ハワイの伝統的な戦闘術「Lua」とは何か:ターザン的オアフ島ガイド
【ターザン的オアフ島ガイド】ではハワイ・オアフ島のフィットネスな魅力を紹介。「Lua(ルア)」。ハワイ通でも、その名を聞いたことがある人はそう多くはないだろう。古からハワイに伝わる伝統的な戦闘術だが、ネットや文献でも情報に乏しい。幸運にも、達人の一人に話を聞く貴重な機会を得た。
取材・文/編集部 撮影/安田光優 コーディネイト/工藤まや
初出『Tarzan』No.868・2023年11月2日発売
相手のどこに攻撃を与え、どう致命傷を与えるかを熟知している
アンクル・ブルース。ハワイアンの精神的支柱でありヒーラーとしても知られる彼は、古から伝わるハワイの伝統的戦闘術「ルア」のクム(達人)でもある。穏やかな笑顔で我々を自宅兼道場に迎えてくれた。
「私の6代前の祖先はキングカメハメハ(カメハメハ1世。1810年にハワイ諸島を統一した王)。私にとって彼は伝説ではなくリアル。王は兵士を従え、その兵士たちの兵法・戦闘術がルア。どの国にも兵法がありますが、ルアはそのどれとも違う、難しくデリケートなもの。現在、教える学校はいくつかありますが、ルアという言葉は同じでも、流派によって戦い方は全く違います。それはルーツに由来するものなのです」
ハワイ諸島にはもともと住人がおらず、ポリネシアのさまざまな島から星を頼りに船で辿り着いた人々が定住を始めたというのが定説だ。同じ島にルーツを持つ人同士が集団を形成し、覇を競い、互いに血で血を洗う戦いを繰り広げた。遡れば、島の数だけルアがあるということか。
「その通り。喩えるならば、あなたの国のニンジャ。一言で忍者といってもどの国(甲賀や伊賀など)の忍者かによって戦い方が違うでしょう。元を辿れば私のルーツはマルケサス諸島のヌクヒバ島にあり、私のルアは“ヌクヒバのルア”なのです。
例えばカヌーのオールを武器として使う流派もありますが、私のルアは武器を使いません。手技でもパンチを打ったり、指で刺したり、流派によって違う。共通するのは相手のどこに攻撃を与え、どう致命傷を与えるかを熟知していることです」
左上/ヌクヒバの戦士の肖像画。右上/クム・ルアであり、ブルースの叔父・デイヴィッド・ヌウヒバ氏。左下/デイヴィッド氏によるルアのデモンストレーションの様子。右下/道場の祭壇に飾られたカメハメハ1世の肖像画。
クム・ルアは殺しの達人であり、癒やしの達人でもある
いわばアリイ(支配階級)の戦士たちの殺人術。だがそう単純な話ではない、とブルースは言う。
「カラダに加え、空気など自然のエレメンツも自在に扱える術だと理解してください。直接殺めることもできるが、触れずとも、もっといえばその場にいなくてもダメージを与えられる。ルアを習得するうえで究極の目的はマナ(気)を自在に操ること。致命傷を負わせる一方で、折った骨や壊した神経を元通りにすることもできなければなりません」
「ぜひ、技を見せてください」とお願いすると、ゆったりとした動きで人差し指を指し筆者の鎖骨に軽く触れて終了。呆気に取られていると、「今、あなたの鎖骨を折ると同時に繫げたんですよ」と、本気とも冗談ともつかないコメントでニヤリ。
ルアの達人=超人的な能力を有する仙人…(?)なのか。戸惑う我々を尻目に彼はさらに畳みかける。
「根源的な話をすれば、ルアは“ペレ”(火の女神)を司る戦闘術。ペレは家族、ひいてはハワイの全ての人々にとって畏敬すべき万能神であり、簡単に人の命を消し去ることができる存在と信じられています」
現実的な話に神話の世界がサラリと差し込まれるから頭が混線する。だが多くの日本人が神話の世界を大事にするのと同様、ハワイアンにとっても精神世界が大切な価値観であることが窺えるエピソードである。
ここで一度話を現実に戻そう。そもそもルアは誰でも学べるものなのか。
「もともとは家族に秘伝のものでした。私はクム・ルアの叔父・デイヴィッドに4歳の時から学びましたが、私のDNAの中にはルアが脈々と流れ、生まれる前から学んでいたともいえます。今はさまざまな学校で教えていますが、指一本で相手を殺めるような秘技は基本的に家族にしか教えられない。
私自身、ルアを人に教えるようになったのは1年前。やっと教えるに値する人間に出会えたからです。正しく使えない人には教えられません。どの国でもそうでしょう。武術の達人は選ばれし者であると」
ルアがただの戦闘術でないのはブルースの活動を聞けば朧げにわかる。
「この道場の他に新しい学校を作って、自然やハワイの伝統も教えています。山に在来植物を植えたり、ダメージを回復させるための伝統的なロミロミやラアラパアウ(ハーブ療法)、ホオポノポノ(伝導)も教える。
ルアの達人はヒーリングの達人でもなければなりません。残念ながら宣教師の時代にルアやフラなどが禁止され、歴史の過程で文化がかなり薄まってしまった。誰かが残さないと、伝統がなくなりますから」
ルアの達人は誰かを手助けできる人
最後に「ルアを一言で」と聞く。
「ピースやアロハのために存在するもの。学ぶのは武術ではありますが、性格や生き方までを高めるもの、といえるでしょう。戦争にルーツがあるのは確かです。でも現代社会では人間には戦争とは違った形の壁が待ち構えている。その壁を乗り越えるための術だと思っています」
そしてこう付け加えた。
「ルアは全て、なのです。自分が思うルアの達人は誰かを手助けできる人。実際に学んでいなくてもその気持ちがある人は全て“ルアパーソン”。それはあなたであっても」
そう言って、彼はまた穏やかにほほ笑んだ。
この取材でルアの全てが理解できたとは到底言えない。が、格闘技云々ではない、神秘的で深いその本質の一端に触れられた気がする。帰り際、マノアの空を覆っていた雲は消え、虹がかかっていた。