食物アレルギーとはこう闘う!寛解までの実録親子ヒストリー

身近でいて深刻な子どもの食物アレルギー問題。愛娘の突然の発症から寛解まで、悩みながら格闘する姿を“アレルギー戦記”として記録した著者に話を聞いた。リアルな体験は必読だ。

取材・文/小沢緑子 マンガ/カラスヤサトシ 

初出『Tarzan』No.875・2024年3月7日発売

食物アレルギー 寛解 実録親子ヒストリー 漫画家 カラスヤサトシ
教えてくれた人:カラスヤ サトシさん&妻

夫は漫画家、妻はライター。娘の食物アレルギーに夫婦で奮闘した体験を描いた近著『0歳からのアレルギー戦記』(ぶんか社)が好評。ほかにも『カラスヤサトシ』シリーズ(講談社)など、コミックエッセイ多数。

食物アレルギーとはこう闘う!

特定の食べ物を食べたり、触れたり、吸い込むだけでもアレルギー反応が起きる「食物アレルギー」。漫画家のカラスヤサトシさん夫妻の愛娘、りーちゃんの食物アレルギーが発覚したのは生後8か月くらいのことだった。

「昼に食べようと煮卵入りおにぎりの封を開けかけていたとき、ちょうど娘が目覚めて泣いていたので抱き上げたのですが、後からカラダに手形のような赤い湿疹が浮き上がっているのを見つけて」(カラスヤさん)

慌てて病院に連れていくと卵アレルギーと診断され、「卵に触れたわけでもないのに“こんなことがあるのか!”と驚きました」。

1歳になって病院でアレルギー抗体検査を受けると、食物アレルギーの可能性があると判明。

「私自身、ハマチアレルギーはあったものの特に日常に支障はなかったので、食物アレルギーについて考えたことがなかったし、知識もなくて、とても焦りました」

カラスヤさんの妻も「最初はどうしていいかわからず、友人に聞き回ったり、ひたすらネットで調べて右往左往していましたね」。

その後、夫婦で奮闘。病院選び、治療、食事の工夫など、寛解に至るまでのポイントとは?

0歳|食物アレルギーが発覚

発覚のきっかけは煮卵入りおにぎりだったが、「母乳の頃からときどき娘の肌が荒れることがあり、アレルギーかもしれないと薄々思っていました」(妻)。「湿疹が出ていたこともありましたが、私はその頃はのんきに構えていて…。ひっかき防止対策はしていたので軽く済んでいたのかもしれません」(カラスヤさん)。

1歳|アレルギー抗体検査を受ける

病院の「アレルギー抗体検査」の結果、牛乳、乳製品、卵、パン、うどん、パスタを含む小麦を使った料理に含まれるグルテン、魚卵など、10品目以上の食物アレルギーの可能性があるとわかり、それらの除去食を開始。

2歳|「毎日の食事記録」開始

アレルギー専門医M病院をかかりつけ医に。以後、病院の方針で「毎日の食事記録」開始。

3歳〜5歳|幼稚園入園、減感作療法開始

小学校入学までに小麦と牛乳の解除をめざす減感作療法を始める。年長組の夏休みに、茹で卵1個を完食し、闘いの終わりが少し見える。

6歳〜7歳|小学2年生になると同時にアレルゲン全解除。

小学校入学。病院の定期検査結果が良好で、給食で「卵、小麦」を解除。小学2年生で「エビ、牛乳、その他のアレルゲン」も解除。

8歳〜12歳(現在)|小学5年生で基本何でも食べられるように。現在は寛解。

アレルゲン解除をめざした小学1年生で小麦粉、卵は食べてOKに。2年生ではほかのアレルゲンも全解除。「その1年後に主治医から“もう通院しなくていいでしょう”と言われ、“ああ、終わったのか”と」(妻)。

治療の根幹を支えた「毎日の食事記録」

病院探しは実は難航したが、2歳になりママ友に教えられたМ病院をかかりつけ医にし、以来つけ続けたのが子どもの「毎日の食事記録」。

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記録のつけ方は、初診時に指導された。「湿疹が出てステロイド剤を飲ませたり塗ったときはそれも書き込んでいました」。

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米粉麺の食品成分表も貼り付け。「新しい調味料や食品を使うときは必ず。ここまで丁寧に診る先生はそういないと思います」(妻)。

「М病院独自の方法で、日付、天気、朝昼晩三食とおやつに食べたもの、そのときの様子や気になることも事細かくつけていました。毎日なのでさすがに大変でしたが、先生がこの記録を見て治療を進めていくので頑張りました」(妻)。

「ほかにも、湿疹などアレルギー症状が出たときは顔やカラダのどこにどう出たかをイラスト付きで。妻のおかげです!」(カラスヤさん)。

毎日の食事は置き換えで工夫

基本的にアレルゲンと判定された食べ物は除去。0歳では卵と卵成分入り、1歳では卵に加え、小麦粉、牛乳の3大アレルゲンは家にも置かなかったという。

「代わりに卵→オリーブ油、小麦粉→片栗粉、牛乳→豆乳と置き換える食品を決めていたので、何とか毎日回りました」(カラスヤさん)。

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上/クリスマスは、卵、小麦粉、牛乳なしでも子どもが喜ぶごちそうを工夫。下/幼稚園のお弁当もアレルゲンなし。「たまに“◯◯ちゃんはサンドイッチ持ってきた”と言われると少し切ない気持ちになりましたが」(妻)。

「娘はお米にアレルギーがなく、野菜好きなのも助かりましたね」(妻)。外食については「某カレーチェーン店やファミレスにはアレルゲン除去メニューがあり、“一生ついていきます!”と感激」(カラスヤさん)。

話が違いすぎ!?で、一番悩んだ病院選び

 一番大変だったのは、かかりつけ医を決めるまでの病院探し。

「娘のアレルギーが判明した今から12年前は治療法自体もまだ研究段階で揺れていたようで、病院ごとに方針が異なり、“ここまで言うことが違うのか!?”と悩みましたし、疑心暗鬼になったことも」(カラスヤさん)。

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当時を思い出すと「医療は日進月歩。正解がないことを知りました」(カラスヤさん)。「常に情報を収集して更新、が大事だと思います」(妻)

それもあり、子どもの症状に合いそうな治療をする病院を見つけるためにも奔走したという。

「ネット上には極端な情報もあったので、同じアレルギーの子どもを持つママ友との情報交換が一番信頼できましたし、安心できました」(妻)

少しずつアレルゲンを摂る減感作療法

病院によって治療法が異なるのは症状の個人差が大きいことも一因だが、「娘の主治医の場合は、体調を診ながら少しずつアレルゲンの食べ物を食べて慣らしていく方針(経口減感作療法)。

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「うどんは気に入って大好きに。最初はうどん1本+しらたきでかさ増しをして食べさせていました」(カラスヤさん)

小学校入学までの解除をめざし、小麦粉、卵、チーズ、牛乳の順に進めていきました」(カラスヤさん)。

具体的には「小麦粉は細いそうめん1mmから。見失いそうなほどわずかな量を料理に混ぜて」(妻)。

幼稚園年長組の夏休みには、遂に茹で卵1個を完食。「ようやく闘いの終わりが見えてきた気がしました」(カラスヤさん)。

現在のカラスヤ家|今や何でも食べられて、小麦粉系は大好物!

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6年生で小学校卒業を控える現在は寛解。「今はうどんもラーメンも小麦粉系は大好物だし、猫も2匹飼っています。最初は何もわからないところから始まりましたが、ゆっくり地道にアレルギーと付き合いながら対処してきたのがよかったかもしれません」(カラスヤさん)。