寝ている間に脳は勝手に学習する。暮らしの質が上がる眠りの話【前編】
寝不足や徹夜がパフォーマンスを下げるように、睡眠と健康は密接に関係している。眠りがカラダに及ぼす影響を知れば、睡眠時間を工夫したり時差ボケ対策を行うことも可能だ。前編では、免疫やパフォーマンスに対する寝不足の影響を科学的に解説。賢く自分の睡眠をコントロールしよう。
取材・文/石飛カノ イラストレーション/仁太郎 取材協力・監修/櫻井武(筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構副機構長)
初出『Tarzan』No.876・2024年3月21日発売
教えてくれた人:櫻井武さん
さくらい・たけし/筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS)教授。医師、医学博士。1998年、覚醒を制御する神経ペプチド・オレキシンを発見。現在は人工冬眠の研究を手がける。著書に『睡眠の科学』(講談社ブルーバックス)など。
「寝不足」はやっぱりカラダに悪い?
寝不足が続くと免疫力が落ちて風邪をひきやすい
多少睡眠時間が削られても自分は大丈夫。だるさや疲れを感じることはないし仕事のパフォーマンスが下がることもない。確かに1日や2日であればカラダに何の異変も起こらないかもしれない。しかし、数週間、数か月と多忙による睡眠不足が続いた後、風邪をひいたという経験はないだろうか?
睡眠時間と免疫力の関係は睡眠研究の世界ではよく知られた話。睡眠不足で風邪の罹患率が上がるという報告も数多くある。
成人の睡眠時間・睡眠休養感と死亡リスク
睡眠時間が5.5時間以上6.9時間未満で睡眠休養感が「ある」という人の死亡リスクを基準とすると、睡眠時間が5.5時間未満の人は休養感ありなしにかかわらずリスクが上がり、6.9時間以上の人はリスクが低かった。
「そのメカニズムに大きく寄与しているのは自律神経のバランスです。寝不足の状態で交感神経が強く興奮するとアドレナリンやノルアドレナリンといったホルモンが分泌されてそれらが免疫細胞の機能を低下させます。交感神経は一時的に生体の機能を高めますが、反面、カラダに無理を強いて危機的局面に対応させるシステムなのです」(筑波大学・櫻井先生)
ただでさえストレスフルな現代人は交感神経をドライブさせがち。そのうえ寝不足では免疫力はガタ落ち。ぐっすり眠ってカラダを労る副交感神経を優位にさせることが、感染症を寄せつけない秘訣だ。
長期的な睡眠不足が免疫力を弱める仕組み
睡眠不足は自律神経の交感神経を興奮させる。脳や副腎からノルアドレナリンやアドレナリンが分泌され、短期的には内分泌系の働きでストレスに対応できるが、中長期的には免疫細胞がダメージを受ける。
気分がだだ下がり、やる気が起こらない
徹夜明けで目がバキバキ、ハイな状態になるのはほんの一瞬。そのまま徹夜同然の睡眠不足が続くと、間違いなくやる気がなくなったりうつ傾向に陥る。
睡眠不足の状態は睡眠圧が上がっているという状態。このとき、脳内には睡眠物質と呼ばれるアデノシンが着々と蓄積されている。アデノシンは生体エネルギーであるATPの分解物なので、起きて活動している間じゅう、どんどん脳内に溜まっていく睡眠圧のファクターのひとつだ。
「このアデノシンはやる気やモチベーションに関わる脳の側坐核という部位に作用します。側坐核はやる気をもたらすドーパミンが作用する部位であることも知られています。アデノシンはドーパミンと逆に、睡眠圧が上がっているので何か行動をするよりあなたは寝ているべき、と睡眠を促す方向に働きます」
やる気と関わりが深い側坐核とは?
側坐核は理性を司る前頭前野のすぐ後ろにある神経の固まり。この部位に脳幹で作られたドーパミンが作用するとムクムクとやる気が起こり、目が冴える。
ふたつの物質が側坐核に作用する
側坐核にはドーパミンの受容体だけでなくアデノシンの受容体も数多く存在する。睡眠圧が高まりアデノシンが作用すると睡眠中枢の視索前野が優位に。
やる気を促して覚醒をもたらす物質とやる気を抑制して睡眠をもたらす物質が同じ部位に作用するという綱引き状態。起きていればいるほどアデノシンが優勢になり綱は睡眠の方向へと引っ張られていく。やる気を取り戻したかったら寝るしかない。
徹夜仕事の効率はいい? それとも悪い?
労多くして功少なし。眠って脳のリセットを
徹夜仕事中にピンと来るアイデアやワードをバンバン思いついたり、日中からずっと練習し続けていたスポーツの技術が夜遅くに上達を遂げたり。いくら努力と根性があっても、こうしたことはまずありえない。
理由のひとつは、日中脳の神経細胞同士の情報伝達がいっぱいいっぱいになっていて、情報処理能力が落ちていること。一度眠って情報をリセットしない限り、素晴らしいアイデアなど浮かばない。
さらに、眠っている間に脳は勝手に学習をすることが分かっているという。
「たとえば楽器。ピアノの練習を昼間やっていたとすると、寝ている間にも脳の中で練習は続いています。5倍速くらいの速さでリプレイ現象が起こっていて、それによって記憶が強化されると考えられています」
しっかり寝た人の方が睡眠が不足気味の人に比べて楽器やスポーツ、ゲームなどの成績が向上する。こうした研究報告は数多い。もちろん、言葉に置き換えられる記憶の強化にも同様のことが言える。眠ることで記憶が強化されて取り出しやすい形に変換され、必要なときにぱっと思い出すことができるのだ。
よって、徹夜仕事の効率は決していいとは言えない。何日か前から周到に用意を整え、しっかり寝た翌日にアウトプットをするのが理想的だ。
眠るとスポーツの成績が向上する
被験者はスタンフォード大学の男子バスケットボール選手11人。睡眠時間を約2時間延長した後、短距離走、フリースローの成功数などすべての成績が向上した。
眠ると睡眠前よりゲームが上手くなる
簡単なタイピング課題を行い、練習後に睡眠をとらせたグループと覚醒したままのグループを再テストすると前者の成績が向上した。