85%以上が輸入? 身近だけど知らない「塩」のトリビア
種類や作り方、輸入量など基本的なことから、意外と知らない豆知識やカルチャートピックまで塩にまつわる12個のトリビアをピックアップ。これを読めば、あなたも塩博士になれるはず。
取材・文/重信綾 イラストレーション/德永明子 取材協力・監修/高梨浩樹(たばこと塩の博物館主任学芸員) 写真提供/たばこと塩の博物館
初出『Tarzan』No.870・2023年12月14日発売
高梨浩樹さん
教えてくれた人
たかなし・ひろき/筑波大学大学院修士課程環境科学研究科修了後、たばこと塩の博物館学芸員。著書に『つくってあそぼう 塩の絵本』(農山漁村文化協会)。他に監修した書籍多数。
85%以上が輸入塩
日本で使われる塩は年間約800万トン(2018年度)。そのうちの85%を輸入に頼っている。
「多くはメキシコ(305万トン)と、オーストラリア(310万トン)で作られた天日塩。家庭で調味料などに使う量は全体の約3%で、食べ物全体では15%以下と少ないです。
残りのほとんどが、塩をナトリウムと塩素に分解して、苛性ソーダ、ソーダ灰、塩素ガス、塩安などのソーダ製品を作るソーダ工業に使われています」(高梨さん)
他にも合成ゴムをはじめとする一般工業、家畜の飼料などに活用。塩はさまざまな形で生活を支えている。
世界の塩
世界で1年間に作られる塩は約2億8000万トン。代表的な塩資源として、塩湖、岩塩、海水が挙げられる。
「塩湖は、海水が地殻変動などによって陸に閉じ込められたもので、ほとんどが過酷な乾燥地に存在します。ボリビアのウユニ塩湖や、イスラエルとヨルダンにまたがる死海が代表的。塩湖から作られた塩を湖塩といいます。
岩塩は、塩湖がさらに乾燥&結晶化して堆積し、地下に埋もれて地層のようになったもので、いわば、“海水の化石”。アメリカやヨーロッパ、アフリカなど世界のさまざまな場所で採掘され、塩以外の成分の混ざり具合などで色や質感もいろいろです。
また、海水から作られる塩を海塩といい、天日蒸発で結晶させた塩を天日塩といいます。メキシコのゲレロネグロ天日塩田などがありますが、海塩は、世界の生産量の3分の1ほどです」
湖塩
標高約3700mのアンデス高地、ウユニ塩湖の雨季の風景。浅く張った塩水の下は塩の堆積。乾季は四国の半分もある湖面すべてが塩に変わり、ブロック状の塩が切り出される。
岩塩
イギリスにある岩塩坑で専用の重機を使い、岩塩を採掘している様子。また、美しい青紫色の岩塩は、ドイツの採掘坑のもの。これを見ると、塩が石の仲間であることがよくわかる。
海水の塩
メキシコのゲレロネグロ天日塩田は、世界最大の天日塩田。年間降水量は100mm以下。海水を蒸発池に引き込み、太陽と風力で蒸発させる。日本が輸入する塩の半分近くを生産している。
しお公正マークをチェックせよ
塩を買う時には、パッケージに「しお公正マーク」があるかどうかを確認しよう。
「食用塩の製造や販売に関わる事業者が設立した食用塩公正取引協議会が認定した塩であることを証明するマークで、消費者の誤解を生まない正しい塩の解説や栄養表示などがされていることを意味しています」
特に注目したいのは、製法表示の部分。たとえば「原材料名:海水(瀬戸内海)」「工程:天日、平釜」のように、この塩が何を原料にどんな製法で作られたかがわかるように表記されている。
塩は珍しい食べ物
「私たちが口にする食べ物のほとんどが、元は動物や植物などの生き物です。しかし、塩は無機物で、石や鉄と同様、生き物ではありません。ヘンな食べ物なのです」
たとえば、一見、似ている食べ物の砂糖は加熱すると焦げるけれど、塩は焦げない。また、砂糖を含まない甘い食品はあるが、塩を含まずしょっぱい食品はなく、代替品がないことが大きな特徴。
「塩の味は口の中などの水分に溶けて初めて感じられ、粒の大きさによって変わります。素早く溶ける小粒は鋭い味、溶けるのに時間がかかる大粒は柔らかい味に感じます」
日本の製塩法は古代から同じ!?
「日本の製塩法は縄文時代から現代まで、海水を濃縮して濃い塩水である“かん水”を採る“採かん”と、かん水を煮詰めて塩の結晶を採る“せんごう”の2工程で行われます。
日本は海に囲まれているので塩に恵まれているように感じますが、海外のような岩塩坑や塩湖がなく、雨が多く多湿な気候ゆえ、太陽の力で結晶させる天日塩を作ることも難しい。そのため、燃料を使って海水を煮詰める塩作りの方法が工夫されてきました」
古代は、海藻を干して塩分を付着させ、それを海水で溶かし出して濃い塩水にし、土器で煮詰める「藻塩焼」。以後、砂に人力で海水を撒いて行う「揚浜」、満潮と干潮の潮位差を利用して海水を導く「入浜」など塩田が発達。
1972年以降は、イオン交換膜と電気エネルギーを使ってかん水を採って煮詰める「イオン交換膜法」が主流に。
揚浜
潮の干満差が小さい日本海側など入浜に不向きな海岸で見られた。国の無形文化財として、現在も石川県の角花家で存続している。
入浜
干満潮位差が大きく晴天率が高い瀬戸内海沿岸で大きく発展。最初は自然の干潟を活用、次第に堤防や海水溝が作られるようになった。
イオン交換膜法
広大な塩田が不要となり、天気に左右されることなく効率よく塩が作れるように。写真はイオン交換膜法のユニットが並ぶ電気透析室。
結晶の神秘
「塩の形は正六面体が基本ですが、成長する時の条件によってさまざまな形に変化します」
大きく分けると、正六面体のほか、トレミー、フレーク、柱状、樹枝状、球状の6タイプが存在。長い時間をかけてできるほど、大きな結晶になる。塩に色はなく、白く見えるのは、結晶が集まることで互いに光を反射し合う乱反射が起こるから。
動物と塩
「約40億年前、地球で最初の生命である単細胞生物が海中で誕生、塩水に囲まれた中で細胞の仕組みができました。多細胞生物も細胞のまわりに必要な塩水を体液として取り込んで進化。塩を必要とするのは人間だけでなく動物も同じです」
肉食動物は獲物の血液にある塩分で足りるが、草食動物は、そうはいかない。塩分不足にならないよう、岩盤を掘って塩水を飲んだり、塩分を含んだ土を食べたり、岩を舐めるといった行動をとる。
塩と地域文化
世界中の人にとって親しい存在である塩は、土地や文化によってイメージや捉え方がさまざまだ。
「たとえば日本では、盛り塩など、塩は清める力を持っているものだというイメージが強くあります。神輿を担いで海に入るような祭りが各地で行われているなど、これは、海や海水が神聖なものだという考えに由来するといわれています」
また、新約聖書の一節、「地の塩、世の光」では、“あなたが関わる人の人生にひと味加える存在になりなさい”という教えが説かれている。
一方、絵画「最後の晩餐」にユダが塩をこぼしている姿が描かれていることから、塩をこぼすことは不吉だと語られるケースもあるという。
塩と世界遺産
13世紀、ポーランドに誕生して大きな富をもたらしたのが、ヴィエリチカ岩塩坑だ。
巨大な岩塩層の中に、全長300kmの坑道と2000以上もの部屋(掘り出した後の空間)が入り組んだ地下迷宮で、床や壁、天井、シャンデリアまでもが岩塩でできた、神秘的な空間が広がっている。
「信仰心の篤い坑夫たちの手で作られた聖キンガ礼拝堂や彫刻なども多数あり、ユネスコの世界遺産として最初に登録された12件のうちの1つとしても有名です」
塩田のオリンピアン
香川県坂出市生まれの浜子と呼ばれる塩田労働者の中から、オリンピックのマラソン日本代表選手が選出されている。山田兼松は1928年のアムステルダム・オリンピックで4位に入賞、塩飽玉男は1936年のベルリン・オリンピックに出場した。
「輩出の大きな理由としては、海水を含んだ重たい砂が広がる塩田で、砂を撒いたり引き寄せるといった日々の重労働を行う中で、筋肉や脚力が自然と鍛えられたことが考えられます」
サラリーマンの語源?
サラリーマンの「サラリー(Salary)」は、古代ローマ時代に「兵士に与えられていた塩」を表すラテン語サラリウム(Salarium)が語源となっている。
「戦場で戦うために不可欠な塩を給与として渡していた説や、塩を買うためのお金を渡していた説などがありますが、専門家にも、その実態はよくわからないそうです」
また、英語のソルト(Salt)は、ラテン語のサル(Sal)に由来。サラダ、ソースなどもSalが語源だ。
塩専売の歴史
「1905年から97年(明治38年から平成9年)まで、日本では国の許可なしに塩の製造や販売ができない塩専売制がありました。
必需品である塩の自給体制維持と安定供給。輸入が途絶える事態に備え、人体に不可欠な塩は国産で賄いたい。安価な輸入塩との価格競争に負けない製塩法への技術革新を支援しつつ、それが困難な製塩業者は廃止する。そうやって国産塩を低コスト化したのです」
目的を達成して塩専売制は廃止され、現在は、昔の塩田に似た製法の塩や、海外の岩塩などが買えるようになるなど、選択の幅が広がった。