経済損失は2兆円!? ツラい頭痛のメカニズムと意外な原因
頭がズキズキすることだけが頭痛と定義づけているなら大間違い。「頭がスッキリしない」のも、実は頭痛かも。日本人の3人に1人は頭痛持ちといわれるほど身近で、国民病ともいえるのに、なぜか「たかが」と軽視されがちだ。今回は、既に自覚している人も、無自覚な人にもタメになる、頭痛を知って上手に付き合う方法を徹底解剖していく。
取材・文/板倉みきこ 撮影/内田紘倫 イラストレーション/うえむらのぶこ 監修・取材協力/丹羽 潔 取材協力/頭痛ーる(提供元/ベルシステム24)
初出『Tarzan』No.879・2024年5月9日発売
丹羽潔先生
教えてくれた人
にわ・きよし 〈東京頭痛クリニック〉理事長、頭痛外来のある〈にわファミリークリニック〉院長。日本頭痛学会専門医、日本神経学会専門医、日本脳卒中学会専門医など。指導医として後進も育成。著書は『最新 頭痛の治し方大全』。
目次
4000万人、日本人の3人に1人は頭痛持ち
日本人のおよそ3人に1人は慢性頭痛に悩んでいる、という事実を知れば、ゆゆしき国民病の一つとして見過ごせないはずだ。
『国際頭痛分類第3版』では、現在分かっているだけで367種類の頭痛が認定されている。「頭痛なんて自分には関係ない」と考えている人も、思い当たる症状があれば実は隠れた頭痛持ちかもしれないのだ。
「これだけ身近で、かつ深刻な悩みにもかかわらず、死に至るような病ではないせいか、病院できちんとした診察や専門の治療を受けている人は多くないのが実情です」と、日本初の頭痛専門クリニック〈東京頭痛クリニック〉の理事長で、自身も頭痛持ちの医師・丹羽潔先生。頭痛に対する無頓着と無知は、自身のQOLを大きく下げてしまうと警鐘を鳴らす。
「なす術なく痛みに身を任せるしかない状態を卒業するには、頭痛のメカニズムと予防策、対処法を知ることが大事です」
たかが頭痛ではない。その支障は甚大
痛みを客観的に数値化できないため、その苦しみは当事者以外にはなかなか理解されにくいもの。
「私は3種類の頭痛を併合して持っているのですが、本当にひどい時は、片側の目がえぐられるように激しく痛み、痛すぎてじっとしていられないほどです」
頭痛の波が去った後は、痛みの激しさから解放された脱力感で、しばし動けなくなるという。当事者の苦痛やストレスの甚大さは、頭痛持ちでない人には想像がつかない。そこで、下の表を見てほしい。
頭痛の一種「片頭痛」の重症患者の日常生活へのマイナス影響は、失明よりも支障度が大きく、認知症や四肢麻痺と同レベル。そこまで重症でなくても、一旦発症すれば、痛みが過ぎ去るのを待つしかない慢性頭痛が、日常生活に暗い影を落とすものなのだ。
「会社の同僚や部下、パートナーが痛みを訴えている時は、どれほどツラいことなのか理解することも必要でしょう」
22の疾病における日常生活に対する支障の重症度
支障度7とは、自力では生活できないレベルと同様。ひどい頭痛が発症している間は、寝たきりに近い状態と考えるのが妥当。中程度、軽度の頭痛が生活にもたらす影響も軽視できない。
日本の経済損失は約2兆円
命にかかわらない頭痛は個人で解決するべき問題、とは言えなくなる。そんなデータがある。「片頭痛」を抱えている人のおよそ4%が、頭痛が起こるたびに「いつも寝込む」、30%が「時々寝込む」と答えている。さらに「寝込まないが支障大」と答えた人は40%に上る。つまり、頭痛が始まれば、約7割の人が日常生活が手につかなくなるワケだ。
いつ発症するとも知れず、またどれだけ続くかわからない痛みになす術もない頭痛持ちの人々。日常生活に支障をきたすだけでなく、本来のパフォーマンスを発揮できなくなるので、仕事の生産性や効率が下がっていくのは自明の理。
「ある試算によれば、慢性頭痛が及ぼす経済損失はアメリカで年間約1300億ドル(約19・5兆円)とされます。この計算式を日本に当てはめると、年間約2兆円。産業や経済への影響も甚大で、頭痛対策は国民全体で講じなければならない問題かもしれません」
首こりに悩む男性は頭痛予備軍かも
頭が痛い、と訴えるのは圧倒的に女性が多い。それは確かに正解。10代から毎月の女性ホルモンの変動が心身に影響を及ぼす女性は、本来自分のカラダや痛みにセンシティブ。対して男性は、自分の心身の変化に無頓着になりやすい傾向がある。下のグラフは厚生労働省の調査結果。身体にいわゆる不調を感じる人の数を男女別に聞いたもので、女性は5位に頭痛がランクインしているが、男性には頭痛が見当たらない。
「頭痛はズキズキ痛むもの、という固定観念があるのかもしれません。なんとなく重い、スッキリしない、いわゆる頭重感も頭痛の一種です。男性で肩や首の凝りを訴える人も多いのですが、筋肉の凝りは頭痛をもたらす大きな原因。もしかしたら自覚がないだけで頭痛持ちなのかもしれません」
肩や首の凝りは、慢性的な睡眠不足や自律神経の乱れにもつながり、逆もまた然り。今回紹介する頭痛対策は、凝り解消にも役立つ。
男女別カラダに感じる不調
3年おきに実施される厚生労働省の「国民生活基礎調査」の最新版(2022年)。複数回答で女性の方が症状(不調)を自覚している人が多い結果に。男女ともに腰痛、肩こりが1位と2位。
男性の頭痛も増加中
予備軍だけでなく、昨今実際に頭痛を自覚する男性も増えている。
気圧等の予報による体調管理アプリ『頭痛ーる』(詳細は記事下)は、先んじて気象による頭痛に着目し、累計ダウンロード数は1600万。主に女性に支持されてきたが、運営元によると、男性の登録や閲覧もここ3年ほどで増加しているという。
「パソコンやスマホの長時間使用などの影響もあり、男女ともに頭痛持ちの母数自体が大きくなっていると感じます。生活環境が快適になったことで、逆に些細な変化や不具合に過敏な人も増えている。増加したストレスに脳が反応し、頻繁に頭痛を引き起こす可能性もあります」と丹羽先生は危惧。
女性ほどではなくとも、ホルモンバランスの乱れや体調の変化はもちろん男性にも起こる。多忙な社会生活でのストレスがもたらす筋肉の凝りも、見過ごせない頭痛要因だ。これ以上のQOLの低下を防ぐべく、頭痛との付き合い方を学んでいこう。
そもそもなぜ、頭が痛くなるのか
頭痛には、原因が見つからないのに繰り返し起こる一次性頭痛、そして、おもに脳の病気が原因で起こる二次性頭痛がある。ここでは、国民病として問題になる一次性頭痛について探っていこう。
定義として、頭部にある頭皮や脳を覆う膜、脳に繫がる神経や血管、筋肉などさまざまな組織のいずれかが、圧迫や炎症による刺激を受けた時に頭痛は発生する。
「しかし頭痛のメカニズムは現時点で100%解明されているわけではありません。3大頭痛と呼ばれる、緊張型頭痛、片頭痛、群発頭痛のメカニズムもそれぞれ異なり、発生する原因は個人によって千差万別です」
知っておきたいのは、刺激を良くないものと捉え、痛みの感覚を生んでいるのは脳だということ。
「頭痛持ちの人は刺激や変化に脳が敏感という傾向もあります。疲労が蓄積したり、自律神経のバランスが乱れるとより刺激に敏感になり痛みが発生しやすいのです」
下図のように一日、一年を通して頭痛のリスクがあり、対策しなければそれらはループする。要因を極力減らし、脳を刺激しない暮らし方、過剰なストレスや急激な変化を避け、脳が穏やかでいられる生活を目指そう。
一日の頭痛リスク
頭痛をコントロールする上で大切なのは、生活リズムを一定にして、自律神経のバランスを乱さないこと。平日だけでなく、休日も一定のリズムを保つように心がけるのが理想だ。
通年の頭痛リスク
四季のある日本では、気圧・気温・湿度の変化が頭痛持ちにとっては悩みのタネになる。痛みが起きやすい季節は人によって異なるので、自分のパターンを知り、対策を練るのが得策。
最近増えている新しい頭痛要因もあり
典型的な頭痛のほか、近年では新しい頭痛のタイプも増えてきた。
「頭痛を引き起こす原因は千差万別。増えてきた、というより認識されるようになってきた、というほうが正しいかもしれません」
コロナ禍以降、診療の現場では「ストレスで頭痛が悪化した」と訴える人も増えているそうだ。
「不安や恐怖心に苛まれていると、それらの感情をコントロールしてくれる神経伝達物質・セロトニンが消費され、次第に不足してしまいます。すると、痛みに関与するセロトニンも足りなくなり、頭痛が引き起こされてしまうのです」
また、気候や気圧の変化が引き起こす「天気痛」は、今や多くの人が知るホットワードに。
「さまざまな物質や行動が誘因となって引き起こされるので、“こんなものも?”という意外なものもあるでしょう。自分の頭痛発生パターンを知って対策し、今より快適な生活を手に入れましょう」
要因① マスク
引き金は血管拡張と筋肉への紐の圧迫
コロナ禍を経て、マスク生活による頭痛を訴える人も。
「自分の呼気は強力な血管拡張作用がある二酸化炭素を多く含む空気です。マスク着用によってそれを再吸入することで拍動性の片頭痛が起こります。また、マスクの紐で側頭筋や咬筋、胸鎖乳突筋に負荷がかかって首こりや肩こりが生まれ、頭痛に繫がることも」
暑い時期にはマスクによるカラダへの負担が増すことで熱中症のリスクも高まり、頭痛を伴う症状が出てくるので注意が必要だ。
要因② 気象
天気予報よりも敏感。気圧の変化で痛み勃発!
気圧や湿度など気象の変化を敏感に察知し、頭痛や肩こり、めまいなどを発症する人も増えてきた。いわゆる「天気痛」だ。
「低気圧が来る前に不調を訴える人が多いので、気圧の低さが関係していると思われるかもしれませんが、数値そのものではなく、気圧の変化で起きているのです。飛行機搭乗時、気圧の変化で頭痛が起きるのと同じメカニズムです」
また高湿度も頭痛を引き起こす大きな原因。便利な気象病アプリなどを利用し、対策を練ろう。
『頭痛ーる』
気圧グラフで数日間の頭痛の発生を予報。記録も可能。WEBサイト
要因③ SEX
性行為中も油断大敵。興奮しすぎがアダになる
性行為が原因の頭痛もあり残念ながら比率は圧倒的に男性に多い。
「オーガズム直前、またはオーガズムに伴う血圧の急上昇による血管拡張が引き金になり、突然頭が割れるように痛くなる頭痛です。性行為の1〜2時間前に服用すれば発作を抑えられる予防薬もあるので、思い当たる人は試してみてもいいかもしれません」
要因④ 筋トレ
痛みが出るなら、筋トレを休むのが英断
せっかくのトレーニングが、痛みの元となることも知ってほしい。
「重いウェイトを使った高強度の運動をすると、一時的に血圧や頭蓋内圧が急激に上昇して頭痛を引き起こすことがあります。また、肩こりの自覚があるのに、僧帽筋をほぐすより鍛えることに熱中すると、凝りが原因の頭痛が悪化することもあるでしょう」
要因⑤ サウナ
血流改善がアダになる。片頭痛持ちは要注意?
血流改善にもってこいのサウナ。緊張型の頭痛解消にはいいが、片頭痛の引き金になることも。
「熱を放出するために血管が拡張して、周囲の神経に影響を与え頭痛が起こることが。また大量の汗で脱水症状になり、血液の質が落ち、脳が栄養を取り込もうと血管を拡張させて頭痛が起こることもあります」