なぜ不思議な夢を見るの? ショートスリーパーはいる? 睡眠の不思議

生き物はなぜ眠るのか? このシンプルな問いでさえ、実はまだはっきりとはわかっていない。それほど睡眠はまだまだ謎多き分野。言い換えればさまざまな可能性を秘めている。身近な現象から、奥深き世界を覗いてみよう。

取材・文/石飛カノ、鍵和田啓介(映画) イラストレーション/仁太郎 取材協力・監修/櫻井 武(筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構副機構長)

初出『Tarzan』No.876・2024年3月21日発売

睡眠の不思議 映画『恋はデジャ・ブ』

夢の内容に意味はある?

現実の感情の揺らぎがその日の夢に反映される

有名人がなぜか友人だったり、気味の悪い存在に追いかけられたり、自由自在に空を飛んだり。

こうした非日常的な夢はほとんどレム睡眠中に見ていることが多い。なぜなら、情動に関わる大脳辺縁系が活発に働いているからだ。さらに、レム睡眠中は理性を司る前頭前野の活動が低下しているので、現実ではありえないことが起こっても疑問を抱かない。

絵画 『眠り』サルバドール・ダリ

絵画 『眠り』サルバドール・ダリ/シュルレアリスムの大家が生み出した作品。代表作『記憶の固執』も眠りの瞬間がモチーフといわれており、夢を思わせる非現実的世界へのダリ自身の執着を感じさせる。 提供/Artothek/アフロ ©Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR Tokyo, 2024 X0236

夢は毎日のように皆見ているが、起きた直後に忘れてしまう。覚えているのは相当に突拍子もない夢か、遅刻する、追いかけられる、大失敗するといったどちらかというと悪夢に近いもの。

困った状況に陥っているというのは、大脳辺縁系が不安や恐怖といった情動の処理をしている証拠だ。現実世界の不安が反映されている可能性が高い。悪夢を避ける近道は現実世界の不安を取り除くこと。

レム睡眠中の脳の働き

睡眠の不思議

前頭前野の機能が低下することで突拍子のない夢も受け入れられ、大脳辺縁系の扁桃体が処理する恐怖や不安の感情が悪夢を作り出す。「嬉しい」「楽しい」という情動が強ければいい夢が見られるかも。

『睡眠の大研究 しくみと役割をさぐろう』櫻井 武監修(PHP研究所)より

記憶の重みづけをしている可能性あり

眠るとまずノンレム睡眠という眠りに突入する。どんどん眠りが深くなっていき、60〜90分ほどで今度は眠りが浅くなりレム睡眠というフェーズにシフトする。このユニットを数回繰り返して朝を迎える。

レム睡眠とノンレム睡眠はまったく異なる睡眠だ。レム睡眠は瞼の下で目玉がぐるぐる動くRapid Eye Movement(急速眼球運動)を伴い、脳は覚醒時並みに働いているが筋肉の活動が低下した状態。ノンレム睡眠は逆に脳の活動が低下するが筋活動は維持されている状態で、眼球も動かない。

ノンレム睡眠中は脳に溜まった老廃物を洗浄したり、密になりすぎた神経同士の結びつきをスリム化したり、昼間の情報をリプレイしたりと多くの役割を果たしている。眠る理由はノンレム睡眠に詰め込まれているかのようだ。一方、レム睡眠の働きの方は未だに謎。

「まだ仮説の段階ですが、レム睡眠は認知能力と情動に深く関係していると考えられます。レム睡眠中には扁桃体や海馬といった大脳辺縁系の活性度が高く、自分にとって大事な情報を処理している可能性があります。昨日の夕食は思い出せないのに10年前に食べたすごくおいしかった食事はつぶさに思い出せる。そうした“記憶の重みづけ”をしていると考えられるのです」(筑波大学・櫻井武先生)

大脳辺縁系は覚醒時にも記憶を整理して大事な情報を取り出しやすくしている部位。その同じ部位がレム睡眠時にも活発に働いていることから、起きているときにはできない記憶の重みづけと整理をしているのではないか、という話。

ノンレムとレムはまったく異なる睡眠

ノンレムとレムはまったく異なる睡眠

ノンレム睡眠では脳が休息し、運動機能はある程度残されているのに対し、レム睡眠では脳が活発に活動し、運動機能は麻痺している。後者の状態が金縛りが起こる原因。

『睡眠の大研究 しくみと役割をさぐろう』櫻井 武監修(PHP研究所)より

目覚ましが鳴る前に起きられるのは特殊能力?

睡眠不足でなければ起きられるんです

出張で早朝の新幹線に乗る予定の朝、ハタと目覚めて時計を見るとアラームをセットした時刻の1分前。いつも起きる時刻より2時間も前だというのに、一体どうしてこんなことが可能なのか?

その答えのヒントはコルチゾールというホルモン。メラトニンが夜寝る前や睡眠中に分泌されるホルモンならば、コルチゾールは起床前に分泌されるホルモンだ。

睡眠と覚醒に関わるホルモンの分泌

睡眠の不思議 睡眠と覚醒に関わるホルモンの分泌 グラフ

メラトニンの分泌がピークを迎える起床数時間前になると脳からの指令を受け、副腎皮質という部位からコルチゾールが分泌され始める。潜在意識に翌日の起床時間が刻まれるとコルチゾールの分泌が前倒しになる。

厚生労働省「生活習慣病予防のための健康情報サイト」より

「コルチゾールは起床2時間半前くらいのタイミングで分泌され、その量がピークになってから私たちは目覚めます。なんのためにコルチゾールが出るかというと血糖値を上げるため。何も食べていないのにコルチゾールを分泌させるための脳内物質(CRH)が覚醒を促します」

コルチゾールは脳の視床下部から分泌される別のホルモンの指令を受けて分泌される。その指令のリレーは「明日はいつもより2時間前に起きる」という情報が潜在意識にインプットされると、無意識に2時間前倒しになるという。

「潜在意識の中に明日起きる時間がセットされれば内分泌系が働き、睡眠はそれに応じてデザインされるということです」

ただし、睡眠不足気味の場合、アラーム1分前起床どころか寝過ごすリスクが高まるのでご注意を。

ショートスリーパーって実在するの?

数千人に一人程度いる。でも体質だから訓練してもなれない

日本人の平均睡眠時間はOECD最下位の7時間22分。でもこの世には、さらに短い6時間睡眠でも健康状態を維持できる「ショートスリーパー」が存在するという。

睡眠の不思議

脳と睡眠を科学するソリューションカンパニー〈ブレインスリープ〉が数値化した業種年代別「睡眠偏差値 ®(睡眠習慣、生産性、ストレスの程度などを総合的にスコア化)」によれば、最も偏差値が低かったのは「コンサルティング・士業」の20代で42.49、次いで「マスコミ・広告」の30代で43.69。いずれも睡眠の質・量や日中のパフォーマンスが平均以下ということ。

ところが、50代になるとどちらの業種も偏差値は50以上で平均点をクリア。さらに「マスコミ・広告」系の60代は全業種全世代中トップに。若い頃、ショートスリーパーで短時間睡眠でもへっちゃらと思っていたマスコミ関係者もフタを開けたらタダの人。60代で安眠生活を送るようになったとさ。

ショートスリーパーは遺伝的な体質で一説には数千人に一人というレアな存在。睡眠不足を押して仕事に励むのはNGだ。

同じ業種でも世代で睡眠レベルが違う
業種別 人数 全体 20代 30代 40代 50代 60代
製造業(メーカー) 1,833 49.51 48.74 49.56 49.41 49.20 53.71
商社 208 49.39 46.88 49.18 50.26 52.66 49.90
流通・小売・サービス 1,111 49.98 48.47 48.94 50.01 50.42 53.61
IT・通信 590 49.73 47.59 48.41 50.89 50.91 53.87
マスコミ・広告 85 48.25 44.34 43.69 53.96 50.99 56.94
金融・保険 446 49.44 47.01 50.16 48.77 50.62 53.44
不動産・建設 645 49.67 48.07 48.66 49.30 50.62 52.84
物流・倉庫・交通 478 49.24 49.73 49.03 47.40 50.02 50.55
コンサルティング・士業 123 49.96 42.49 52.38 50.22 51.45 53.13
医療・医薬品 1,152 50.59 50.05 50.76 49.44 51.57 54.09
教育・人材サービス 729 50.15 48.78 48.04 50.40 51.36 52.69
環境・資源・エネルギー 134 47.62 48.48 44.02 47.17 47.57 50.63
公社・団体・官公庁 925 50.93 49.90 51.54 51.34 51.12 51.51
農林・水産 141 50.75 47.53 50.09 51.49 52.36 55.00
その他 1,400 50.53 49.24 50.93 49.63 50.51 53.08
全体 10,000 49.72 47.82 49.03 49.98 50.76 53.00

総じて若い年代より中高年の方が睡眠偏差値は高くなる。30代のマスコミ・広告関係者の睡眠偏差値はワースト3に入っていたが、60代になると一転してトップの成績に。 ブレインスリープ睡眠偏差値基本データ

人間が将来冬眠できるようになるって本当?

すべての哺乳動物には冬眠する能力がある

冬眠とは動かず物も食べず体温が下がっている状態を指すが、生理学的にどういうメカニズムなのかは分かっていない。

一部の生物だけが獲得した特殊な能力なのか? とこれまで思われてきたが、どうやらそうではないらしい。櫻井先生ら筑波大学の研究グループは、脳の視床下部にある「Qニューロン」と名付けられた神経群を刺激すると、生物を人工的に冬眠に近い状態に誘導できることを明らかにしたのだ。研究対象はマウスやラットだが、ヒトにもこうした冬眠のシステムが備わっている可能性があるという。

薬物によるQニューロンへの刺激で冬眠に似た状態に

睡眠の不思議 薬物によるQニューロンへの刺激で冬眠に似た状態に グラフ

SALは生理食塩水でCNOは神経を興奮させる薬物。紫で示したのがQニューロンを賦活させたマウスで緑が対照群のマウス。薬の投与によって前者の体温と酸素摂取量が著しく低下していることが分かる。

Takahashi, et al., Nature, 2020

「冬眠できたらすごいと人間は思うかもしれませんが、動かずに寝ていたら何もできません。冬眠動物は食べ物を獲得できないから体温を下げてエネルギーを節約しているだけ。冬でも食べ物を獲得できるなら冬眠しなくてもいい。だからヒトは冬眠のシステムを使うことをやめただけと考えることもできます」

かつて六甲山で遭難者が3週間ほぼ飲まず食わずの状態で救出されたときの体温は22度程度で、のちに回復したという。これはまさに冬眠状態。

人工冬眠が可能になれば、事故や病気で救急搬送される際、酸素需要を減らすことで救命率を上げることもできると考えられている。宇宙旅行への応用も夢ではないかもしれない。

映画『エイリアン』

映画『エイリアン』/地球を目指す宇宙船の乗組員たちは、エイリアンと遭遇。死闘の末、たった一人生き残ったリプリーは、まだ先の長い地球への道のりを、冷凍睡眠で過ごすのだった。 写真/Album/アフロ