長、東京医科大学八王子医療センター循環器内科兼任講師。日本心臓病学会特別正会員、日本循環器学会心不全療養指導士実務部委員など併任。地域医療と高度専門医療を兼務する心臓病のスペシャリスト。
野田泰永(のだ・やすなが)/心臓専門医。サクラクリニック理事長、日本循環器学会認定専門医、医学博士。現国立国際医療研究センター病院循環器外科、現JCHO東京新宿メディカルセンター外科医長を歴任。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。
目次
それまで元気だった人が、突然バタンと倒れて命を落とす。いわゆる突然死でも、心臓が原因の心臓突然死がもっとも多い。
日本では、年間9万1498人が心臓突然死(心原性心肺機能停止)で救急搬送されて亡くなる(総務省消防庁「令和5年版 救急・救助の現況」)。
1日約250人、約6分に1人が倒れて亡くなっている計算。あなたが電車で1時間かけて通勤している間に、日本のどこかでおよそ10人が心臓突然死しているのだ。
心臓突然死の多くは、心室細動という不整脈で起こる。心臓を動かす電気系統に異変が発生。心臓から血液を送り出す心室にブルブルと細かく震える細動が生じ、血液を拍出できなくなるのだ。
「心室細動を発症すると3秒で意識がなくなり、心臓が止まって倒れて死に至ります」(心臓専門医・心臓病上級臨床医の大島一太医師)
心室細動で倒れると、1分ごとに約10%の割合で助かる確率が減っていく。倒れた人を見かけたら、まずは119番通報。AED(自動体外式除細動器)の使い方や心臓マッサージを学んでおけば、救急車が到着するまでにサポートも可能だ。
パンデミック(感染爆発)とは、新型コロナで広まった言葉。コロナも現在進行形だが、感染症以外で起こっているパンデミックがある。それが「心不全パンデミック」。
「心不全の患者は増え続けており、2030年には130万人を突破。100万人ともいわれるがん患者を抜くという予測もあります」(心臓専門医の野田泰永医師)
心不全とは、心臓の不具合でポンプ機能が落ち、全身に必要な血液を供給できなくなる状態。急性と慢性がある。
急性心不全は、心臓突然死を招く心室細動のように、急に心臓の働きが悪くなる。慢性心不全は心臓が少し悪い状況がじわじわ続くものであり、パンデミックの主役だ。
「慢性心不全の半分は、心臓の収縮力は保たれているのに、うまく拡張できない“ヘフペフ”というタイプ。自覚症状はほぼありません。高血圧や糖尿病があるだけでも、心不全のとば口に立っている。そう考えて、これらの改善に努めましょう」(野田医師)
高血圧や糖尿病を抱える40〜50代は多い。それを放置すると心不全が静かに進行。これから老後を満喫しようという時期に心不全の発作で倒れる…なんて悲劇は避けよう。
新潟県佐渡市の心不全罹患率を基に推定したもの。ここ20年増え続け、2030年には罹患者数は130万人を超えると考えられる。
出典/Okura Y et al. Circ J 2008; 72: 489-491
急性心不全で多く見受けられるのが、心筋梗塞。心室細動を併発しやすく、その4割が心臓突然死につながる。発作を起こして倒れる前に、いち早く兆候を捉えて治療したい。
その貴重な前兆が、狭心症。
心筋梗塞では、心臓を養う冠動脈が完全に詰まってしまうが、狭心症では冠動脈の一部のみが詰まっているギリギリの状況。首の皮一枚で、なんとか命脈を保っている。
「狭心症のサインは、胸の苦しさを“このあたりが痛い”と手のひら(パー)で広く示すこと。ピンポイントに指で示せるのは、筋肉や神経などが主因の表在性が多く、パーで示す広い胸の痛みは深部性で狭心症の可能性が高い」(大島医師)
困ったことに健康診断や人間ドックの心電図では、狭心症の有無はわからない。ずっとA判定でも、狭心症を見逃すと将来心筋梗塞を招く。
「階段を上ったり、重たい荷物を持ったりする労作時(運動時)など、心臓にある程度負荷が加わったときに狭心症は現れる。だから安静時に心電図を記録してもわからないのです。
動いたときにパーで示したくなる痛みがあるなら狭心症を疑い、病院で精密検査を受けてください」(大島医師)
日本人の死因の4位は脳梗塞などの脳卒中。その源流を辿ると、心臓に至るケースも多い。
心室細動という不整脈が心臓突然死をもたらすとしたら、心臓由来の脳卒中を招くのは心房細動。心臓で血液を受け取る心房が、小刻みに震える不整脈だ。その間、血液が停滞するため、血栓という血の塊が生じやすい。
それが血管を通って脳へと飛び火し、脳を養う血管を詰まらせると脳梗塞(心原性脳塞栓症)が起こる。その場合、脳内で生じた血栓が詰まる脳梗塞より広範囲に影響が及び、病状はより深刻になる。
心房細動の誘因は高血圧、過度の飲酒、弁膜症、ストレスなどなど。高血圧は国民病だし、左党も多いし、ストレスがない人はいない。そう考えると誰にでも心房細動の恐れはあるが、ことに見逃してならないのは、突然始まり突然終わる「スイッチオン・オフ型」の動悸だ。
「動悸の始まりを見極めるのは難しいので、スイッチオン・オフ型かどうかは終わりに注目するべき。一般に不整脈でない通常の動悸はゆるやかに治まるのに、心房細動の動悸は突然ピタッと終わる。それが危険信号なのです」(大島医師)
取材・文/井上健二 取材協力・監修/野田泰永(サクラクリニック理事長)、大島一太(大島医院院長、東京医科大学八王子医療センター循環器内科兼任講師)
初出『Tarzan』No.886・2024年8月22日発売