加藤未唯(テニス)「今年は大きなコートでやるのが目標」
2023年、激動の日々を過ごした。全仏オープンでの失格と優勝。タフでなくては務まらないテニス選手の描く未来とは。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」No.872〈2024年1月25日発売〉より全文掲載)
取材・文/鈴木一朗 撮影/赤澤昂宥
初出『Tarzan』No.872・2024年1月25日発売
Profile
加藤未唯(かとう・みゆ)/1994年生まれ。156cm、52kg、体脂肪率13%。2011年、全豪オープンジュニア女子ダブルスで準優勝。12年、全日本ジュニアテニスU-18女子シングルスで優勝。13年、プロに転向。17年、全豪オープン女子ダブルスでベスト4。23年、全仏オープン混合ダブルスで優勝。
失格から4日後、優勝の栄冠をつかむ。
昨年開催されたテニスの全仏オープン。その混合ダブルスで優勝したのが加藤未唯である。彼女にとって初めてのグランドスラム優勝でありながら、その後のインタビューでは、ほとんど喜びを表すことはなかった。
「表彰台ではうれしいともうれしくないとも言いませんでした。ただ、応援してくれた方々に対してお礼を言いたいのと、ボールガールへの謝罪。それに、パートナーとその両親とか、チームの方への感謝とかが一番だった。だから、スピーチはあんなふうになったんです」
なぜ、この言葉になったのか。それは混合ダブルス決勝の4日前、女子ダブルス3回戦に遡る。
この試合の第2セット、加藤がプレーの合間に相手コートへ打ったボールが、ボールガールを直撃してしまったのだ。わざとではない。それは、VTRを見れば誰でもわかる。しかし、これでペアは最初に警告を受け、さらに相手チームの抗議により失格になった。
後日、PTPA(プロテニス選手協会)は、“不当な判定、偶然の出来事で攻撃的ではない”と表明したが、加藤はそのことにより、苦しみ続けた。パートナーや応援してくれた人に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「私の打ったボールが当たってボールガールは泣いてしまったし、もう大会にいられない、居場所がなくなったという怖さをすごく感じました。それで殻に閉じこもるようになってしまった。
でも、いろんな人から、元気出してって励ましてもらったりして。まだ自分はここにいていいと少しずつ思えるようになりました」
この翌日が混合ダブルスの準々決勝。気持ちはもちろん引きずっていた。ところがペアを組んだドイツのティム・ブッツ選手が“あの判定はおかしい。辛かったらもうやめてもいいよ”と、言ってくれた。
「準々決勝のコートが、失格になったコートと一緒だったんです。入場したときにブーイングされたらどうしようと思ったんですが、そういうのもなくて温かく迎えてもらえたので、とてもうれしかった。
ただ、混合ダブルスで決勝に行かないと、感謝や謝罪の言葉を言う機会がない。だから必ず勝って、自分の思いを伝えたいとすごく思っていたんです」
失格から4日後、優勝の栄冠をつかむ。この間は、彼女にとって経験したことのない、激動の時間だったに違いない。そして、優勝のインタビューでは予定通り、謝罪と感謝に徹したのである。
ただ、やはり…、「子供のころから夢見ていたタイトルだったのですごくうれしかったです」と、ニッコリ笑うのであった。
シーズン中であっても、トレーニングは欠かせない。
小学校2年のときからテニスを始め、その面白さにすぐにハマった。他の人よりも1歩先にあるボールにラケットが届く、人の取れないボールが自分は取れるのが楽しかった。
今でも加藤のボールに対する反応は素晴らしく、混合ダブルスでもここぞという場面で美しいボレーを決めていた。ジュニアで成績を残し、高校卒業後にプロ入りを果たすのだが、テニスのツアーに出場するというのが、どれほど大変かを知る人は少ないだろう。
「これからの予定は?」と聞くと、加藤はスラスラ答えてくれた。
「流れがあって、12月末からオーストラリアに行って、一度帰ってきて中東。それからアメリカ、ヨーロッパ。もう一度アメリカで、その後はアジアシリーズですね」
シーズンは12月末に始まり、翌年の10月の後半、11月ごろまで続くこともある。つまり、ほぼ休みなしで海外を転戦しているのだ。大会がある場所に行って試合を行って、終わったら次の大会のために移動する。ずっとその繰り返しなのだ。
「だから、気持ちがどうとか言っている場合じゃない。疲れて寝て、疲れて寝てという感じだから、前の日に何かやるということもない。対戦相手の試合を“こんな感じなんだ”なんて言いながら見るぐらいで。
たとえばサッカーとかだったら試合の日が決まっていて、多分気持ちも持っていきやすいんだろうけど、テニスにはそれがまったくないんです」
オフシーズンが約1か月半というのも厳しい。なぜなら、次へ向けての体力強化の時間が満足に取れないのだ。そもそも、転戦し続けたカラダには疲れがたっぷり残っている。
「1年間通して戦えるカラダ作りを心がけてはいるんですが、1か月半トレーニングをしたからって、1年持つわけがないんです。だから、オフシーズンとツアー中は、やることはあんまり変わらない。
ウェイトトレーニングとインターバルなどの走るトレーニングを週2回ずつ。それに試合のときにできなかった動きとかをチューブや紐を使って修正することも週2回やっています。
オフのときは、負荷を重くしたり、運動量を増やしているのが違いです。シーズン中でも週に1日は休みますが、それ以外の日は試合があっても必ずトレーニングをしていますね」
とにかくタフでなければやっていけないのである。ずっと旅をしながら戦い続けるのだ。
「毎週、違うところへ行って、違うベッドで寝て、これで休まっているのかと思うときもあったけど、さすがにもう慣れました(笑)」
取材に伺った日の練習メニュー
今回はオフに入ったばかりで、撮影しながらの軽い練習となった。ストレッチを入念に行ったら開始。ラリーを行ったり、ネット近くのプレーやスマッシュ、そしてサーブなどテニスの基本的な動きを披露してくれた。
テニス選手としては156cmと小柄なのだが、驚かされたのが、その瞬発力。難しいボールを、ことごとく拾っていくのである。敵にしてみれば、たまらなくイヤな相手だろう。
センターコートでバーンとやるのが好き。大きなコートでやるのが目標。
選手はみんなこのような状況の中で、大会での優勝を目指し、ランキングをひとつでも上げようと努力している。
この競争のなか、加藤は誰もが憧れるグランドスラムで頂点に立った。これからの自分の将来を、彼女はどう考えているのだろう。
「全豪オープンでベスト4になったとき、ラストエイトパス(グランドスラムでシングルスはベスト8、ダブルスはベスト4以上の成績を残した人だけが登録されるラストエイトクラブのパス)がもらえたんですけど、そのときに全部のパスを取りたいと思ったんです。
今回、全仏が手に入ったので、あとは全米オープンとウィンブルドンです。混合ダブルスは今後も出場したいですが、女子ダブルスでも優勝したいですね」
そして、今年はパリ・オリンピックがある。これも、グランドスラムと同じく、価値ある舞台であろう。
「多分6月に全仏が終わった次の週のランキングで決まると思います。最大4人出場できて、上位の人から選ばれる。とにかく今はランキングを上げるしかないです。自分はたくさんの人に見てもらったり、応援してもらったりするほうが楽しめるタイプなんです。
観客が5人しかいないという試合はちょっと(笑)。それより、センターコートでバーンとやるのが好き。だから、今年は大きなコートでやるのが目標です。そのひとつがパリ。そこで試合を見てくれた人に楽しんでもらえたら、私にとって一番うれしいことですね」