独自の睡眠スタイルを進化させてきた。動物たちの眠りの秘密

人にとって重要な睡眠だが、それは他の動物も然り。彼らは自らが生きる環境や生態に合わせて、独自の睡眠スタイルを進化させてきた。そこで、イルカの眠りをテーマに動物の睡眠を研究する千葉商科大学の関口雄祐教授に、動物の睡眠について教えてもらった。

取材・文/井上健二 監修/関口雄祐(千葉商科大学教授)

初出『Tarzan』No.876・2024年3月21日発売

ヒトが動物の眠りに影響を与えている ウリ坊

環境と生態に応じて、動物は眠りを進化させた

イルカの眠りをテーマに動物の睡眠を研究する千葉商科大学の関口雄祐教授(動物行動学)。イルカを選んだ理由は?

「イルカは哺乳類。魚類のようなえら呼吸ではなく、ヒトのような肺呼吸をします。海獣(海に棲む哺乳類)の中でも、アシカやアザラシは陸に上がって呼吸できますが、イルカはずっと海で泳ぎながら暮らしているため、ときおり海面上に顔を出して呼吸する必要がある。そんな彼らがどうやって眠っているかに興味を持ち、研究を始めたのです」

眠りはもっぱら脳を休めるためのもの。哺乳類の脳の構造はヒトを含め大きく変わらないが、イルカはヒトとは異なる半球睡眠をする。

「イルカの脳にも右脳と左脳がある。脳の左右を交互に眠らせるのが半球睡眠。おかげで、起きている方の脳を使って溺れずに泳ぎながら、ときおり海面上で呼吸できるのです。でも、水族館で詳しく観察してみると、泳がずにプカプカ浮きながら眠るイルカもいる。この状況なら半球睡眠でなくてもよさそうですが、脳波を測るとそれでもほぼ99%は半球睡眠のようです」

哺乳類に限らず、爬虫類や魚類、イカやタコなどの軟体類、カニなどの甲殻類にも眠りがあり、最近では脳がないクラゲにすら眠りがあるとわかった。これらの生き物たちもイルカと同じように、自らが生きる環境や生態に合わせて、独自の睡眠スタイルを進化させてきた。

「たとえば、栄養価の低い草が主食の牛はつねに食べ続けないと生きられない。寝る暇も惜しいので、胃に入った食べ物を何度か口に戻して嚙み直す反芻を行いながら寝る術を身につけています。あるいは、1か月以上も飛び続ける海鳥の一種・グンカンドリの仲間は、羽ばたかずにグライダーのように滑空している間、数分間の短い睡眠を頻繁に取っているようです」

動物特有の眠りに人間が影響を与えることもある(記事下参照)。 ネコ科は基本的にハンターなので、獲物を得るチャンスに備えて普段は休息モードで体力を温存している。ペットとして室内で飼われている猫が年中寝ているのはその名残だが、加えて自ら探さなくても餌がもらえるうえ、快適で天敵に襲われる心配もゼロだからだろう。

「同様の理由により、動物園で飼育されているキリンやゾウも、野生状態より長く寝る傾向があります。動作がゆっくりで怠けているようにも見えるナマケモノの睡眠時間は野生では1日9〜10時間くらいですが、動物園に来ると睡眠時間が延びて16時間にも及び、本物の“怠け者”になります(笑)」

癒やされる寝顔の裏に潜む野生の掟とは?

それにしてもなぜ私たちは動物の寝顔でこんなに癒やされるのか。

「野生動物の目力はかなり強いものですが、寝ているときは目を閉じており、無防備に見えるからでしょうか。ただし、一見無防備に見えても、実は警戒を緩めておらず、天敵接近の気配を感じると一瞬で覚醒し、逃げるか戦うかを瞬時に選択します。これは動物の眠りの特徴の一つであり、専門的には“可逆性が高い”といいます。これは、起きている状態にすぐ戻れるという意味。対照的にヒトの眠りは“可逆性が低い”ため、不意に起こされるとしばらく寝ボケている。野生動物がそんな隙を見せていたら、天敵の餌食になるのが関の山でしょう」

癒やされる動物の寝顔には、野生の掟が隠されているのだ。

ホッキョクグマは疲れて寝ている

ホッキョクグマは疲れて寝ている ホッキョクグマ

写真/All Canada Photos/アフロ

ホッキョクグマ
  • 習性:昼行性
  • 目名:食肉目 
  • 亜目名:イヌ亜目
  • 科名:クマ科 
  • 属名:クマ属 
  • 体長:180〜200cm
  • 体重:200〜600kg
  • 生息地:北極圏 
  • 食性:雑食 
  • 睡眠時間:7〜8時間

北極圏の生態系の頂点に君臨するのが、ホッキョクグマ。好物はアザラシだ。ただ温暖化で北極圏の氷が溶けると氷上での狩りが難しくなり、不得手な水中での狩りを強いられる機会が増えた。

ホッキョクグマは夜間に眠り、昼間に活動する昼行性だが、水中での狩りは疲れやすく、アザラシが氷上にひょっこり現れるのを待つ間、昼間でも眠りこけることがあるようだ。このホッキョクグマは疲れ果てて空腹なのかもしれない。

ネコの仲間は木で寝るのがお好き

ネコの仲間は木で寝るのがお好き ヒョウ ビントロング

写真/アフロ、AdobeStock

ヒョウ
  • 習性:夜行性
  • 目名:食肉目
  • 科名:ネコ科
  • 属名:ヒョウ属
  • 体長:100〜150cm
  • 体重:30〜90kg
  • 主な生息地:アフリカ大陸
  • から東南アジアにかけて
  • 食性:肉食
  • 睡眠時間:約10時間
ビントロング
  • 習性:夜行性
  • 目名:食肉目
  • 科名:ジャコウネコ科
  • 属名:ビントロング属
  • 体長:60〜100cm
  • 体重:9〜17kg
  • 主な生息地:インド北部
  • からインドネシアにかけて
  • 食性:雑食
  • 睡眠時間:10〜15時間

トラ、ヒョウ、ライオンといったネコ科の大半は肉食のハンター。なかでも最強の呼び声も高いトラは無敵ゆえに安全性より寝心地を重視し、ベンガルトラは風通しの良い乾いた草地で悠々と眠る。

一方、ヒョウは用心深く、食事も睡眠も樹上で済ませる。ライオンは“プライド”という群れで生活するが、群れごと樹上で眠ることもある。ネコの仲間には珍しく果物が主食のビントロングは、大きめの枝にうつ伏せで眠るのを好む。

ラッコは手をつないで眠る

手をつないで眠る ラッコ

写真/Minden Pictures/アフロ

ラッコ
  • 習性:昼行性
  • 目名:食肉目
  • 科名:イタチ科
  • 属名:ラッコ属
  • 体長:100〜130cm
  • 体重:15〜45kg
  • 主な生息地:北米
  • 食性:肉食
  • 睡眠時間:約11時間

海に棲む哺乳類・海獣の一種ラッコ。哺乳類で肺呼吸しかできないため、息ができるように眠るときは海面で仰向けになる。その際、潮流であらぬ方向へ流されないように、海藻を巻きつけて眠ることもある。

愛くるしいラッコは水族館の人気者だが、水槽ではカラダが固定できる海藻は見当たらない。流される心配もないが、野生の習性で位置を保つため、一緒に飼育されている仲間と仲良く手をつないで寝入ることもある。

ペンギンは環境で寝姿勢を変えている

ペンギンは環境で寝姿勢を変えている ペンギン

写真/Bluegreen Pictures/アフロ

ペンギン
  • 習性:昼行性
  • 目名:ペンギン目
  • 科名:ペンギン科
  • 属名:オウサマペンギン属、
  • イワトビペンギン属、
  • ジェンツーペンギン属など
  • 体長:40〜130cm
  • 体重:1〜20kg
  • 主な生息地:南半球の広範囲
  • 食性:肉食
  • 睡眠時間:6〜8時間

ペンギンは飛べない鳥類。飛べない代わりに、鳥類の中でも抜群に泳ぎが上手だ。ただし海中では眠れないため、眠るときは必ず陸へ上がる。南極のような寒い環境では、熱を逃がさぬようにおしくらまんじゅう状態で集まり、雪や氷に熱を奪われないように立って眠る。

その際、接地面積を極力減らすため、爪先を引き上げて踵立ちになるとか。だが暖かい場所ではうつ伏せになり、よりラクに眠れる姿勢をチョイスするようだ。

ヒトが動物の眠りに影響を与えている

ヒトが動物の眠りに影響を与えている ウリ坊

写真/アフロ、AdobeStock

イノシシ
  • 習性:昼行性(夜行性)
  • 目名:鯨偶蹄目
  • 科名:イノシシ科
  • 属名:イノシシ属
  • 体長:90〜180cm
  • 体重:50〜200kg
  • 主な生息地:アジアや
  • ヨーロッパ
  • 食性:雑食
  • 睡眠時間:約9時間
コヨーテ
  • 習性:夜行性(昼行性)
  • 目名:食肉目
  • 科名:イヌ科
  • 属名:イヌ属
  • 体長:100〜140cm
  • 体重:9〜20kg
  • 主な生息地:北アメリカ大陸
  • 食性:肉食
  • 睡眠時間:5時間(夏)、16時間(冬)

現代はヒトの活動が地球環境や生態系に影響を与える「人新世」。動物の眠りにヒトが与えるインパクトは少なくない。

たとえば、イノシシは夜眠り昼間に活動する昼行性動物だが、昼間は人間が盛んに活動するため、昼間に眠る夜行性の性質を見せるものが多い。

だがコロナ下の行動制限で人影が消えた時期は、本来の昼行性を見せるイノシシも増えた。同じ時期、北米では夜行性のコヨーテが日中に目撃されることもあったとか。