肝臓はいかにして壊れていくのか。他人事ではない肝臓の怖い話

栄養の代謝や有機物質の解毒など実に500以上の仕事をこなす肝臓は休むことなく稼働し続けている勤勉な働き者。それをいいことにブラックな労働条件を強いていると、20年、あるいは30年かけて少しずつゆっくりと壊れていく。気づいたときにはすでに手遅れ。物言わぬ沈黙の臓器は一体どんなふうに壊れていくのか。本当にある怖い話を始めよう。

取材・文/大吹雪ジュン イラストレーション/森 拓馬 編集/阿部優子

初出『Tarzan』No.870・2023年12月14日発売

教えてくれた人:泉並木先生

いずみ・なみき/武蔵野赤十字病院院長。東京医科歯科大学医学部臨床教授、近畿大学医学部客員教授も兼任。最新の遺伝子診断を取り入れた肝臓病治療に取り組み、大きな成果を挙げている。

ウイルス性肝炎は減り、代謝性肝臓障害が激増

これまで肝臓病の始まりとされてきた肝炎。その多くはウイルス性の肝炎だった。「ですが現在はウイルス性肝炎は治る確率が高くなってきました」と言うのは武蔵野赤十字病院院長の泉並木先生。

「日本人に多いのはAからEの5種類のウイルスのうちB型とC型。B型は母子感染予防のワクチンを打つようになって激減し、血液感染しやすいC型は有効性の高い薬が出てきてほぼ完治するように。そのかわり、最近では代謝性の肝炎が圧倒的に増えてきたのです」

下の4つの肝臓をご覧あれ。

肝硬変に至るまでの肝臓の変化

健康な肝臓

代謝性肝臓障害・重症化の流れ

肝炎

代謝性肝臓障害・重症化の流れ

繊維化

代謝性肝臓障害・重症化の流れ

肝硬変

代謝性肝臓障害・重症化の流れ

1番目は血色が良くて柔らかく健康な肝臓。そこにうっすらと脂肪が乗って脂肪肝となり、2番目の肝炎に移行。そして、炎症による破壊と再生を繰り返すうち、壊死した肝細胞が硬くなって右から3番目のように線維化する。最後は岩のようにゴツゴツ硬くなった肝硬変となり、一部は肝がんへと進行する。その始まりはブラックな生活習慣だ。

肝臓の異変を知らせる軽度のサイン

女性化乳房:男性だけに表れる症状。肝臓が衰えることで女性ホルモンの代謝異常が起こることが原因。乳房だけでなく乳首が大きくなることも。

こむら返り:運動後や就寝中に足が攣りやすくなる。詳しいメカニズムは分かっていないがビタミンやミネラルの代謝異常が関係する可能性が。

食欲低下:急性の肝炎が起こったときに見られる。食欲不振や吐き気などの症状が出るので胃の不調と間違えられることが多い。

手掌紅斑:毛細血管が拡張され、掌の特定の部分に赤い斑点のような皮膚症状が表れる。親指や小指の付け根に症状が見られることが多い。

くも状血管腫:肝臓が硬くなってくると小腸から肝臓に至る門脈の圧力が上がり、腕、肩、二の腕などにクモが足を伸ばしたような赤い斑紋が現れる。

尿の色が濃い:肝臓の機能が低下すると胆汁の色素が分解されたウロビリノーゲンが尿中に増え、水分を摂っていても尿の色が濃い褐色になる。


肝臓の異変を知らせる重度のサイン

腹水:肝機能が低下すると血中の水分量を調節するアルブミンというタンパク質が不足し、腹部に水が溜まって下腹部が迫り出す。

下血:肝臓が硬くなることによって門脈の圧力が高まり、下血が見られることも。この症状が見られたときは肝硬変がかなり進行した状態。

黄疸:肝臓で作られる胆汁が小腸に送られなくなり、便の色が白っぽくなると同時に皮膚が黄色っぽくなる。白目も黄味がかってくる。

むくみ:アルブミンの不足によって脛、くるぶしのあたりがむくんだ状態になる。まずこちらが先に症状として表れ、ひどくなると腹水に。

吐血:やはり門脈の圧力が高くなり、肝臓内の血管が迂回路を探して食道に流れ込む。これによりできた静脈瘤が破裂して大量吐血する。

いま急増中! 代謝性肝臓障害・重症化の流れ

ステップ① 悪い生活習慣

アルコールの過剰摂取、過食による肥満、運動不足。あるいはこれらが原因で引き起こされる糖尿病や脂質異常症などの生活習慣病。30代男性の約3割は肥満というご時世の、悪い生活習慣による肝臓障害が急増。

ステップ② MAFLD(代謝性機能障害に伴う脂肪肝)

代謝異常に関連する脂肪肝、Metabolic dysfunction-Associated Fatty Liver Diseaseの略で、マフルドという新しい概念。2020年に世界各国の肝臓専門医が議論した結果、提唱されるようになった。

脂肪肝は最悪死に至る病の始まり

脂肪肝の定義は肝細胞の30%以上に脂肪がついている状態。MAFLD以前の脂肪肝はアルコール性(ALD)と非アルコール性(NAFLD)の2種類に大別されていた。

「ただまったくお酒を飲まない脂肪肝の人は滅多にいません。多くの人は飲酒も過食もする。このためアルコール性と非アルコール性を敢えて分けないMAFLDという新しい概念が出てきたのです」

男性は30代、女性は50代から急激に脂肪肝が増えてくるという。

「肝臓につく脂肪は毒性が強く動脈硬化との関連も指摘されています。脂肪肝はすべての病気の始まり。甘く見てはいけません」

ステップ③ MASH(脂肪性肝炎)

マフルドという脂肪肝から免疫反応による炎症が引き起こされた状態。炎症によって肝細胞は徐々に壊されていき、軽度な自覚症状が出てくる。脂肪肝からなぜ炎症が起こるかというメカニズムはまだ解明されていない。

ステップ④ 線維化

慢性的な肝炎が続いている状態では肝細胞の破壊と再生が繰り返されている。長年の間に壊死した細胞にコラーゲンが溜まって線維化し、肝臓が徐々に硬くなっていく。ここが引き返すギリギリのライン。

甦る臓器・肝臓も粗末にすると再生力を失う

MAFLDの約15%が脂肪性肝炎のMASHに移行するという。生活習慣を改善しなければ、待っているのは線維化や肝硬変だ。

「ファーストヒットは肝臓に脂肪が溜まること。セカンドヒットでそこに新たな要素が加わると炎症が起こります。ただその原因が何かは分かっていません」

脂肪が溜まったり炎症が起こるのは一部ではなく全体。このため肝機能も全体的に満遍なく低下していき、気づいた段階では手遅れ。

「線維化の段階でも食生活の改善や投薬治療で引き返すことはできます。でも痛みなどの症状がないので軽く見てしまいがち。実際回復する人は数%にすぎません」

ステップ⑤ 肝硬変

線維化が進んでいくと、やがて“再生結節”と呼ばれるゴツゴツした構造ができる。肝臓全体が岩のように硬くなってサイズも萎縮、肝機能が大幅に低下するので上の自覚症状の重度のサインが表れる。

ステップ⑥ 肝がん

代謝異常に端を発している肝硬変の一部は、肝がんへ移行する。医療技術の進歩で5年生存率は70%以上、10年生きる人が7〜8割ともいわれている。ただし、他のがんと比べて再発率が高いのが特徴。

肝臓がんの7割は3年以内に再発する

医療技術と薬の進歩で肝がんの致死率は劇的に少なくなった。とはいえ、楽観視はできない。

「肝がんを宣告されて10年生きる人は7、8割ですが、再発率が高いのでその後はお金も時間もかかります。がんを切除しても残った肝細胞はすべて肝硬変なので、すぐにがんが発生してしまいます。その結果、年に2〜3回手術を行ったり、さまざまな合併症を起こすリスクも増えていきます」

死亡リスクは減ったとしてもQOL(生活の質)の低下は著しい。肝硬変から元の健康な肝臓に戻ることは難しいので、がんに移行したら一生再発の危機と向き合わなければならないのだ。